- 2019年05月31日 11:00
やめたいのにやめられないのはなぜ?熱血教師と部活動の歴史 -「スポーツぎらい」第1回
3/3部活動は「欲望の領域」?
——ここまで部活のデメリットを中心に伺ってきましたが、もちろん部活にもメリットがありますよね。たとえば、家庭の経済状況に左右されずに活動できる点は、部活の良いところですよね。
まぁ、そうなんですが、うーん、どうでしょうかねぇ。
——あれ、そうなんですか。
民間クラブに入ったら月謝を支払わなきゃいけませんが、部活は少額の部費や無料で参加できます。安く参加できるから、みんなが平等に参加できる。
その点は素晴らしいですが、正直、最近はあまり無邪気に賛成できなくなってきました。なぜ安く活動ができるのか。誰かが割を食っているから……そう、教師です。教師が手当ても不十分な中で、残業代も出ない時間外勤務をいとわず支えてくれるから、みんな部活に入れて無料で部活ができるわけです。そう考えると、部活はタダで素晴らしい、とは単純には言えませんね。

部活の問題はいろいろありますが、生徒が苦しんでいる、という側面だけ見ていたら、教師が犯人だ! と思うかもしれません。でも教師も被害者だったというオチなんです。結局、部活に苦しんでいる人ばかりになっている状況もあるので、部活を丸ごと疑う必要があります。
——教師が犯人だと思ったら、実は被害者だと……わからなくなってきました。
最近は、先生たちも匿名のTwitterアカウントで部活の大変さをつぶやくようになってきた。おかしいことに対して、声があがるようになってきている。それをぼくは応援したい。でも、ぼくは部活を全廃しろとは思っていませんよ。やりすぎを見直したらいいと思っています。
じゃあ、どうやってやり過ぎを見直すか。先生たちは「生徒のため」と言われて、部活を頑張っています。でも本当に「生徒のため」なのか。たとえば、生徒に無記名アンケートを取ってみて、生徒のホンネを聞いてみましょう。もし部活を辞めたい生徒がいれば退部させてあげるべきだし、やりすぎに困っている生徒がいたら活動のあり方を見直すべきです。
実際の生徒の声を聞くと、平均的にはみんなもっと休みたいと思っているでしょう。生徒のホンネに添った部活のあり方に変えれば、結果的にやりすぎも解消するようになるんじゃないか。
そうやって、部活について考えると、「なにかしたい」という欲望を、社会でどんなふうに扱うのか? という問題にぶち当たります。授業と違って、部活は課外活動なので「欲望の領域」です。「サッカーがしたい」という生徒に欲望があったとしても、何でもかんでも先生がそうした生徒の欲望を満たさなければならないわけじゃない。
——なるほど、「欲望の領域」。言われてみればそうですね。
大人になってサッカーをしようと思ったら、ボールを買って、コートを予約して、仲間を集めて、試合をするためには相手チームを探して……とかなり大変です。だからぼくもいま、なかなかサッカーはできない。本来、したいことをするためには、たくさんのハードルを越えて様々な人と合意をはかって、試行錯誤の連続を経て、ようやく実現できる。
そのプロセスは大人でもかなり大変なので、子どもにやれと言うのは難しい。ですが、自分の欲望を楽しく満たす方法を知っていると、人生でやりたいことができるようになる。自分の欲望を満たすための知識や方法を身につける事前練習として、部活があってもいいし、そうした活動は授業ではできず、部活でしかできません。
自分の自由をどう扱うのか学び、相手には相手の自由があることを知る。生徒の気持ちを原動力にして、先生はかかわれる範囲で協力できたら、素晴らしいですね。
——そうなったら、本当に「自主性」のある部活動になりますね。
やってもやらなくてもいい、といったん突き放したなかでそれでも部活をするならば、「真の自主性」と言えるかもしれませんね。といっても、簡単にはいきませんよ。学校現場でそこまで突き放せる教師がどれだけいるのか。
それに、生徒自身が自分の幸せのために「自主性」を使いこなすことができるのか。東大生ですら、自分たちを自分たちで縛る窮屈な状況にハマってしまったしね。それほど「自主性」は恐ろしい……ああ、思い出したくもない。

——よく部活動中に先生が「やる気がないなら俺は帰る」と怒って、「帰らないでください!」と生徒が追っかける茶番劇がありますよね。今のお話を聞いていると、本当の自主性を育てようと思ったら、あの場面でちゃんと帰る必要があるんだろうなと思ってきました。
「俺は帰る!」と言って追いかけてこなかったら、やっぱり先生も寂しいと思いますよ。ぼくだって、大学のゼミが終わったあとに「今日は頑張ったし、打ち上げでも行くか」とゼミ生を誘ったら、「いえ、授業が終わったんで帰ります」と言われたら寂しいですよ。実話ですけど。
でも授業をしっかりやっていれば、それでいいんです。もっと言うと、「ゼミ生はきちんと自分の気持ちに沿って意志決定ができているな」と、ぼくはホッとすべきですね。ついつい感じちゃう寂しさは、グッとこらえなきゃいけない。自分に言い聞かせてます(笑)。
——先生の側が様々な矛盾を抱えて、部活動が拡張してきたことがわかりましたが、これから抱えなきゃいけないのは「寂しさ」なんですね……。切ない。最後に、中澤さんが思う「スポーツぎらい」にする犯人は誰だと思いますか?
スポーツを好きな人、かもしれませんね。スポーツ好きは、スポーツの良さばかり強調するので、スポーツをしない人やスポーツにあまり興味がない人に、「スポーツしないなんて信じられない!」と言いがちです。そんな人に暑苦しく迫られると、ちょっとスポーツに興味を持った人でも、きらいになっちゃいますよ。
ああー、スポーツや部活の悪口を言い過ぎたかも。もちろんスポーツや部活には良い部分もたくさんあるんですよ、と言い訳させてもらいつつ、みなさんを「スポーツぎらい」にした犯人捜しに役立ててください。



