記事

大阪維新の会のエセ科学的「家庭教育支援条例(案)」逐条批判

2/3

第2章 (保護者への支援)

第2章 (保護者への支援)

(保護者への支援の緊急性)
第4条 現に子育て中であるか、またはまもなく親になる人への支援は、緊急を要するため、以下に掲げる施策が、遅滞なく開始されなくてはならない

 「親の学び」というものが、しかもそれだけが「緊急を要する」ものとして扱われている点で、何らかの思想団体による訴えのようにみえる。

(母子手帳)
第5条
母子手帳交付時からの親の学びの手引き書の配付など啓発活動の実施、ならびに継続的学習機会の提供および学習記録の母子手帳への記載措置の実施 

(乳幼児検診時)
第6条
3ヶ月、6ヶ月、1歳半、3歳児検診時等での講習の実施ならびに母子手帳への学習記録の記載措置の実施

 ここで書かれているのは「親の学びの手引き書」を配ること、その「学習記録」を「母子手帳に記載する」こと、定期的な乳幼児検診のときに「講習」を行なってその「学習記録」を母子手帳に残す、という思想強制策である。これで「学習」を拒否したら発達障害の原因となる虐待親とでも認定されるのだろうか。

(保育園、幼稚園等での学習の場の提供)
第7条
すべての保育園、幼稚園等で、年間に1度以上、保護者会等での「親の学び」カリキュラムの導入

 すべての保育園・幼稚園に「親心・育児能力の衰退が虐待を招き、それが発達障害を生み、さらに引きこもり・不登校・非行・学級崩壊などの原因となる」というエセ科学的な理論を受け入れさせようというものである。

(一日保育士、幼稚園教諭体験)
第8条
すべての保育園、幼稚園で、保護者を対象とした一日保育士体験、一日幼稚園教諭体験の実施の義務化

 【激動!橋下維新】「市民に義務、好きじゃない」、維新市議団の「家庭教育支援条例案」に橋下市長異論 - MSN産経westによれば「保護者の一日保育士・幼稚園教諭体験の義務化が盛り込まれたことについて「市民に義務を課すのは基本的に好きじゃない。維新の会の政治行動ではない」と述べ、否定的な見解を示した」とある。

 だが、これは条文的には「すべての保育園・幼稚園」が「体験」を実施することを義務化する、と読める。橋下氏が理解していると思われる「保護者がみんな受けろ」ではなく「保育園・幼稚園は義務として実施しろ」という主張である。しかも、橋下氏の反論ポイントは、「市民に義務を課すな」というところであるので、どうも論点が違うように思われる。

 もしこれが橋下氏の理解どおり「保護者がみんな受けろ」なのであれば、なんですでに家庭で育児に追われている親にわざわざ「一日保育士・幼稚園教諭体験」までさせるのか、という点が問題になろう。

(学習の場への支援)
第9条
保育園、幼稚園、児童館、民間事業所等での「親の学び」等の開催支援

 「学び」という言葉自体が自己啓発系の胡散臭い用語であることは別にしても、ここで「学ばされる」ことが「親心や保護能力の衰退があるから、発達障害になるんです!ながら授乳が悪いんです!」みたいな思想であれば、それはエセ科学への招待としか言いようがない。その洗脳教室を自治体が開催支援しろとはあきれ果てる。

第3章 (親になるための学びの支援)

第3章 (親になるための学びの支援)

(親になるための学びの支援の基本)
第10条 これまで「親になるための学び」はほとんど顧みられることがなく、親になる自覚のないまま親になる場合も多く、様々な問題を惹起していることに鑑み、これから親になる人に対して次に掲げる事項を基本として、学びの機会を提供しなければならない。
(1) いのちのつながり (2) 親になることの喜びと責任 (3) 子供の発達過程における家族と家庭の重要性

 親になる自覚は確かに必要だろう。しかし、それが「親心と保護能力を高めれば発達障害にもならないし、非行や学級崩壊も防げる」というのであれば、そんなエセ科学など学ばない方がずっとマシである。

