- 2019年06月10日 21:27
“野村證券情報伝達”で問われる「法令遵守」を超えたコンプライアンス
2/2日本の「インサイダー取引禁止の規定」の特徴
日本のインサイダー取引禁止規定は、構成要件の明確性という観点から、主観的要件によらず形式的に構成要件が定められ、罰則導入当初は、法定刑も交通違反程度に設定された。その結果、本来は処罰の必要がないような行為にまで広く禁止の網がかぶせられていた。
もともとの趣旨からは、内部情報を知ったために株式売買をすることにした場合が対象とされるべきだが、日本の規定では、情報を知ったことと株式売買との因果関係が要件とされていないため、以前から予定していた株式売買であっても、たまたま売買する前に内部情報を知ってしまうとインサイダー取引に該当してしまう。業務上必要な場合も含め、極めて広い範囲の売買が禁止の対象とされていた。
この点については、その後、平成27年9月の内閣府令の改正で、未公表の重要事実を知る前に締結・決定された契約・計画が存在し、株式等の売買の具体的な内容(期日および期日における売買の総額または数)があらかじめ特定されている、または定められた計算式等で機械的に決定され、その契約・計画に従って売買等が執行される場合には、契約・計画の締結・策定後に未公表の重要事実を知った場合には、インサイダー取引規制は適用されないとする適用除外規定が設けられた。
しかし、形式犯的性格が強かったという経緯から、日本では、インサイダー取引の禁止規定に関して、「市場の公正」「取引の公正」を害するという実質的な観点より、形式的な「法令遵守」に反するかどうかという形式的な観点が重視される傾向がある。
職業倫理に反する「情報不正活用行為」に対する考え方
企業から未公表の情報の提供を受け、その業務に活用する職業の従事者が、提供された情報を私的に流用して取引を行うことは、その組織や職業自体への信頼を失わせ、職業の存立基盤にも重大な影響を与えかねない行為だが、そのような「職業倫理に反する情報不正使用行為」が、常に金商法のインサイダー取引の規定に違反するかと言えば、必ずしもそうではない。
たとえば、報道関係者が、特定の会社の批判キャンペーン報道をする前にその会社の株を空売りしたとしても、会社関係者から重要事実に当たる情報を「受領」したものでなければインサイダー取引には該当しない。また、証券市場のシステムが大混乱し市場全体が暴落することを事前に知った証券取引所の内部者が持ち株を売ったとしても、個別の会社に関する情報に基づく売買ではないので、インサイダー取引には該当しない。日銀の金融政策に関わる幹部が、非公表の金融政策に関する決定の内容を知って、投資信託等の売買を行ったとしても、同様にインサイダー取引には該当しない。
これらの行為は、重大な職業倫理違反ではあるが、金融商品取引法などの法令に違反する行為ではない。
2007年頃、NHKや新日本監査法人などにおいて、「未公表の情報の提供を受け、それを活用して社会に価値をもたらす組織」において、その情報を私的に利用して個人的利益を上げようとする行為が相次いで表面化したことがあった。
かかる問題に対して組織として行うべきことは「法令遵守の徹底」や「何が法令に違反するのかを教え込む教育」ではなく、「未公開の情報を提供されて行う業務について、情報の取扱いについての社会的要請どのように受け止め、どのように要請に応えていくのかに関して、方針や組織の在り方を全面的に見直すことだ。
証券会社における「情報活用行為」とコンダクトとの関係
今回の野村證券の情報伝達問題は、証券会社という金融商品の取引を業とする組織が、インサイダー取引の禁止の背景にある「投資家間の情報の公平」という社会的要請にどのように応えていくべきかという問題である。
監査法人、報道機関等の組織は、その業務の性格からして、そもそも「業務上入手した情報を活用して投資を行うこと」自体が許されないのであり、職業倫理としての禁止の徹底も容易だが、証券会社と情報活用との関係は、それとは若干異なる。かつては、営業活動自体が、基本的に「顧客に有利な情報を提供すること」つまり、「情報の差別化」を付加価値としているように思われてきた証券会社では、「法令遵守の範囲内であれば、情報の優位性を営業でアピールすることは許される」という認識を有する営業マンが多かった。そういう意識が根強く残っている組織において、「情報の公平性」に反する行為が「取引の公正」を損なう行為だという認識を定着させ、組織内で徹底していくことは決して容易ではない。
今回の情報伝達問題は、「情報の公平性」に関する「コンダクト」の問題で、証券会社に対して当局の厳しい対応が行われた初めての事例だ。金融業界のコンプライアンスが、「法令遵守」を超えたレベルへの進化を求められていることを表すものと言えよう。



