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貨幣誕生のメカニズム

安冨歩さんが『経済学の船出』で語っていた貨幣誕生の過程について考察してみよう。貨幣というのが、それがない社会があったことは歴史的に明らかであるから、貨幣が存在する現在の段階に、どこかで変わったことは確かだ。貨幣は誕生したことは確かだ。しかし誰もその誕生の瞬間を知らない。

貨幣誕生が歴史として記述されていることは期待できない。それはメカニズムを想像するしかない。それは論理的整合性を持った考えで、ある仮説からスタートすれば貨幣の誕生が論理的に帰結できるというものになる。それが『経済学の船出』では語られている。これは『資本論』では語られていなかった。

さて貨幣誕生のメカニズムを考える際、貨幣としての本質をどこに見るかというのが大切になる。このメカニズムは必然性を捉えなければならないのだが、それは本質に関わる。末梢的な部分は必然ではなくて偶然そのようになったものだから、論理的なメカニズムを捉えることが出来ないからだ。たまたまそうなったとしか言えなくなる。

貨幣の本質は、安冨さんの語るメカニズムから逆にたどると、その使用価値を直接消費するのではなく、他の商品の使用価値を獲得するために媒介的に使われる商品、というふうに考えられる。貨幣は、その使用価値を直接は使わない。だが商品として流通させることで、他の商品の交換を媒介する。これこそが貨幣の本質だと考える。そのような本質を特性として持っている商品は、物質的な形がどうあろうとも貨幣として通用する。
上のことを考えるために、安冨さんが使った→の記号を使って商品の交換を考えてみよう。

              →   x1量の商品1
              →   x2量の商品2
(1)  y量の商品A   →   x3量の商品3
              →   …………………
              →   xN量の商品N

という図式は、個別的な商品の交換における個別的な関係を表している。ここにはまだ貨幣は現れていない。実際には、商品Aの所有者が個別に他の商品の所有者と交換を交渉しているようなイメージだ。なお話を複雑化するのを避けるために、商品が存在する(自分の使用のために物を生産するのではなく、他者の消費を前提として物を生産するのが商品となる)ことは論理の前提として設定しておく。商品の誕生も論理としては興味深いが、他のところで考察しよう。

上の→が逆になるような現象が見られると、この時に貨幣が誕生する。

     x1量の商品1  →   
     x2量の商品2  →   
(2)  x3量の商品3  →   y量の商品A
     …………………  →   
     xN量の商品N  →   

y量の商品Aは、x1からxNまでのN個の商品から交換を望まれており、この商品Aを持っていれば、それを媒介にして、x1からxNの商品の持ち主は、それぞれを交換することが出来る。この時商品Aは貨幣としての性格を獲得する。

(1)から(2)へは形式論理では推論が出来ない。=(等号)ではないので対称律が成り立たないからだ。それでは、この→の逆転現象は、どのようなメカニズムで発生するのか。安冨さんは、まず3つの商品A,B,Cで、あるモデルを提出する。「ヴィクセルの三角形と呼ばれる三すくみのモデルだと紹介されている。図式化すると次のようになっている

     x量の商品A→y量の商品B
     y量の商品B→z量の商品C
     z量の商品C→x量の商品A

この三すくみでは、それぞれの商品は全部登場し、それぞれが対等の状態になってはいるが、逆の←の状態がないので、交換が行われない。それが三すくみと呼ばれている所以だ。この状態で、交換が行われる可能性が発生するのは、どれかの商品が貨幣として機能しないとダメだというのだ。つまり交換が行われたときに、貨幣の誕生のメカニズムが見られる。

安冨さんが紹介しているのは、共同研究者の葛城政明さんの「知識状態の遷移」というアイデアだ。上の三すくみ状態は、何も働きかけがない、つまり変化がなければいつまでもこの状態のままだ。しかし現実には、何らかの働きかけが行われる。それを「知識状態の遷移」というもので論理の中に組み入れた。つまり仮説の一つにしたのだ。

この仮説では、商品Aを商品Cの所有者が欲しがっているというのを、商品Bの所有者が知るという「知識状態の遷移」が起こると考えている。それは直接聞いてもいいし、何らかの他の人の情報を耳にしたのでもいい。とにかく情報を得て「知識状態の遷移」が起こると仮定する。そうすると、商品Bの所有者は、商品Aが欲しいわけではないが、商品Cを獲得するために、とりあえず自分の商品Bを商品Aと交換しようというアイデアが浮かんでくる。

そして交換した商品Aで、自分の欲しい商品Cを獲得するために使うということをする。商品Aは使用価値を全く消費していないが、商品Cの獲得のために利用されたということで、交換の媒介となり、貨幣としての性格を持つというのだ。

この論理展開は、「知識状態の遷移」という仮説を持てば、形式論理的に、貨幣が誕生するという結論を導くことが出来る。この理論に賛成するかは、「知識状態の遷移」という仮説に賛成するかどうかにかかっている。僕はもちろん賛成したいと思う。

上のモデルは、考えやすくするために単純化して3人にしたが、これは複数のN人にしても論理的には同じだ。つまり、ある社会において商品の交換が行われているならば(商品交換がすでに行われているということも仮定・仮説になる)、それが「知識状態の遷移」によって、どれかの商品が貨幣として機能しなければ、交換が行われるきっかけが生まれないと言うことになる。

安冨さんは、どの程度の量である商品が貨幣化すれば、社会において一般的に流通するかというのをコンピューターでシミュレーションしていた。多くの人が、その商品を貨幣として使うようになると、その商品を持っていることが交換において有利なので、その商品の貨幣としての機能はますます上がっていくというシミュレーションだった。

これはすごい発想だと思った。論理的にも面白い。だが、安冨さんの理論は、この段階ではあくまでも仮説として面白いという段階になる。現実の証明である実験が出来ないからだ。実験で、現実にもその通りだと認められれば、この理論は科学の性格を獲得するだろう。

この理論を今後実験で確かめることは不可能だ。なぜなら我々はすでに貨幣を持っているので、貨幣がない社会で貨幣が誕生するところを実験することが出来ないのだ。しかし、実験概念を板倉聖宣さんが提唱するものだと考えると、過去の歴史においても、まだ我々に知られていないことがはっきり知られるようになれば、それは実験と同じ意味を持つ。

もし過去の歴史の中で、商品交換の際に、「知識状態の遷移」が起こって貨幣の機能を獲得する商品が誕生した、という記録が見つかれば、安冨さんが提出するこの理論の証明となるのではないかと思う。果たしてそうなるだろうか。そうならなくても、論理的にこれだけ見事な展開を見せているものは、かなりの信憑性を獲得するのではないかとも感じているのだが。

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