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やめたいのにやめられないのはなぜ?熱血教師と部活動の歴史 -「スポーツぎらい」第1回

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スポーツの論理に飲み込まれる日

——でも全員参加になったら、当初の目標だった「自主性」を育てるとは言えませんよね。

おっしゃる通り。「全員参加は自主性と相容れない」と日本教職員組合(日教組)も考えて、1970年代には、全員参加に対する反対運動も起きました。しかし、結局は「生徒にとって部活は大切だ」という言説に負けてしまった。

部活が拡大すると、先生の労働条件も厳しくなっていきます。「大変だから部活は地域に任せよう」という声もあがってきた。でも地域ってどこなのか? 当時は、警察のやっている柔道場・剣道場だったり、自衛隊の夏休みキャンプだったりした。地域のスポーツ少年団も日本体育協会とつながっていて、日本体育協会は自民党とつながっている……と、日教組の先生たちの目には映った。

そんなところに将来の日本社会を担うような子どもたちを預けてしまっていいのかと、体制に対するアレルギー反応があったわけです。だから皮肉なことに、先生たちは「部活は大変だ」と思いながらも部活を手放せず、その大変さを抱え続けることになってしまった。


3つ目のステップが、1980年代の校内暴力の時代で、キーワードは「管理主義」です。80年代、校内暴力が多発し、生徒の非行が問題になりました。そこで生徒を部活でクタクタにさせて、エネルギーを発散させようという考えが広まりました。授業では言うことを聞かなくても、部活を通して生徒が更生できるかもしれない、と信じて。「スクール☆ウォーズ」のような世界ですね。

そうやって管理主義的に部活をするのが学校のためであり、世の中のためでもあると先生たちは考えました。ますます部活の拡大は止まらなかった。

——ますます「自主性」が遠のいてしまった……先生たちはいろんなものを抱えてしまったんですね。

いったん抱えたものは、なかなか下ろせない。90年代後半から部活の生徒加入率はだいたい横這いです。もう行くところまで行ってしまった。2000年代になると必修のクラブ活動は廃止され、あくまでも生徒の「課外活動」と位置付けられていますが、縮小はしなかった。

教師の負担問題も叫ばれ続けましたが、6割以上の教師が運動部活動の顧問に就くようになり、顧問教師の半数以上は週5日以上部活を指導するようになりました。ここ10年ほどでも、教師の負担はさらに大きくなっています。

——ちなみに、2020年に東京オリンピックがありますが、前回のオリンピックと同様の動きは出ているのでしょうか?

1964年のときのようなエリート主義化は進んでいませんね。部活現場へのオリパラの影響はあまりないようです。

ですが、政策レベルでは官庁再編が行われました。これまで部活は教育の一環だったので、文科省の「初等中等教育局」が部活を扱っていました。しかし現在、運動部はスポーツ庁の「学校体育室」に移動しています。今までは教育の中の部活だったのに、スポーツの中に部活が入った。一方で文化部は、文化庁の「文化部」に移動します。


2018年には、自民党スポーツ立国調査会が「運動部活動の抜本改革に関する緊急提言」を出し、学校の部活を改変して地域スポーツに一本化しようと提案しています。もしかすると中体連や高体連をつぶして、日本スポーツ協会に託そうとしているのでしょうか? 部活が教育ではなく、スポーツの論理に組み込まれてしまうかもしれません。

部活は辞めていい!

——自分の経験を振り返ってみると、部活ってとにかく辞めづらくて、とにかく逃げ場がないと感じていました。なぜ辞めづらいと思いますか。

学校に「全員参加」のルールがあったり、先生や保護者、友人に「やめちゃだめ」と言われる場合もありますが、何より生徒自身も部活はやめてはいけない、と考えています。部活をするのが当たり前、部活を続けるのが当たり前だと日本全体で思いこんでしまっている。非常に根深い問題だと思います。

部活は本来ならばしなくてもいい課外活動です。逆に言うと、しなくてもいいけど、頑張ろうと思うからこそ価値があるはず。だから、部活の価値を本当に守るためには「辞める」という選択肢をつねに保証しなければいけません。


ぼくのところにも「部活の辞め方を教えてください」という相談がよくきます。辞めたいと思っても、どうやって辞めたらいいのかわからない。一番多いのが、顧問の先生が恐くて言い出せないパターンです。

——よくわかります。

そういうときは担任に言ってもいいし、保健室の先生に言ってもいい、とアドバイスします。親が味方なら、先生に電話してもらってもいい。それでだめなら、親から校長先生に相談してもらう。思いきって教育委員会に悩みを聞いてもらう手もありますよ。自分の気持ちは、いろんな方向から伝えることができます。

といっても、いきなり辞めるのはハードルが高いこともあるので、まずは一週間休んでみる方法もあります。「心身の体調が優れず……」と訴えて休部が認められれば、ある意味でしめたもの。休む期間をどんどん延長していって、そのままスーッと辞めていく(笑)。

まぁ、そんな画策を生徒に強いること自体がおかしいのですが、真面目に言うと、子どもにはやめる権利、休む権利があります。そうしたことを生徒も学校関係者も知ってほしい。

多くの生徒が、「部活を辞めたら居場所がなくなってしまうんじゃないか」と考え、辞めるのを躊躇することもあります。ですから部活を辞めたいと思ったら、同時に、別の居場所づくりをはじめることをおすすめします。部活仲間以外のクラスメイトと仲良くしてみたり、バイトや趣味をはじめるのもいい。部活自体が嫌でないなら別の部活に入ってもいいですしね。肩の力を抜いて周りを見回してみれば、部活に縛られている時には見えていなかった様々な選択肢があるはずです。

しかし、これはあくまで余裕のある場合です。体罰・暴力やいじめ、しごきがあって、今すぐ部活を辞めないと生命や健康の危険があるなら、別の居場所があろうがなかろうが、すぐに辞めてください。周りの大人も、子どもがSOSを出していたら、部活から避難させて、しっかり保護することが一番大事です。

——名門の部だと、部活の評価が先生の評価に直接つながっている場合もありますよね。そういった構造があると、生徒も退部を言い出せないし、先生も辞めさせないのかなぁと思いました。

反論は簡単で、「先生の評価のために、生徒が犠牲になるのはおかしい」と言い返しましょう。でもそんな評価があるから、先生が退部に厳しくなり、生徒が辞められないのも事実ですね。だから、この評価の構造も解体しないといけない。

部活自体への評価のあり方も見直す必要があると思います。たとえば、ぼくらは無意識に「インターハイ出場」の部活がいい部活のように思ってしまう。「全国大会出場 ○○君おめでとう」という垂れ幕がかかっていたら、地域住民も「すごいなぁ」とほめてしまいます。「勝利」を評価しているわけですね。もちろんそれはいいことに違いないけど、それだけが部活の良さでしょうか。もっと他にもたくさん部活のほめ言葉があるはずです。

「勝った」だけじゃなくて、勝敗の結果はともかく、個人やチームが成長しているなら「うまくなった」とほめていい。もっとシンプルに「おもしろかった」や「またやりたい」も、良いほめ言葉ですよね。部活の外とのつながりにまで目を広げれば、「みんなにすすめたい部活」とか「周りが応援してくれる部活」なんてのも、魅力的です。勝利至上主義を解体するために、「勝利」を相対化する評価の言葉がたくさん必要だと思っています。

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