(学校等での学習機会の導入)
第11条
小学校から大学まで、発達段階に応じた学習機会を導入する

 学習することはよいが、導入する内容が根本的に問われている。

(学校用家庭科副読本および道徳副読本への導入)
第12条
小学校から高等学校まで、発達段階に応じて、次に掲げる事項を基本とした家庭科副読本および道徳副読本を作成し活用する
(1) 家族、家庭、愛着形成の重要性
(2) 父性的関わり、母性的関わりの重要性
(3) 結婚、子育ての意義

(家庭用道徳副読本の導入)
第13条
前12条の内容に準じて、保護者対象の家庭用道徳副読本を作成し、高校生以下の子供のいる全ての家庭に配付する

 家庭科のみならず「道徳」というところに思想性が強く表われている。

 (1)は家族至上主義であることが問題だ。適切な「愛着」形成であればよいが、家族・家庭至上主義は逆に家族への反発を生む場合も多い(わたし自身そうである)。子供への過剰な愛情の押しつけが逆に非行を生むことも多い。

 (2)は父性的関わり、母性的関わりと書いている以上、男女のジェンダー役割を強調するものと考えられる。後述するこの思想の提唱者の傾向から見ても、たとえば「母親が稼いで主夫が育児する」ような家庭は完全否定されるものと思われる。

 (3)はこれだけでは何とも言い難い。結婚、子育ての意義についてどういう意義があると教えるのかが大きな問題である。

(乳幼児との触れ合い体験学習の推進)
第14条
中学生から大学生までに対して、保育園、幼稚園で乳幼児の生活に触れる体験学習を義務化する

 まあそういう体験はないよりあった方がいいかもしれない。だが、それがこの条例案の思想による指導であれば、害悪である。

第4章 (発達障害、虐待等の予防・防止)

第4章 (発達障害、虐待等の予防・防止)

(発達障害、虐待等の予防・防止の基本) 第15条 乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると指摘され、また、それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与していることに鑑み、その予防・防止をはかる

 ホメオパシーや「水からの伝言」レベルの完全なエセ科学である。乳幼児期の愛着形成は確かに重要であるが、それが「軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因」とするのは、どこにそういう知見があるのかという話である。

 そもそも「軽度発達障害」とは医学用語でも行政用語でもない。たとえばAD/HDを軽度発達障害に含めるか否かは研究者によって分かれている。このような曖昧な概念について、その「大きな要因」を「乳幼児期の愛着形成」一つの責任とし、それがまた「虐待、非行、不登校、引きこもり等」に直結するかのような前提を「鑑み」ているような議論は、そもそも成り立たないのである。

 簡単に言えば、「乳幼児期の愛着形成の不足」を防ぐことで「虐待、非行、不登校、引きこもり等」の「予防・防止をはかる」ことができるなどと考えるのがすでに非科学的ということである。しかも「虐待」を行なうのは親、「非行、不登校、引きこもり」を行なうのは子供であるから、条文作成者も混乱していると思われる。

 しかも、軽度発達障害の原因が「親の育て方」にあることは、医学の分野からは明確に否定されている。たとえば、岡山県保健福祉部子育て支援課が発行している「軽度発達障害理解のためのガイドブック」(協力:岡山県保健福祉部健康対策課)は、児童精神科医師・小児科医師・臨床心理士・児童相談所所員らが執筆しているものであるが、その「(3)原因について」ではこのように明記されている。

「いずれの障害も、医学的には環境や心理的な問題が直接的な原因ではなく、器質的な原因(身体の特定の部位が障害された状態)によって発生していると考えられています。生まれつき、または出生後早期に脳の特定の機能が障害されたことが原因で、様々な症状が引き起こされており、決して親の育て方や、しつけ、学校の対応などが原因で発症するものではありません。」(強調:引用者)

 また、同項目内「3)児童虐待との関係について」ではこう書かれている。

「虐待を受けて育った子どもは、情緒的に混乱し対人関係が不安定なため、多動、衝動性、対人関係の障害、こだわりなど、軽度発達障害の子どもと共通する特徴を示すことがあります。逆に、軽度発達障害があるために育てにくく、これが保護者の養育負担感を増して虐待を引き起こす場合もあります。このように、軽度発達障害と虐待との関連は密接であり、慎重に評価する必要があります。」

 つまり、虐待を受けて育つと「軽度発達障害の子どもと共通する特徴を示すことがあります」というのだから、逆にいえば虐待と無関係な軽度発達障害が見られるのは事実である。また、「逆に、軽度発達障害があるために育てにくく、これが保護者の養育負担感を増して虐待を引き起こす場合もあります」というのだから、因果関係がまるっきり逆転してしまう。

