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タイ「民主制度」を支えた最後の砦「プレム元首相」 - 樋泉克夫

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王室との同一歩調

 プレム大将が注目を集めるようになったのは、陸軍司令官としてクリアンサク政権誕生に寄与し、同政権で国防大臣に就任した1970年代末期だった。陸軍司令官と国防大臣を兼任することで、彼は首相以上の力――クーデターで国権を掌握可能――を持ったのである。

 だが彼はクーデターに訴えるわけでも、禅譲されたわけでもなく、下院における王党派・民主派を軸とする反クリアンサク(=反国軍)勢力に押される形で1980年3月にクリアンサク首相から政権を奪取し、テクノクラートと政党による連立政権を発足させたのである。

 政権発足1年後の1981年4月1日、後に「4月バカ・クーデター」と呼ばれるクーデターが勃発する。このクーデターの動機も経緯も今もって判然とはしないが、タイで一般化しているクーデターと際立った違いは、王室が内外に向け明確な姿勢を打ち出した点だろう。王室が見せたプレム支持によって、陸軍司令官をトップに実働部隊を結集したクーデター陣営は総崩れすることになる。

 本来なら成功するはずの陣容を整えながら、なぜ「4月バカ・クーデター」に終わってしまったのか。クーデター陣営に比較して極めて劣勢なプレム大将に対し、積極支持が打ち出された背景には、何があったのか。

 同クーデターから40年近くが過ぎた現時点において明確な答えを引き出すことは難しい。だが、客観状況として(1)クーデター陣営寄りだった国軍本流は我が国の現行憲法に強い関心を示し、象徴としての国王を志向していたと思われる(筆者のクリアンサク大将へのインタビュー)。(2)国軍本流はプレム政権とは距離を置いていた。(3)クーデター制圧後、陸軍内ではプレム支持派が急激に拡大した――を挙げておきたい。

 以上をやや強引に表現するなら、王室(聖=権威)とプレム大将(俗=権力)が同一歩調を取ったことがキッカケとなり、その後の数々の政治混乱を鎮静化させる図式が生まれ、現在に続くタイ社会の安定と融和が維持されてきたということだろう。この図式を下支えしているのがABCM複合体なのである。

最大の難敵がタクシン派

 やや飛躍するなら、上皇が平成の30年間を掛けて現行憲法に示された「象徴」の2文字に自らの振る舞いによって肉付けをしていったように、プミポン前国王とプレム大将の言行によって、タイの歴代憲法が掲げる「国王を元首とする民主制度」が実態化されてきたのではなかったか。

 ABCM複合体を下支えにした「国王を元首とする民主制度」にとっての最大の難敵が、タクシン派だった。それというのも2006年以来、憲法裁判所、国家汚職防止取締委員会、さらには中央選挙管理委員会などからの“掣肘”を受けながらも、タクシン派は依然として健在であるからだ。むしろ今回の総選挙結果に表れているように、タクシン派の「タイ貢献党」は広範な民意を代表していると言っても過言ではない。

 かねて主張しているように、「タクシン」の4文字をタクシン元首相の個人名ではなく、むしろタイの現状に対する《不満の記号》と考えるなら、プラユット政権継続拒否を打ち出す「新未来党」支持者もまた、この仲間に加えることができるはずだ。つまり今次総選挙結果から判断して、現状不満派は下院定数500議席の半数に迫っていることになる。

 国会召集翌日の5月25日に行われた下院議長(=国会議長)選挙では、「民主党」の穏健派ベテラン議員のチュワン・リークパイ元首相が258票対235票でタイ貢献党の候補を破っている。26日の第1副議長選挙では、「国民国家の力党」所属議員が248票を獲得し、2票の僅差で新未来党の推薦候補を破り、第2副議長には「タイ矜持党」議員が選ばれた。

 3回の選挙結果から判断するなら、目下の情勢では民主党とタイ矜持党がプラユット政権継続を打ち出す国民国家の力党と連立を組む可能性が高いと言える。だが常のことながら、連立工作は利権ポストを巡る各党の思惑が複雑微妙に絡むだけに、明確な方向を見出すことは不可能だ。

 ところで議会開会前日の23日、憲法裁判所はメディア関連企業の株式保持禁止規定に抵触する嫌疑でタナトーン・チュンルンルアンキット新未来党党首に対し、下院議員職務の停止処分を下した。その結果、翌日の議会でタナトーン党首は発言を禁止され、議場からの退出を余儀なくされている。《不満の記号》の芽は早いうちに刈り取れ、ということだろう。 

新政権成立後も混乱は必至

 今後、予想外の事態が起こらない限り、プラユット連立政権が発足することになるだろうが、5月22日から25日にかけてドゥジット大学社会民意調査研究所が行った世論調査によれば、36%強が、新政府成立後に社会は再度混乱し、社会矛盾が顕著になり、民衆が再び抗議活動に立ち上がると答えている。同調査に基づくなら国民の3人に1人以上が、新政権――プラユット政権であれ、反プラユット勢力による連立政権であれ――の成立後も混乱は必至と見ていることになる。

 80年代以降、タイは内政上の大混乱にしばしば見舞われながらも、歴代憲法に則り「国王を元首とする民主制度」を国是として掲げることで危機を脱してきた。プミポン前国王とプレム大将の2人が最後の砦として働いていたことは、改めて指摘するまでもないだろう。

 だが、「国王を元首とする民主制度」にとっての最後の砦は今や失われてしまった。

 次の時代の「国王を元首とする民主制度」を誰が、どうやって守り、日常生活の中で具現化させていくのか。現在のタイは連立政権の組み合わせ、あるいは軍政の延長か民主化かといったレベルを遥かに超えた、極めて重い課題を背負っていることに気づかされるのだ。

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