また、当事者の方が生徒の前で話をしていただくときに気をつけたいこともあります。それは大人向けの講演と違うところで、「当事者の話を聞かせればよい」というものではないことです。当事者のなかには、ご本人が話すことを厭わなかったとしても、救いようのない状況で生徒たちにショックを与えてしまう話もなかにはあります。
もちろん様々な方が社会には存在しているのですが、まずは生徒たちに「応援したい」「自分にできることが何かあるかな」と思う気持ちを芽生えさせられる人に話してもらったほうが良いと思っています。そこは、生徒たちが前向きな気持ちに着地できるよう、ある程度企画者である大人のお膳立てが必要です。大変な状況にある人のなかでも、何かにチャレンジしている人には、当事者の頑張りだけではなく社会的な支援が必要だ、と思ってもらえるからです。
灘の場合は質疑応答の際、タブーなしに「何でも質問してもよい」ということにしています。なかには鋭い質問が来ることもあるので、外部講師の方は「その質問にはこたえられませんねー」と、余裕をもって対応できるくらいの人である必要があります。質問に対して怒ったり取り乱したりすると、リアリティはありますが、伝わるものは少ないので。

また、「現場を体験」する授業は時間がかかるため、灘で実施している「土曜授業」や、休みの日に希望者を募る形で学びを深めることもあります。野宿者の襲撃問題に詳しい生田 武志さんと大阪で野宿者の多いエリアのまち歩きをしたり、炊き出しを体験したりしてお話をお願いすることもあります。 休みの日に、希望者を募ってその地域の夜回りをしたこともありますね。災害被災地にボランティアツアーをすることもあります。
道徳や公民の授業の評価は、「レポートがロジカルであるか」と「+αの課題」
編集部:道徳や公民の評価方法について教えてください。
片田:評価については、道徳心や公共心は数字で測れませんので、試験で論述のテストをし、質問への回答になっているか、ロジカルであるかどうかを見ています。唯一の正解が無い問いに対しても、自分なりの論を順序立てて展開できていれば、考えていることが可視化もされます。それができていれば及第点としています。
たとえば、高校1年生の現代社会(経済)では、「国富論」の内容をまとめてレポートするとか、「所得ではなく資産が力を持ち、利子のほうが労働より大きくなることで、格差が広がることについてどう思うか」「税収が減る見込みの場合、社会福祉への支出を増やすべきなのか、減らすべきなのか」についてレポートの形でアウトプットをしてもらいます。そうしないと本人のなかに残りにくいと思いますので。
その際、回答の前提として「基本的人権」は先人たちが積み上げてきた大切なものであり、同意の枠組みであるということを伝えておく必要があります。これには「困っている人にだけに人権がある」というわけではなく、灘の生徒にも人権があるということを、授業中だけでなく学校生活全体を通して伝えています。
加点ポイントについては、関連テーマで課題図書を設定し、それを読んだ感想文を書いたらプラス、福祉体験の体験学習に参加したらプラス、というように評価しています。
道徳で育てたいもの、道徳で学べること
編集部:最後に、片田先生が道徳の授業を通して育みたいこと、生徒たちに学んでほしいことを教えてください。
片田:学校の教科指導では題材にする事がまだ少ない「明確な答えのないこと」をとり上げ、社会を感情と体験だけではなく、数字と思考を使い全体として理解できるようにし、「どこを動かせば、何が変われば社会が変わるのか」を考えるきっかけを提供することで、社会課題に対してのまなざしを育みたいと思っています。 同じ社会に生きる者として、社会に出た時の「共感」の基盤をつくり、行政や公共といったものの役割、そのための人のつながりなど「何が社会的資源なのか」を考えてもらう。 より余裕のある者が他者のことを考えられるように、“民主的な市民”、“行動する市民”を育てていきたいというのが私の願いです。
片田孫朝日(かただ そん あさひ)
灘中学校・高等学校 公民科教諭。京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻博士学位取得。
主な著作に「男子の権力」など。日本に住む外国人の高齢者デイサービスや子ども食堂など、日常生活を支援するNPO法人「神戸定住外国人支援センター」の理事も務める。