 この条例の基本的な発想の元であるといえる第15条は、科学的に全否定されるのである。言い換えれば、この条文一つを否定するだけでこの条例案すべてが否定される。

 この条例案の発達障害に関する内容についての批判としては、大阪市「育て方が悪いから発達障害になる」条例案について - lessorの日記発達障害を「予防、防止」する? - 大阪市・家庭教育支援条例(案)を読んで - Whateverも参照のこと。

(保護者、保育関係者等への情報提供、啓発)
第16条 予防、早期発見、早期支援の重要性について、保護者、保育関係者およびこれから親になる人にあらゆる機会を通じて情報提供し、啓発する

 軽度発達障害や虐待について「早期発見」は非常に重要だし、適切な「早期支援」は必要だが、予防は不可能であるし、また早期支援の内容が「親心の涵養」などであれば逆に必要な医学的支援を妨げるものともなりうる。

(発達障害課の創設)
第17条
1項 発達障害の予防、改善のための施策は、保育・教育・福祉・医療等の部局間の垣根を廃して推進されなければならない
2項 前1項の目的達成のために、「発達障害課」を創設し、各部局が連携した「発達支援プロジェクト」を立ち上げる

 こんな課が創設されれば、児童福祉相談所の仕事を妨げるのみならず、科学的に否定される政策を市が率先して行なうという事態にもなりかねない。

(伝統的子育ての推進) 第18条 わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する

 ツッコミどころ満載である。まず「我が国の伝統的子育て」とは何か。現代の医学で予防・防止できない器質的な問題である発達障害を「予防・防止できる」方法など存在するのか。また、「我が国の伝統的子育て」が仮に「予防・防止できる」とするのであれば、かつて日本には発達障害の児童は予防・防止されていたという実績はあるのか。それは単にそういう障害が認識されていなかっただけではないのか。

 かつての日本(がいつの時代を指すかはともかく、おそらくこの条文からいえば明治から終戦ごろまでの百年くらいを指すのだろうが、その時期の日本)においては、むしろ、発達障害の児童は間引かれ、捨てられてきた。あるいは逆に「福助」のように福を招く「まれびと」として扱われてきた。だが、発達障害そのものを「我が国の伝統的子育て」なるものが発生させなかった、あるいは発生率を低く留めていたという事実は認められない。

 子育ての知恵を伝えていくというのはいいが、もしそれが「布おむつ絶対、紙おむつは育児放棄」というような旧態依然の実情に合わない「知識」をもって「親」への強迫観念を強めるだけであれば、百害あって一利なしである。

(学際的プロジェクトの推進)
第19条
保育・教育・福祉・医療等にわたる、発達障害を予防、防止する学際的研究を支援するとともに、各現場での実践的な取り組みを支援し、また、その結果を公表することによって、いっそう有効な予防、防止策の確立を期す

 少なくとも医療の現場からいえば「発達障害を予防、防止する研究」というもの自体が非科学的であるし、もし支援されたとしても、その研究結果は、発達障害の原因が「親心」や「親の保護能力」の衰退、もしくは「乳児期の愛着形成」にはない、という、この条例案を根底から覆す結論となることはすでに明白である。

あわせて読みたい

「おおさか維新の会」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    菅首相発言が「絶対アカン」理由

    郷原信郎

  2. 2

    大戸屋TOBは企業「乗っ取り」か

    大関暁夫

  3. 3

    菅首相は玉木氏提案を受け入れよ

    早川忠孝

  4. 4

    家計が炎上した年収1000万円夫婦

    PRESIDENT Online

  5. 5

    広島県の大規模PCR検査は愚行

    青山まさゆき

  6. 6

    今の改正案では医療崩壊を防げぬ

    玉木雄一郎

  7. 7

    慰安婦判決は異常 迷走する韓国

    コクバ幸之助

  8. 8

    KDDI「povo」への批判はお門違い

    自由人

  9. 9

    PCR検査で莫大な利益得る医院も

    中村ゆきつぐ

  10. 10

    橋下氏 いま日本は「欠陥の車」

    橋下徹

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。