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やめたいのにやめられないのはなぜ?熱血教師と部活動の歴史 -「スポーツぎらい」第1回

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およそ6人に1人の同胞へ。

スポーツは好き? と聞かれたらどう答えるだろうか。健康にいいし、気分転換にもなる。ダイエットにもいいらしい。観戦すると勇気をもらえるかもしれない。スポーツが素晴らしいのはよくよく知っている。

それでも私は、スポーツに苦手意識がある。体育会系のノリがつらいし、ワールドカップやオリンピックの度に「ニッポン」を連呼するのも、「感動」を押し売りするのも苦手だ。女子マネージャーがおにぎりを握っているという「美談」にぎょっとするし、人生についてイチローの打率で語ろうとするオジサンもきらいだ。

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さらに2017年にはこんなニュースを耳にした。来たる東京オリンピックを前に発足したスポーツ庁が、「スポーツ嫌いの生徒を16.8%から8%に減らす」という目標を掲げたという。スポーツがきらいだと思う気持ちさえ放っておいてくれないらしい。そういうところだぞ、スポーツよ。私はますますスポーツがきらいになった。

正確にいえば、身体を動かすことは気持ちがいいと思う。それでもスポーツに貼りついているなにかが苦手だ。それはいったいなんだろうか。誰のせいで私はスポーツがきらいになったんだろうか。部活? 体育教師? 体育会系のおじさん? ナショナリズム? ジェンダー? 「犯人」はいったいどこにいるんだろうか。

東京オリンピックで日本中が浮かれている中、この連載では、16.8%、およそ6人に1人の「スポーツぎらい」な同胞たちの思いを勝手に背負い、専門家の方たちの力をかりながら、われわれをスポーツぎらいにした犯人を捜していきたい。

部活動、この変てこなシステム

早稲田大学東伏見キャンパスは、ホッケー場、サッカー場、野球場、アメリカンフット場、テニスコート、馬場、相撲場、弓道場、リハビリ施設、体育会系学生の寮があり、同大学のスポーツ施設が集合している。

歩いている若者たちも、体格がよく、ジャージを着ている人が多い。胸板の厚い男たちが3人連れ立って歩いてくる。強そうだ。大学の部活動は、体育会系の総本山のような場所である。連載第1回目から、スポーツど真ん中の場所にきてしまった。

今回取材をしたのは、社会学の視点から日本の部活動の歴史を研究している中澤篤史さんだ。中澤さんのホームページをチェックすると、「趣味はコーヒーと囲碁」と書いてある。よかった、こわくなさそう。

さて、自分の「スポーツぎらい」に向き合ってみると、部活は大きな原因のひとつに思えた。中学では部活の先輩に「呼び出し」をくらって恐い思いをしたし、高校ではコーチの指導のもとで厳しい練習をして全国大会に出たけれど、練習しすぎてすっかりテニスが嫌になった。

そういえば高校時代、これまた厳しい吹奏楽部に入っていた同じクラスの宮城ちゃんと、休み時間に三階のベランダに行き、部活がつらいなぁとよく愚痴を言い合っていた。ある日、宮城ちゃんが「こんくらいの高さのとこから落ちて、足を折ったら部活休めるかな」と言い出した。私たちは手すりから身体を乗り出して、下を見た。地面が近く感じたのを覚えている。

大人になった今なら、「そんなの、辞めちゃえばいいんだよ」と思う。3年間の猛練習でサーブは早くなったけど、それが仕事に生かされたことはない。大人になった私がそう説得しても、あのときの私が辞められたのかはわからない。たぶん辞められなかったと思う。

部活は全員加入しないといけないし、指導者も先輩も恐いし、謎の伝統があったりするし、自分のちょうどいい量練習することもできないし、なんか変なシステムだ。この変てこなシステムはどうやって生まれたんだろうか。

部活動は監獄?

——今日はよろしくお願いします。いきなりですが、中澤さんはスポーツがお好きですか?

好きですよ。でも、めちゃめちゃ大好きで、他の何よりも最高に好き、というわけではありませんね。この世には、スポーツ以外にも、楽しいこと面白いことは、たくさんありますから。いま大好きなコーヒーと囲碁に比べると、スポーツはそこそこ好き、くらいかな。

話を聞いた早稲田大スポーツ科学学術院 中澤篤史准教授 撮影:弘田充

——スポーツをされていた経験があるのでしょうか。

はい。小学生のとき、地域のサッカークラブに入りました。近所の友だちといっしょに、サッカー好きのおっちゃんたちに教えてもらって、楽しかったです。「一緒にサッカーを楽しもう」という自由な雰囲気の中でスポーツに出合えたのは幸運でした。

それで、中学生のときにサッカー部に入りましたが、ちょっと雰囲気が違う。丸坊主じゃないと入部できないルールがあったり、体育教師で生徒指導主任のこわーい顧問からの体罰もあったり。親愛なる仲間たちが殴られ蹴られる中で、いかに逃げ切るかが目下の課題となりました。もちろん、楽しい部分もあったんですが、それだけじゃなかった。

