- 2019年06月02日 17:51
太田光が自ら語った「ネットでなくてテレビだからこそ伝えられること」~川崎20人死傷事件について~
2/2以下の言葉は、太田光という当代きっての芸人であり、才人がテレビ番組というメディアを通じて発したメッセージだ。2分40秒間の全文を紹介する。
「まあ、一人で死ねってい気持ちもまあ、それは要するに『甘えるな』ということだと思うんだけど、この犯人の場合は自分も死ぬわけじゃないですか。自分の命もたいして重く見てないというか、自分が思っているような自分じゃなかったんだと思うんだよ。それって『俺って生きていてもしょうがないな』と。だけど最後に一つ、そういう大きなことをする・・・。でも自分の・・・。これって誰しもが、特定の病気というわけではなくて、そういう思いにかられることは誰しもあって・・・」
このあたりから、太田はまるで犯人の男に話すように、あるいは、自殺や他の人の巻き添え添え殺人を考えているような人間たちすべてに向かって、というような口調で話していく。そして、自分の体験を話し出す。
「俺なんか、(犯人と)同じ50代ですけど、やっぱり高校生くらいのときに、あー、俺も何も感動できなくなったときがあったんですよ。物を食べても味もしない。そういうときにやっぱりこのまま死んでもいいんだっていうくらいまで行くんだけれども。そうなっちゃうと他人の命も・・・。自分がそうなら(死んでもいいとなるなら)他人の命も・・・。自分がそうなら、他人の命だって、そりゃあ、大切には思えないうよね」
太田は自分自身が自殺を考えていた頃の切実な体験を語り始めたのだ。
そのときに太田が自殺を実行せず、現在にいたるきっかけがあったという。
「だけど・・・、そのときに俺のきっかけだったけど」
こう言って太田はその「きっかけ」について話す。少し前に太田が考え込むような表情を浮かべていたのは、太田がこの自分のエピソードを話そうとしていたのだとわかる。
「たまたま美術館に行って、ピカソの絵を見たときになんか急に感動が戻ってきたの。何を見ても感動できなかったんだけど・・・。ピカソwp理解できたってわけじゃないないんだけど、そんときの俺は『ああ、こんな自由でいいんだ』と。『表現って』」
この後の太田の言葉はつかの間あっても考えた末の言葉であることがわかる。
「そこからいろいろなことに感動して、いろいろなものを好きになる。好きになるってことは結局、それに気づけた自分が好きになるってことで・・・。それっていうのは、人でも文学でも、映画でも、何でもいいんだと・・・。
そういうことに心を動かされた自分って、捨てたもんじゃないなって思うの。
生きている生物や人間たちの命もやっぱり、捨てたもんじゃないだと」
「自分は捨てたもんじゃない」「他の人たちだって捨てたもんじゃない」
太田が自殺の淵にあったときに得ることができた「気づき」。太田は今回の犯人とかつての自分が「すぐ近く」にいたと表現する。
この近さこそ、生放送のテレビだからこそ伝わる言葉なのだと思う。
テリー伊藤が太田と犯人と違いについて疑問を挟む。
(テリー伊藤)
「太田さんは自分一人で見つけることができた。彼(犯人)みたいな人はそれができなかった」
(太田)
「それが、つまり、俺は・・・そのすぐ近くにいると思うのは、ああいう彼のよう人がそこを今・・・いいや、そこを今、『自分って死んでもいい』と思っている人は、もうちょっと先にそれを見つける・・・。『すぐ近くにいるよ』ってことを知ってほしい、というか、そのきっかけさえあれば・・・と思うんだよね。すごい発見ができる。すごい近くにいると」
太田は今、死を考えている人に、抜け出すきっかけも「すぐ近く」にあると伝える。そうした現在、放送を見ている人へのメッセージ。放送を見ていた筆者は心を打たれてしばらく動けなくなった。
こうしたことができるのも放送というメディアがこれまで培ってきたもので、ネットはまだまだ追いついていない。
いつもの『サンジャポ』ならば、他の出演者がまぜっ返したりするところだが、この日の太田の発言はしっかりと時間をとって言わせていた。テレビ番組はその気になれば、こうした「神回」といえる素晴らしい放送をすることがまだまだできることを示したといえる。残念ながら、多くの番組はめまぐるしくコーナーを変えていかないと視聴者が他のチャンネルに逃げてしまうという脅迫観念に縛られて、こうした時間的な余裕をつくることはできない。
太田の発言の全文をテキストにしてみても、太田が話しているときの「間」や口調などのすべてを再現することはできない。
太田はたぶん生放送でテレビの向こう側にいる視聴者とつながっていることを意識しながら、言葉を発したに違いない。
ゲスな「ゲリラ番組」だからこそ、お行儀の良い報道番組などで伝えられないような、深い放送、心に届く放送ができる瞬間がある。
ネット時代にあって、テレビというメディアが何ができるのか。
太田の2分40秒にわたる語りはテレビあるいは放送というメディアの可能性を改めて教えてくれるような気がする。
[画像をブログで見る]※Yahoo!ニュースからの転載



