アニメ映画や洋画の声優にタレントがキャスティングされることがある。声優の岩田光央氏は「人気タレントが作品に出演すれば、メディアは取材に来てくれる。だが、声優は職人であって話題を呼ぶために存在するわけではない」と指摘する――。
※本稿は、岩田光央『声優道』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■声優は「職人としての資質」が8割
なぜ僕が声優を「職人」と表現しているかと言えば、求められる仕事の多くの部分はクライアントがいて、その要望に応えることが仕事だからです。さらに言えば声優という職業は、職人としての資質が8割、芸術的な資質が2割程度の割合で必要だと考えています。
どんな役で、どんなシーンであなたの声が、演技が求められているのか。その組み合わせは確かに無限ではありますが、あなたが選ばれた以上、求められる理想の声と演技が存在しているのは事実です。
そしてその要望は、その場の付け焼き刃で出したもので応えられるのではなく、あなたの過去の、その積み重ねの果てに初めて到達できるもの。つまり日々の努力で磨かれた技術があって、初めて演じることができるようになるはずです。
そうした職人とも言える技術が土台にあって、その上で性格や個性、緻密さを組み合わせて、役の魅力を高めるのがベテランの技術であり、魅力であると言えるでしょう。
どんなベテランだろうと現場に行く前には、台本を片手にコツコツと予習をし、口パクを合わせるという作業は必須で、これらの準備はやはり職人仕事であり、華やかさとはある意味で無縁なのです。
■作品に没頭できるなら「タレント」はいい演技をしている
職人としての声優の反対側に存在しているとイメージされやすいのが、大作アニメ映画や洋画などでよくキャスティングされる芸人や俳優、タレントでしょうか。
そうしたキャスティングを考えるのは、あくまで監督や制作会社側であって、僕の立場としては何も言えませんが、声優としての良し悪しの判断基準を述べるのであれば、それはあくまで作品を見ていて違和感を覚えるかどうか、ということだと思います。
違和感なく作品に没頭できたのならば、そのタレントはいい演技をしているということであり、少しでも違和感を覚えたのなら、残念ながら声優としてのニーズを満たしていないということになります。
特に俳優は普段声だけに頼らず、顔の表情や身振り手振りといった身体を使って演技をしていますから、声優としての演技をする場合、作品中での役とうまくシンクロできていないように感じられる場合が多い。
しかし彼ら俳優やタレントは声だけで演じる技術がなくて当然ですし、そもそも声優としての立場を求められてはいないとも言えます。
■声優は「話題を呼ぶため」に存在するのではない
制作会社が声優を起用する場合、僕たちのギャランティは制作費から捻出されますが、タレントを起用する場合、彼らのギャランティは広告宣伝費から出されている場合があるのも、そうした事情の背景になっているかもしれません。
よくテレビのワイドショーなどで、タレントが吹き替えを務める新作の公開アテレコをしている場面を見ることがあります。人気タレントが作品に出演すれば、メディアは取材に来てくれますし、制作会社にとっては非常にありがたい存在です。だからこそ広告宣伝費を使ってでも、彼らを起用しているのです。
ですが、作品の質を本当の意味で担っているのは、現実としてアニメーターや音声など、多くの職人たち。僕たち声優も、例外でなくそれに該当していることを忘れてはなりません。そして作品はあくまで制作サイドの所有物であり、僕たち声優はいかに彼らの要望を確実に満たせられるかが重要です。
作品の質を高める上で、職人の存在は欠かせません。そして声優もやはり職人であって、話題を呼ぶために存在するわけではない、という事実を決して忘れるべきではないと僕は思います。
■少し前は王子様系、最近はキーの高い声が人気
なお男性声優で言うと、少し前の世代だと甘い王子様系の声が、最近ではキーの高い声が特に求められているように感じます。
流行する声、もしくは人気の声はもちろん存在します。テレビのナレーターなどは如実で、同じ人の声をいろいろな番組で聞くことはよくあると思います。たとえば一日テレビを点けていると、「世界の果てまでイッテQ」のナレーションなどで有名な立木文彦さんの声が何度も聞こえてきた、なんて経験はきっとあるはずです。
ナレーションが大きな意味を持つテレビ番組だと、制作会社側としても安定した実力や人気があるベテランを好んで起用します。だから同じ人に集中して仕事が殺到するのは仕方がないかもしれません。
アニメやゲームのキャスティングも少し前までこの流れが顕著でした。非常に「旬」を重んじ、声優そのものの人気を当然のように重要視していました。
■「SNSのフォロワー数」がキャスティング基準の一つ
その理由は、何と言ってもソフトを「売らなければならない」からです。たとえばアニメ作品の場合、地上波放送や映画の放映期間が終わった後も、DVDやブルーレイ、アニメから派生するキャラクターソングやイベントチケットなど、いろいろな分野で収益を上げることになります。
そしてその稼ぎは、出演した声優の人気にかなり比例します。アニメの制作会議では、声優のSNSのフォロワー数や、以前に出したCDの売上枚数などをキャスティングの基準の一つにしていることもある、という事情が聞こえてきます。そうした背景の中、旬となった声優に集中して仕事が集まるのは当然でしょう。
もちろん同じ声優ばかり起用し続けると、それはそれで厳しいファンたちからは飽きられてしまいかねません。インターネットを通じ、そうした声がハッキリ見えるようになった昨今、ネガティブな評判が募ればそれはそれで死活問題となりますから、少しずつ次世代の声優と入れ替えていくことになります。
そのスパンは、現在の男性声優で7年くらいと言われています。今のアニメのキャスティングを見ていると、ちょうど今、2000年代前半に一世を風靡した声優たちの入れ替え時期に該当するかも、と個人的に感じています。