いま思うと、スポーツとして純粋に楽しもうというよりも、やはり「学校の部活」ですから教育的な側面があったと思います。スポーツで子どもを成長させようという熱血教師の配慮、と言えば聞こえは良いですが、そのあたりにスポーツぎらいが生まれてしまう理由があるかもしれませんね。

——いわゆる「熱血教師」がスポーツぎらいの一因だと。序盤でけっこう簡単に犯人が見つかりました。その後、スポーツはしなかったんですか。

高校では、もう部活は入らなくてもいいかなと思っていたのですが、友だちに誘われたのでテニス部に入りました。これまた全然違う雰囲気でした。形ばかりの顧問はいましたが、練習は自分たちの裁量に任された自由放任です。その裁量と自由を思う存分駆使して、テニスをせずに部室で麻雀をしていました。麻雀に熱中している内に、インターハイ予選の申込を忘れて、大会にも出られなかったくらいです(笑)。反省を活かして翌年はちゃんと大会に申し込んで、県予選についに参加。成績は振るいませんけど、とっても楽しかったですね。

そうして東京大学に入るのですが、なにを血迷ったか、サッカー部に入部しました。

——サークルではなく部活に入った。

はい。もう一度サッカーをやろうと思って。なんで、そんなこと思ったのかなぁ。勉強ばかりの東大生にはなりたくない、それに東大生なんてどうせサッカー下手だから活躍できるだろう、と傲慢な気持ちがあったんでしょうね。自分も「下手な東大生の1人」ということを忘れて。選手として活躍はできませんでしたが、嫌なことも含めて、学ぶことは多かったです。

——大学の部活動といえば、「体育会系」の総本山のような場所ですよね。あ、でも東大だとそんなことないのかな。

いえ。勝利至上主義の部活でした。東大生は「頭がいい」はずですが、考えすぎて馬鹿馬鹿しい実践をしだすんですよ。我ら東大生が勝つためにはどうしたらいいのか。スポーツ推薦のある私立大学には技術で勝てないゾ。ならば、走って体力をつけて90分走りきって勝つしかない、という謎の結論にいたりました。

そうやって走りまくって、走りまくって、走りまくったら、ケガするんですよ。それでも、走れば勝てるという「結論」を出してしまっているので、やっぱり走る。するとけが人続出が止まらない。Aチーム(※1軍)20人のうち、けが人が18人になったこともありました。もちろん、ぼくもけが人。Aチームの残りは2人しかいない。2人でゲームできないから……また走るんですよね(笑)。

——優秀な頭脳を駆使して、戦術で勝とうとするのかと思っていました。

アホですよね……ぼくもそんなアホの1人なので笑えないんですが。意味不明なルールもいろいろありました。オシャレしている暇があれば練習しろ! と茶髪禁止。足をけがしたら困るだろ! とサンダル禁止。身体のケアが何より大事! と飲み会禁止。

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ぼくたちはサッカーにすべてを注がなければならなかった。そのためには、どんなに細い小さいわずかな因果関係すらも、勝利に結びつけて解釈された。そんな小さな因果関係は、ほぼすべて擬似的なもので、まったくフィクションなんですが、フィクションだからこそ反論できず、ずるずると縛りがきつくなっていきました。

そうすると、つらいし、面白くない。なんのためにサッカーをやっているのかわからなくなったし、仲間たちもどんどん辞めていきました。ぼくは「やめるのをやめる」という捻くれた決意をしてしまい、4年生まで続けました。最後の大会では負けて終わって、みんな泣いて、ぼくも泣きました。

でもぼくが泣いたのは、悔しいからじゃなかった。「ああ、これで終わった」とスッキリしたからです。あ、言っちゃった。今思い出しても、なんでそこまで自分たちを追い込みながらサッカーをしていたのかわからないですね。

——そういった決まり事は、コーチの指示だったんですか。

強権的で嫌な鬼コーチがいましたね(笑)。ぼくとはそりが合わなかったけど。ただ、コーチにただ服従しているだけでなく、ぼくたち学生も自分たちを縛っていました。コーチの言われるままにするだけなら、いつまでも主体的に勝利を目指す存在になれないわけです。

だから、たとえばコーチが「東京都で1位になりたいか?」と聞いてきたら、ぼくたちは「関東で1位を目指します!」と言わなければならない。そういうふうに競い合って表明しないと「やる気がないのか!」と言われてしまう。

さしずめ、意欲表明のインフレ合戦です。言葉だけの不毛なマウントの取り合いですが、一度言葉にすると、「関東1位を目指すなら、手を抜けないよな?」と、自分の言葉に縛られるので恐ろしい。

いまの後輩たちはそんなことになっていないことを祈りますが、こんな風に学生が自らを追い込む馬鹿げた勝利至上主義は、真面目に頑張る部活でこそ起きやすい気がします。東大を卒業したあと、大学教員として一橋大学や早稲田大学で教えてきましたが、体育会のゼミ生と話していてもそう感じます。

以前に、アメフト部に入っていたゼミ学生が、部活が窮屈すぎると訴えてきました。でもよくよく話を聞いてみると、自分たちを追い込んでいるのは自分自身なんです。その学生は、フーコーの『監獄の誕生』を読み込み、卒論のテーマで体育会の部活文化を分析しました。卒論の結論は——「部活は監獄だった」。見事、「優」の成績を取って卒業していきました。

——部活動は監獄ですか……。それは指導者という看守に見張られているということですか?

