- 2019年06月01日 11:15
平成ニッポンを元気にした経営者TOP15
2/2ものづくり日本の新しい形を模索

カジュアル衣料業界の風雲児としてユニクロを世界的なブランドに育て上げたのがファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏だ。1984年に家業を継いで小郡商事社長に就任し、製造小売業というビジネスモデルをいち早く導入。安くてセンスのあるカジュアルブランドとして独自の商品を開発した。一大転機となったのが98年の原宿出店の成功だ。2000年秋冬には販売したフリースの売り上げ枚数が2600万枚以上という「フリース旋風」を巻き起こした。01年にはイギリス進出を皮切りに世界市場に展開。売上高では海外ユニクロ事業が国内ユニクロ事業を上回るなど成長を遂げている。
ものづくりの分野でもM&Aを使って企業を再生し、大企業の仲間入りを果たしたのが日本電産会長兼CEOの永守重信氏だ。73年に4人で精密小型モータの製造会社として創業。80年代から積極的にM&Aを推進したが、飛躍的に成長したのはバブル崩壊後だ。経営不振に陥った優秀な技術を持つ企業を次々と買収し、子会社化して再生させた。98年には東証1部に上場。モータ事業では世界トップシェアの業績を誇る企業に躍進した。

日本経済は02年頃から長期の景気回復軌道に入り、“いざなぎ超え”とも呼ばれた。だが、成長率は2%前後にとどまり「実感なき景気回復」とも呼ばれた。その日本経済に激震が走ったのが08年9月のリーマン・ショックだった。小泉純一郎首相の頃からの規制緩和で非正規社員が増大。08年末には解雇された派遣労働者が「年越し派遣村」に集結し話題になった。
企業にも大打撃を与えた。エレクトロニクス業界の名門ソニーも例外ではなかった。その再生役となったのが12年に社長兼CEOに就任した平井一夫氏だ。テレビ事業の赤字など再生は困難を極めたが、事業の分社化や売却、人員削減など構造改革を推進。18年3月期の営業利益が20年ぶりに最高を更新し、名門復活の偉業を成し遂げた。
平成は疾風怒濤の時代だった。波にのまれて消え去った企業もある一方、逆境をバネに独自の経営戦略やイノベーションを武器に時代を牽引した経営者を輩出した。「令和」の時代はそれを引き継ぎ、さらに発展させる経営者が現れることを期待したい。
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溝上憲文(みぞうえ・のりふみ) ジャーナリスト 1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。雑誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。日本労働ペンクラブ賞受賞。----------
▼経済・政治・社会から振り返る平成史(1)



▼経済・政治・社会から振り返る平成史(2)


(ジャーナリスト 溝上 憲文 撮影=本浪隆弘、小倉和徳、若杉憲司、宇佐美雅浩 写真=AFLO、読売新聞/AFLO)
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