- 2019年05月31日 09:15
定年退職後に出家するシニアが増えている
1/2会社を退職して、出家するシニアが増えている。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「人生を重ねた60代以降の人に『老後出家』という手段が広がり、そうした僧侶とベテランの僧侶が混じり合うことは、仏教界にとってもよいことだろう」という――。

開眼寺(長野県千曲市)の住職・柴田文啓さん。(撮影=鵜飼秀徳)
一流企業の役員を65歳で辞めて出家した理由
仏教の臨済宗妙心寺派に「第二の人生プロジェクト」なるものが立ち上がったのは6年前のことだ。
このプロジェクトは市井のシニアに対し広く門戸をひらき、出家を支援していく仕組みである。出家とは、一般的には在家の人間が僧侶になるべく、仏門に入ることをいう。
驚くべきは、この5年間で実際にそのプロジェクトに参画し出家した人が67人もいたということだ。そのほとんどが以前は普通の会社員だった人で、定年後に出家したのだという。うち22人がすでに僧籍を得て寺に入り、6人が住職に就任したという。
60歳を超えて出家する。なぜ、そのような選択をしたのか。「老後出家」にはどんな魅力があるのだろうか。
長野県千曲市にある開眼寺住職の柴田文啓さん(84)も以前、老後出家したひとりだ。大学卒業後、工業計器大手の横河電機(東京都武蔵野市)に就職。同社の産業用コンピューターを手掛けるなど、技術畑を歩み、42歳の時、同社の医療事業の立ち上げに参画。
米ゼネラル・エレクトリック(GE)との合弁会社設立に携わり、その後、ヨコガワ・アメリカ社社長にまで上り詰めた。そこで知り合った「経営の神様」ことジャック・ウェルチ氏とは、いまでも懇意の間柄という。
「寺の収入は足りなくても、年金が入る」
そんな柴田さんが出家したのが、横河電機役員を退いた後の65歳の時。柴田さんは、若い時から坐禅会に通うなどして、仏教に大きな魅力を感じていたという。
前述のプロジェクトはまだなかったが、自ら志願して滋賀県の臨済宗寺院で1年3カ月の間、雲水として修行に励み、正式に禅僧になった。柴田さんはいわゆる在家出身者。
寺の生まれであれば、そのまま自坊を継ぐことができるが、柴田さんには入るべき寺がなかった。そこで、宗門の紹介を受け、2001年に住職として入ったのが縁もゆかりもない長野県千曲市の里山にあった開眼寺であった。柴田さんが寺に入った時、開眼寺は住職がいない状態で、檀家はわずか1軒のみであったという。
柴田さんは振り返る。
「第二の人生として、僧侶として生きることは理想的だと思いました。寺の収入は足りなくても、長年企業勤めをしていれば年金が入る。ぜいたくをしなければ寺という恵まれた環境の中で、人生の再設計ができます。そして多くの悩みを持った人を受け入れる。私のようなリタイア組は社会を経験していますから、世襲型僧侶とは違った視点で人々にたいする寄り添いができると考えました」(柴田さん)
退職金などを元手に元企業人の出家者が実践したこと

柴田さんが再建した開眼寺の坐禅堂。(撮影=鵜飼秀徳)
柴田さんは、企業人時代に培った発想力、行動力で開眼寺を再生していく。退職金などを元手に、あばらや同然であった開眼寺をリフォーム。坐禅堂や、宿泊設備を整えた。
そして、柴田さんが目をつけたのが、寺を企業研修の場として開放し、働く人に寄り添うことだった。そこでは企業に入社した新人や、管理職が開眼寺に集い、座禅で自分と向き合い、「働く意味」などを問い直す。これまで柴田さんが在籍した横河電機や、総合商社の双日、地元長野の企業、公立学校に赴任した教師の研修など大勢が柴田さんの元で研修を行った。
「檀家を多く抱えた寺なら、檀家の目を気にしてしまい、こういうチャレンジはできなかったでしょう」
さらに柴田さんは「自分に続け」とシニアの出家者を増やすべく、宗門に働きかけていく。それが、6年前の「第二の人生プロジェクト」立ち上げにつながったのである。
日本の寺は世襲による継承が当たり前だが……
古代インド仏教に詳しい花園大学の佐々木閑教授は、「出家」について、こう解説する。
「本来、出家とは世俗では手に入れることのできない特別なものを求めて、自分の家族など一切を捨てて世俗を離れることです。お釈迦さまの時代における出家の動機はさまざま。
お釈迦様のように『この世は一切皆苦だ』と認識した上で『その苦しみから逃れたい』『生きがいを求めたい』という志を持って出家するケースもあれば、出家そのものに憧れを抱き、『出家ってカッコいいね』とファッション感覚で出家する者も多く存在しました。
出家の時点では年齢や資質は問われませんでした。殺人者だって、お釈迦さまや仏教サンガ(出家修行者の組織)は受け入れました。日本のお寺の子弟の“出家”の形態とは、まるで違います」
文化庁『宗教年鑑 平成29年度版』によれば、「出家し、僧侶の資格を得た者」(仏教系宗教団体に所属する教師資格取得者の総数)がおよそ34万人いる。しかし、このほとんどがお釈迦さまのように人生の苦を知り、そこから解き放たれたいと願って遁世(とんせい)したわけではないだろう。お釈迦さまの時代の出家と、現代日本における出家の形態はまるで異なっているのだ。
日本の寺は世襲による継承が当たり前になっている。寺に生まれた子弟は宗門大学などに入学し、一定期間の修行をこなすことで僧侶の資格を得て、寺を世襲していくのが通例である。かくいう私は浄土宗の家に生まれたものの宗門大学に進まなかったため、3期にわたって浄土宗の定める僧侶養成講座に通い、22歳の時に浄土宗僧侶としての戒を授かる「加行(けぎょう)」を満じて、資格を得た。
ただ、そうした世襲とは別に、先に紹介した柴田さんのように会社を早期退職もしくは定年後に「第二の人生」として仏門に入る人々も増えているのだ。その多くは、年齢を重ねてから、別の価値観を求めて世俗を離れたいと願う人なのである。
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