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「職業を究める」のではなくて、「自分を究める」のが僕のやり方「賢人論。」 - 第91回いとうせいこう氏(前編)

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いとうせいこう氏は編集者、音楽家、小説家、タレントなどなど、ジャンルを問わず多方面で活躍し、自らそう名乗っていないとしても「マルチクリエイター」という肩書きで呼ばれることの多い人物である。マルチに活動するというと、各ジャンルの知見を広く浅くつまみ食いする飽きっぽい人と言われることもあるが、実際に話を聞くと、彼が人並み以上の求道心を持っていたことがわかってきた。果たして、その道はどんなものなのだろうか?

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

「1人1業種」という常識は、実はそんなに古いものではない

みんなの介護 いとうさんがいつからマルチな分野で活動することになったのかを調べてみたら…驚くべきことに最初からそうだったんですね。

いとう まぁ、そうかもしれないですね。大学卒業後に出版社に就職して編集者になったのが、世間的な職業を得たときということになるんでしょうけど、学生時代からプロの芸人にまじって営業にも出ていたし、音楽活動もそれと並行してやっていました。

何か表現したいことを思いついたとき、あるときは音楽、あるいはライブ、また別のあるときは文学という風にアウトプットの方法はひとつに限らないんです。

みんなの介護 ひとつの業種で道を究めたいとは思わなかったんですか?

いとう 1人1業種って考え方は多分、明治期以降の近代的な戸籍制度をつくっていく中で固定化されたものでしょ?

江戸期、特に僕が尊敬する文化文政時代に活躍した浮世絵師たちは、戯作をしたり、絵を描いたりもしたし、そのほかのところでも手ぬぐいの意匠デザインをしたり、たばこ入れの商品開発をして売ったり、いろいろなことをしていました。だから、マルチであることは特別なことではなくて、当たり前のことなんじゃないかと僕は思ってます。

みんなの介護 マルチクリエイターという生き方は、新しくて古い生き方なんですね。

いとう そうだと思います。ミュージシャンとか芸人が最初の頃、本業だけでは食えなくてバイトで生活するというパターンがありますよね。で、バイトをしなくても食えるようになってようやくプロになると。

でも、そうやってプロになれば、自分の意に沿わない仕事をやらなきゃいけなくなることもあるわけなんです。そうならないためには、バイト的なものをずっと続けて、自分のやりたいことだけをやるべきだというのが僕の考えです。       

そういう意味では、本業と呼べるものは僕にはないと言えるし、逆にやっていることのすべてが本業だとも言えるでしょう。

みんなの介護 政府は「働き方改革」の一環で副業や兼業を推進していますが、そんな時代にふさわしい生き方だと言えそうですね。

いとう もちろん、ひとつの職業を究めるのは素晴らしいことで、僕は否定しませんけど、いろいろなことを同時進行でやっていくことで自分が究まっていくのが僕の自然なやり方なんですね。職業を究めるのではなくて、自分を究めるわけです。

ジャンルを横断することで到達する地表もある

みんなの介護 ただ、マルチに活動する結果として、そのジャンル内ではまったく活動していないブランク期が生じていますよね。例えば、いとうさんは日本語ラップの先駆者として誰もが認める存在ですが、1989年に2枚組のアルバム『MESS/AGE』を発表してからは、2009年に□□□(クチロロ)に加入するまでジャスト20年間のブランク期があります。

いとう 『MESS/AGE』のツアーをやっているとき、ヤン富田とDUB MASTER Xという2人のミュージシャンが、同じことを二度とやらない、完全フリーの即興の世界に入っていったのですが、「いとうくんも好きにやっていいよ」と言われてすごく戸惑ったんです。ラップにもフリースタイルという手法が確立されていきますけど、当時はまだなかったし、もしあったとしても吟味した言葉で表現したい僕にとって、向いているスタイルではなかった。

言葉と音楽は、突きつめていくとセッションできなくなってしまうということに絶望して、ラップを辞めてしまうわけです。

みんなの介護 いとうさんは1988年の処女作『ノーライフキング』で華々しく小説家デビューしていましたから、ラップを辞めても活動の場には困らなかったのではないですか?

いとう いや、葛藤は続いていました。インプロビゼーション(即興)って何だろう、決まりごとって何だろうと考えるうち、古典芸能のほうに興味が移っていって、義太夫や謡(うたい)の師匠に弟子入りして型を習ったりして。

みんなの介護 ラップは辞めたけれども、「言葉と音楽のセッション」をずっと模索し続けていたんですね。

いとう はい。そんな中で、結論めいたものにたどりついた手応えを自分の中で感じたのは、実はつい最近のことです。

レゲエが発祥のダブ(dub)という音楽の表現手法があって、それに合わせて詩を朗読するダブ・ポエトリーというステージパフォーマンスがあるんです。

ある日、自分のまわりには素晴らしい感覚を持ったミュージシャンやDJがいて、しかも、これまで本に書いたり、個人的に書いてきた文章がずいぶん溜まってきたことに気づいてダブ形式のポエトリー・リーディングをやってみることにしたんです。

つまり、完全な即興ではないんだけど、ダブという形で表現された音楽の曲調やリズム、それから自分の声にかかるエコーやリバーブなどの変化に合わせてテキストを自由に選んで読むんです。中の単語を部分的に即興で入れ替えたりもしながらね。 それは、あらかじめ吟味して書かれた文章だから、僕のスタイルに合っているわけです。

それをやってみて、ようやく20代後半で挫折しかけた「言葉と音楽のセッション」というものを実現することができた気がしました。

みんなの介護 いとうさんの模索は、30年も続いたことになりますね。

いとう 面白いもので、その手応えをきっかけに、同じようなことをやろうとしている人たちが僕の周りに集まってくるようになりました。

観客が各アーティストに点数を付けて順位を決めるポエトリー・スラムという詩の競技大会が世界中で広まっていて、パリの世界大会に日本から出場して優勝した人だったり、現代詩や短歌をやっている人たちとの出会いがあったんです。そんな彼らと「いとうせいこう is the poet」というユニットを組んで月2回、いろんなライブハウスでパフォーマンスをしています。

みんなの介護 もしかしたらダブ・ポエトリー・リーディングという手法は、ラッパーとしての活動をずっと続けていたら辿り着けなかった地表かもしれませんね

いとう そうかもしれない。ジャンルを横断したことで蓄積されたものがあったからこそ、それが表現に生きたのでしょう。

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