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密約

 今日は「密約」の証明です。ちょっとだけ複雑なのですが、出来るだけ分かり易く書きます。

 TPP12(アメリカが加わる予定だったもの)が合意された際、コメについては概ね以下のような合意がなされました(この資料の1ページ目)。

① 現行の国家貿易制度を維持。
② 米国、豪州に国別枠を設定。
米国:5万t(当初3年維持) → 7万t(13年目以降)
豪州:0.6万t(当初3年維持)→ 0.84万t(13年目以降)
③ 既存のWTO枠のミニマムアクセスの運用の一部を見直し、6万実トン分を中粒種・加工用に限定した輸入方式に変更。

 ①と②は分かるのですが、③は何の事なのかなと私も疑問に思っていました。内容だけを噛み砕いて説明します。平成6年末に妥結したGATTウルグアイ・ラウンドで日本は76.7万トン(玄米ベース)のコメを輸入する事にしました。③はその内訳の話でして、これまでは特定の品種や用途に限定しない形で輸入していたものを、6万実トン分だけ中粒種・加工用に限定するという事です。方式変更の理由としては「国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため」としています。

 そうした所、2016年5月、アメリカの国際貿易委員会が議会向けに出した報告書に衝撃的な表現がありました(報告書の184ページのBox3.4です。)。簡単に言うと、6万実トンの内、80%はアメリカ産を購入する保証があるという「文書化されない約束(undocumented commitment)があると書いてあったのです。つまりは「密約」です。

 さすがに国会でこれは問題になりました。日本共産党の畠山議員がこれを取り上げています。私は傍で聞いていましたが、非常に鋭い視点からの質問でした。ちょっと長いので、要点部分だけを抽出します。

【衆議院予算委員会(平成28年10月04日)】
○畠山委員 (略)これは、ことしの五月にアメリカの国際貿易委員会が米国議会へ報告書を出したものであります。(略)文書化されていない約束があるとして、六万トンのうちの八割である四・八万トンを米国産とすることを保証しているというのがこの内容です。農水大臣に伺います。日本がこのように文書化されていない約束をしているということは事実ですか。

○山本(有)国務大臣 事実ではありません。TPP交渉における合意内容は、TPP協定の譲許表やサイドレター等の合意文書が全てでございまして、文書化されていない約束は存在しておりません。

○畠山委員 事実でない。であるならば、アメリカに対して、こんな約束していませんよと言うべきではありませんか。(略)

○山本(有)国務大臣 まず、ITC報告書には、期待される日本の約束の幾つかは文書化されていないと記述がございますけれども、さらにその前の記述に、米国米業界の代表者の理解するところによるとと明記されているわけでございまして、米国の米業界の理解や期待でありまして、文書化されていない約束ではないというように思っております。
 そういう認識のもとに今抗議をしているかどうかでございますが、農林省の担当から米国通商代表部、USTRに対して遺憾の念を伝えているところでございます。

(略)

○安倍内閣総理大臣 (略) TPP交渉における合意内容は、TPP協定の関税率表やサイドレター等を含む合意文書が全てであって、文書化されていない約束は存在をしないわけであります。(略) 文書化されていない約束はないということは、はっきりと申し上げておきたいと思います。

 その上において、先ほど申し上げましたように、本年五月のアメリカ国際貿易委員会、ITCの報告書に書かれているのは、米国米業界の代表者の理解するところによると。だから、これは、米業界の理解するところによると、期待される日本の約束の幾つかは、しかも、期待される、こう書いてありまして、正式なTPP合意テキストや付随するサイドレターにおいて文書化されていない、こうされているわけであります。これは、あくまで米国の米業界が理解をして、期待する事項として記載されているわけでございまして、つまり業界の期待なわけであります。

 つまり、その業界の期待に、あなたたち、そんな期待はするなと言うことではなくて、そもそも我々が交渉している相手はUSTRでありますから、こういう文書がITC報告書にあるけれども、農林水産省の担当者からは遺憾の念を伝えているわけでございまして、独立機関であるITCに対しては記述の訂正を求めるものではないわけでありますから、大臣から答弁させていただいたとおりでございます。

【引用終わり】

 報告書にはたしかに「as understood by U.S. rice industry representatives(アメリカのコメ業界代表者の理解するところでは)」と書いてあります。そこを精一杯膨らまして、答弁では「アメリカのコメ業界がそう思っているだけだ。」と言い放って防御に入っているわけです。これはこれで理屈が通っているので、なかなかこれ以上は押せませんでした。

 しかし、その後アメリカはTPP12から離脱します。そして、アメリカを外した形でのTPP11が成立します。その時に上記の③は発動されませんでした。ここがポイントです。もう一度書きますが、輸入方式変更の理由は「国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため」です。アメリカのためとは一言も書いていません。であれば、TPP11が成立した段階でこの輸入方式の変更は発動すべきものでしょう。アメリカがTPPに入ろうが入るまいが、既存のミニマムアクセス輸入枠の中で、国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引は促進すべきもののはずです。

 TPP12がTPP11になった事により、輸入方式の変更が発動されなかったという事は、これがアメリカとの交渉のタマになるからです。6万実トンの輸入方式を変更する事がアメリカにメリットとなるから、その分は日米交渉のために取っておいている以外の理屈は思い付きません。ここは確定的です。であれば、アメリカの国際貿易委員会が報告書に書いた「undocumented commitment」はむしろ真実だったのではないかというかなり強い推定が働きます。TPP12を審議している段階では「業界の希望に過ぎない。事実だというなら証拠を出せ。」と挙証責任が質問者の側に来ましたが、現時点では「この輸入方式の変更がアメリカ産米の輸入を確約したものではない。」という挙証責任は政府側に転換されています。私が考える限り、密約を否定するのは相当に難しいでしょう。

 さて、ここまで書くと「しかし、その6万実トンの部分は既存の輸入枠の変更であって、日本への輸入が増えるという話ではないから、そこまで重大な問題ではないのではないか。」というお声があるでしょう。それは実務上は正しいです。ただ、ミニマムアクセス米の中で変な特別優遇枠を作るのはWTO協定違反になる可能性が高いのです。詳細は省きますが、GATT17条の国家貿易の規定に反する可能性が高いです。なので、露骨に「4.8万トンのアメリカ産中粒種を加工用として輸入します」と言えずに、「国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため」という理由で枠を作り、そこで密約でアメリカ産を優遇するという事になったのだろうと思います。

 ちょっと小難しかったですね。ただ、継続的にTPPを追っていれば、この違和感には気付くはずです。かなり政府は苦しい交渉をしたのです。何故、ここまで無理をしたのかについては稿を改めますが、アメリカ側から一定の輸入量の増加を求められたのでしょう。③に当たる部分は、これまでのミニマムアクセス米の主流だったカリフォルニア州サクラメントのコメではなく、アーカンソー州のコメを念頭に置いたものと言われています。この合意をしたのはオバマ政権時代ですが、トランプ政権だけでなく、アメリカの政権は常に国内への利益配分を念頭に置きながら通商交渉をやっているという事です。ただ、アーカンソーのコメは食味からして日本人の主食としてはまず無理です。日本側としてアメリカの要望を満たすために、密約までやって主食用には使えないコメを加工用で輸入するという形で精一杯努力した後が見え隠れする交渉結果だと思います。

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