いえ。フーコーが分析した監獄(「パノプティコン」と呼ばれる一望監視システム)では、受刑者は実際に自分が監視されているかはわからない。見張り役の看守が不在でも、受刑者は「見られているかもしれない」と感じることで、自ら行動を正していく。自分を縛るのは自分なんです。部活で言うと、コーチが見ているとは限らないけど、選手は「見られているかもしれない」と感じて手を抜かない、ということです。

他方で、こうした状況は力強さも生み出します。コーチにいちいち厳しく指導されなくても、自ら頑張ってトレーニングするわけですから。監獄としての部活には、「メリット」があるゆえにやっかいです。自ら望んで力をつけたいから頑張っているはずなのに、いつしか「頑張らなければならない」と思い込んで、辛くなり苦しくなり、どんどん心は窮屈になっていく。


「自主性」を託された部活動

——そうした経験があり、中澤さんの研究テーマが「部活」になっていったのでしょうか。

自分の経験がどんな風に研究につながったかは、正直わからないんですけど、「部活ってなに?」と不思議には感じていました。

そこで本格的に研究しようと、何はともあれ現場に向かいました。ごく普通の公立中学校の部活を対象に、徹底的なフィールドワークをした。すると、ご存じの通り、部活をやらせる側の先生たちは、とっても負担を感じていた。でも、「つらい、大変、もうやめたい」と言いながらも、それでも先生は部活にかかわり続けるわけです。

本来、部活を維持するのはとても大変なことなんですよ。それでも、先生たちはとても頑張って、複数の部活の顧問になったりして、それでも顧問のなり手が見つからなかったら、校長先生が顧問をしたりする。こうした現場のドタバタな事情を分析しました。

こんなにも大変なのに、なぜ部活はずっと続いてきたのか—— と部活の不思議はさらに大きくなった。その背景やプロセスも知る必要があると思い、歴史研究もはじめました。

そうして部活の歴史を調べてみると、昔は部活がゆるかった、ということがわかりました。戦後すぐは加入率も低いし、活動時間も少ない。教師も指導をするわけでもないし、運営にもかかわっていなかった。大会の引率なんていきません。すごくゆるゆるだったんです。

でもその後、部活の加入率が上がっていき、活動時間も増えて、教師のかかわりも増えた。つまり部活は「拡大」してきたんです。

——なぜ拡大したのですか。

3つのステップがあります。1つ目は、戦後教育改革の時代で、キーワードは「民主主義」。戦争が終わり、教師たちは深く反省しました。戦時下の学校教育は兵隊づくりのためで、「国のために死んで来い」と生徒に言った。その反動から、戦後民主主義教育では、教師が上から目線で指導するだけではなく、生徒の「自主性」を大切にする教育が目指されました。

そこで注目されたのが部活動、とりわけスポーツでした。生徒が自主性を持って部活に取り組み、努力を重ね、自ら技術を伸ばし、仲間と協力する―これこそ自主性を育む素晴らしい教育活動だ! と考えたのです。そうして、部活は「よいもの」とされ、拡大していきます。

もともと、スポーツ界の方では、戦前からオリンピック選手を派遣する団体として、嘉納治五郎がつくった「日本体育協会」(現在の「日本スポーツ協会」)がありました。国民体育大会(国体)などを実施しているところで、スポーツ種目競技団体の固まりみたいなものです。

しかし部活は、単純なスポーツではなく、教育の側面があります。体協や競技団体とは別に、学校の先生たちが運営する「学校体育連盟」が戦後に立ち上がります。甲子園野球の「高校野球連盟」(高野連)、インターハイの「高校体育連盟」(高体連)、全中の「中学校体育連盟」(中体連)ですね。

——「国体」「インターハイ」と全国大会がふたつあるのが不思議だったのですが、そういう経緯だったんですね。大河ドラマ「いだてん」で嘉納治五郎が日本体育協会をつくったのを見ましたが、そこからつながっているのか……。

2つ目のステップが、1964年に東京オリンピックがあったあとで、キーワードは「平等主義」です。1964年以前は、オリンピックに向けて学校の部活も選手養成の場所として期待され、エリート主義化しました。金メダルを取るために一部の優秀な選手を伸ばせばいいと考えられたからです。

前回の東京オリンピック時には日本全国が沸いた Getty Images

ですがオリンピックが終わると、そのような選手中心主義の部活は平等ではなくてダメだ、と批判された。平等主義が重要視されて、うまい子も下手な子もみんなで取り組む部活に転換するのです。政策的にも学習指導要領の改訂で必修のクラブ活動が設置され、それと放課後の部活が結び付いて、みんなが部活に入る平等主義が進んでいきました。しかし、次第にそれが行きすぎて、なにがなんでも全員参加になっていきます。

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