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介護業界の人たちはもっとおこっていい。今の社会は明らかに間違っている - 第91回いとうせいこう氏(後編)

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2017年4月に発表された、いとうせいこう氏の『どんぶらこ』(河出書房新社)は、介護という社会問題に真っ向から向き合った作品である。そのベースには、自身のつらい介護経験があるという。そんな彼の目に介護の世界はどのように見えているのか?そして、年をとること、老いることについてどんな考えを持っているのか?

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

「明るい介護小説」にはしたくなかった

みんなの介護 『想像ラジオ』には、作者であるいとうさんを思わせる「S」という人物が登場しますが、これは『どんぶらこ』に収められている3編の中編小説にも共通しています。なぜでしょう?

いとう 日本文学の伝統的なジャンルに私小説というものがありますよね。僕はあまり好きではないんですけど。大江健三郎さんがこのジャンルを乗り越える手段として私小説めいた小説を書いていて、僕も同じ試みに取り組もうとしています。変な言い方になりますが、私小説の形を使って私小説とは別の小説をつくろうとしているわけ。

ですから、作中に登場する「S」と、実在している「いとうせいこう」は同一人物ではありません。

みんなの介護 表題作の『どんぶらこ』は、介護問題を正面から扱っています。何かきっかけがあったのですか?

いとう ひとつは、2015年に関西で起こった事件です。薬剤師の50歳の女性が、寝たきりの79歳の母親の介護に行きづまり、介護放棄をして死なせてしまったんですが、不思議なことに彼女は、母親の遺体をキャリーケースに詰めて町中の川に流しているんです。

遺体を隠すなら、もっと賢いやり方があったでしょう。その川は、人里離れたところにある川じゃなんだから、すぐに見つかってしまうことは自明だったはずです。致し方なく、そうせざるを得なかったんだろうなぁと思ったことが忘れられなくて、ずっと頭にこびりついていました。

それからしばらくして、老人性うつ病になった僕の父が、ちょっとした腹痛を感じただけで救急車を呼ぼうとしたりするようになって、病気を持つ母だけでは手に負えないからと老人ホームに入ってもらうことにしたんです。 僕もうつを経験したことがあるから多少は理解しているつもりなんだけど、父本人はうつになっていることを認めようとしないので、説得するのがいちいち大変なんです。

みんなの介護 『どんぶらこ』には、追いつめられたいとうさんの心境がかなり色濃く反映されているようですね。

いとう 明るい介護小説を書こうと思えば書けたかもしれない。介護をポジティブにとらえる試みに成功している先行作品はいくつもあって、尊敬しています。

ただ、現在進行形で僕が経験している介護はあまりにつらく、さらに取材を進めるうえでこれがあまりに深刻な社会問題であることを実感して、その悲惨さに真正面から向き合うしかないなと判断したんです。

怒りは正しく表明されるべき

みんなの介護 『どんぶらこ』の主人公の1人である女性は、母親の介護を通じて介護士になろうとしますが、「介護の仕事をすると生活が苦しくなる」という現実に愕然とする場面があります。介護職の収入が少ないというのは、深刻な社会問題のひとつだと思います。

いとう 妹が身体障害者をケアする仕事に就いていて、彼女の紹介で介護を受けている人、それから介護の仕事をしている人などに取材をしたんです。

介護士の人たちは「国境なき医師団」と同様、苦しんでいる人、困っている人たちを救いたいというモチベーションを持って働いている人たちですよね。そんな人たちが今の仕事で自分の生活を維持するのに苦労をするというのは理不尽な話です。

政府は現状の予算で解決できないのなら、一刻も早く税金を上げて社会保障費に充てるべきです。

みんなの介護 消費税は2019年の10月に8%から10%に引き上げることが予定されていますが、過去に2度も増税が先送りされていますので、実施されるかどうかは不透明です。

いとう 結局のところ、今の政府は金持ちや地位の高い人を優遇して、底辺で苦しんでいる人たちを切り捨てて考えているのでしょう。

「国境なき医師団」への取材を通じて、僕はいろいろな国を見てきましたけど、そういうことが起こるのは産業のない、貧しい国に限られている。つまり、先進国の中で日本は例外的な国なんです。

みんなの介護 そんな状況の中、困っている高齢者を救いたい、力になりたいと働いている介護業界の人たちが今後、モチベーションを維持していくにはどうすればいいと思いますか?

いとう 介護の仕事は、これからの社会には絶対に必要な仕事だし、とても尊い仕事です。

にもかかわらず、賃金が低くて自分の仕事を誇りにできないというのなら、今すぐ怒っていい。いや、怒るべきなんです。だって、間違っているのは介護業界の人じゃなくて、社会のほうなんだから。

僕が最近、「いとうせいこうis the poet」というポエトリー・リーディングのユニットで活動していることは前編のインタビューで述べましたね。いちばん新しいポエトリーでは「怒り」を扱っていて、こんな内容が語られています。

怒りは人間にとって大事な感情である。怒りは自分の中に抱え込んではいけない。怒りを与えた相手に正しく表明されなければならない──と。

歴史をたどってみても、市民の怒りが社会を成熟させ、芸術家の怒りが偉大な作品を生み出してきたわけですからね。

みんなの介護 介護業界の人たちは、もっと声を上げるべきだと?

いとう 僕はそう思います。彼ら彼女らが待遇改善を要求するのは極めて真っ当なことだし、その怒りを支持する人はたくさんいるはずです。

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