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【特別講演】イスラエルの「政治」「安全保障」はどう変遷してきたか(中) - 池田明史

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 ここまで説明してきたような、常に国家の存亡がかかっているような状態では、国民はみんなびくびくしているわけです。私が最初にイスラエルに行ったのは1970年代なのですが、当時はバスやタクシーに乗ろうがスーパーマーケットに行こうが、ずっとラジオがつけっぱなしでした。それは、イスラエルをとりまく状況がどうなっているのかを、国民が常にわかっていなければならない、なぜなら、いつ動員がかけられるかわからないわけですから。私が訪れたのは、そうした非常に大きな社会的な緊張状況が続いていた最後の時期でもありました。

 しかしながらそれは、1967年の第3次中東戦争である程度緩和されます。

 当時、エジプトのガマール・アブドゥル=ナセル大統領がアラブ側の総指揮官になり、シナイ半島の停戦監視任務を遂行中の国連緊急軍を撤退させるなどして、あとはイスラエルに攻め込むだけという状況を作っていました。

 ところがそこにイスラエル側が「予防先制攻撃」を仕掛けて、アラブ側の航空戦力をまず潰すわけです。給油され、爆弾も積んだ飛行機を上から叩くわけですから、壊滅するわけですね。

 こうして制空権を完全に失ったアラブ側を、イスラエルはさらに攻撃します。結局わずか6日間で――これがまた意味を持つわけですが――圧倒的大勝利を収める。イスラエルは、1年間の交通事故死者よりも低い損耗率という結果だった。逆にアラブ側は、飛行機をまず潰された上に、航空支援のない状態で戦車から何から全部狙い撃ちにされるわけですから、大敗北です。

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 結果として、図2の通り、元々のイスラエルの領土はここまで大きくなりました。シナイ半島をエジプトから、ゴラン高原をシリアから、それからエルサレムを含むヨルダン川西岸地区はヨルダンから取った。これで戦略的縦深、つまり相手が攻めてきた時に予備役を動員できる時間を稼げるようなバッファーを、ここで得るわけですね。これでちょっと余裕ができた、ということになったわけです。

「民族主義」と「民主主義」の相剋

 ところがここで、先に述べた民族主義と民主主義が最初のハレーションを起こします。

 この第3次中東戦争までは、イスラエルにおける非ユダヤ人と言う場合には、第1次中東戦争でイスラエルに残ったかもしくは逃げ遅れた人たちのことだったわけで、そういうイスラエル国民だけどもユダヤ人ではないという人にどう対応するかというのが国内問題だったんですね。ところが今度は、占領地に住んでいる非ユダヤの人々をどう扱うかが問題になってきたのです。

 この時、エルサレムはイスラエルが一方的に併合します。ガザも、一応抑えるのですが、ここについては、イスラエルは最初から最後まで自分のものではないと言い続けるんですね。ガザはそういう意味では、不満の巣窟です。エジプトもイスラエルも、自分たちのものだと言わない。結局ガザの人たちは、つい最近までレセパセという国連の難民証明しか持てなかったというようなことで、非常に大きな憤懣を抱える地域なわけですね。

 ゴラン高原も、イスラエルはシリアから占領したわけですから、和平プロセスの中では、返す相手はシリアだ、ということはわかっているんです。ところがヨルダン川西岸地区の場合、誰に返すのかという話が、ここでも出てくる。ヨルダンから奪ったのは間違いないのですが、そのヨルダンが占領していた時には、イギリスとパキスタン以外は誰もその占領を正当なものとして認めていない。ヨルダンの不法占領からイスラエルの不法占領に変わっただけだという認識がある。すると、和平プロセスで誰に返すんだという問題がずっとつきまとったわけです。

 これも後から出てきますが、これを何とか解消しようとしたのが、1993年のオスロ合意で、それ以降1994年にパレスチナ自治政府ができますから、このヨルダン川西岸地域を返す相手はパレスチナ自治政府だというフォーミュラ(公式)がいちおうできあがる。

 ガザにしてもヨルダン川西岸にしても、たくさんのパレスチナ人が住んでいます。ガザに対しては、イスラエルは「こんなところはいらない」と一方的に撤退するわけですね。

 今問題なのは、ヨルダン川西岸を併合するか、あるいは撤退するかということです。これは二者択一ではなく、その間にいろんなオプションがあるわけですけれども、ここを併合した場合の問題は、先に説明した民族主義と民主主義が真っ向から対立するわけです。

 併合して西岸地域の人たちをイスラエル国民として受け入れてしまうと、もともとイスラエルの中にいるパレスチナ人と合わせれば、ユダヤ人の数とパレスチナ人の数が拮抗してしまう。さらに出生率の違いなどを考慮すると、10年後20年後には人口が逆転するという予測が出ている。するとイスラエルは、ユダヤ人の民族国家ではなくなるわけです。ポピュレーションボム、人口爆弾というわけです。つまり、ヨルダン川西岸を併合してかつ民主主義であろうとすると、完全なバイナショナルステートになって、ユダヤ人のネイションステートではなくなる。

 かといって、併合してもパレスチナ人に市民権を与えなければどうなるか。これは民族主義ではあるでしょうが、民主主義ではなくなる。かつての南アフリカのようなアパルトヘイト型の差別国家になっていくという矛盾を抱え込むわけですから、これが大きな要因になって、1967年に占領したものの、その後現在までイスラエルは併合しないままでいるという状況になっているのです。

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