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中国の高度経済成長は都市と農村との格差を拡大するばかり ‐最先端を行く未来都市の陰で見えない9億人の中国農民は今後どうなるか

<2002年に垣間見た農村の貧困>

私は、農林水産省で働いた30年間のうち3分の1は国際関係に携わったが、中国は2002年の農林水産政策研究所長時代に日中韓所長会議で北京に出張しただけだった。その際、近郊の有機農業を営む農村を視察した。ほんの数十キロ離れただけなのに、住民は裸足、トイレはドアもなく、あまりの格差に驚いてしまった。

よく見ると農村にも万元戸に近い金持ちもいて、もとからの農民は皆社長だという。そして実際に農作業をしているのは、もっと貧しい西部の農村地帯から出稼ぎに来ている農民だった。後述の厳しい都市と農村間の移動は制限されているものの、農村間は自由なことから極貧の西部から沿岸部へ出稼ぎが生じていたのである。

<杉本氏の『大地の咆哮』が指摘する中国の農民差別>

同じ農民なのに何ということかと驚いてしまった。この格差を放置する中国では近代化には長くかかるに違いないと思う一方、弱肉強食を平然と実行する国は、またたくまに日本に追いつくかもしれないとも思え、頭が混乱した。

こうした中国の影の部分について私が嘆息をつきながら読んだ良書に、元上海総領事杉本信行氏(1973年京大法卆、篠原同期)の『大地の咆哮』(PHP研究所2006)がある。部下の自殺があり、本人も病に倒れ病床でモノにした遺書ともいえる中国報告である。10章「搾取される農民」で三農問題を論じる他、各所で深刻な農民差別問題に触れている。そして、不満を持った農民が中国の政権基盤を揺るがすかもしれないと警告を発している。

<強大化する中国は必然か>

今日の中国の脅威的な経済発展をみると、この国は支配と被支配を厳然と区別し強引に進める体質を、国も国民も持っているようだ。つまり、いわゆる「国家資本主義」により強力な支配体制と従順な国民が結びついたらそれこそ強大な国がアッという間に出来上るという見本である。そして、今WTOでは、中国政府の国有企業への高率補助金が問題にされるようになった。

杉本氏による「シュリーマン旅行記」の孫引きさせてもらえば、1800年初頭の中国は、世界のGDPの30%を占めていたという統計がある。1860年当時も日本のGDPより数十倍大きかったと推定される。となると、戦後日本の経済力が勝っていたのは、歴史的にはむしろ例外であり、今まさに「強大は中国」と「周辺国日本」という正常の形に戻りつつあるだけで何ら驚くにあたらないのかもしれない。

<川島東大准教授が指摘する深センの農民工の問題>

もう一人農業や環境分野が専門の川島博之東大准教授が、深センの数工場の農民工612人を対象に調査を行い、信濃毎日新聞2019年2月17日に「中国農民の差別と家庭崩壊」という一稿を寄せた。中国の農民は、タイやベトナムの農民に比べても貧しく、中国がアメリカに対抗する国になるとは思わない、と結論付けていた。

この二人の碩学の指摘に興味を覚えたことから、深セン行きを思い立った次第である。

更に偶然東京新聞(5月8日))【「非北京戸籍」教育で差別、「進学にために】別居する家族」という見出しで中国の都市と農村の格差、特に教育の格差を報じていた。

<都市戸籍と農村戸籍の極端な差別>

問題は、1958年に導入された中国の戸籍登録条件にある。農民は「農村戸口(農村戸籍)」、都市住民と農村に住む役人は「城鎮戸口(都市戸籍)」を持つ。農村戸籍しか持たない農民は、社会主義制度の下に都市住民が享受している年金、医療保険、失業保険、最低生活保障等の社会保障が一切受けられない。農村から都市への移動は厳しく制限されていた。

中国人13億人のうち、都市部に住むのは4億人、残りの9億人は農民である。その9億人のうち3億人は沿岸部の都市で働いており、「農民工」と呼ばれ、工場で働くとともに飲食店等のサービス業で都市住民の生活を支えている。そころが、その農民工は都市住民から何と「外地人」と差別的に呼ばれている。

しかし、1980年代中旬以降、都市労働人口不足を農村から補完するしかなく、1998年頃、上海、深セン、廣州等の沿岸都市で「青色戸籍」と呼ばれる制度の下、ある程度農村から都市への移動の自由が緩和された。ところがいわゆる「万元戸」が都市に殺到し、2年で廃止されてしまった。その後も都市への流入をある程度認めているが、根本的には変わらないままである。

<通年出稼ぎにより親と子が別に住み家庭が崩壊>

出稼ぎに来た農民工が、内陸部の故郷に帰れるのはいくら交通の便がよくなったとはいえ、年に1度の春節の時だけである。川島研究室の調査によると、日本の冬季のみではなく通年出稼ぎのため故郷の子供と疎遠な仲になり、中国の国民の3分の2を占める農民の家庭が崩壊しているのである。世界中で華僑が紐帯で中華街を形成しているのに、本国でその根本が潰れつつあるのだ。

そのせいか、今中国では「格差」や「貧困」をテーマにした日本の書籍が異例の売り上げだという(毎日新聞209年5月20日)。例えば、NHK取材班のまとめた「無縁社会」(文芸春秋2010年)が11刷となっている。つまり、中国国民も今のバブルがいつまで続くかと漠然とした不安を抱くようになったのである。その点で、中国国民のほうが敏感と言えなくもない。

<都市で教育が受けられない農民工の子供>

平等をよしとする社会主義国で農民の子供の教育が不当に差別されている。小中学校で義務教育が行われているが、農村部では制度外費用など農民の負担が大きく、満足な教育が行われていない。また、都市部の小中学校へ行くためには、居住証明や就業証明が必要となるがなかなか手がかかり、更に社会保険の給付証明を要求されるが、そもそも対象となっていないので受けようがない。

都市戸籍がないと高校に進学する際の「中考」が受けられず、逆に地方では1年以上通わないと「中考」が受けられない。このため高校進学を目指す子供は止むを得ず父親のもとを離れ、故郷の農村に戻らざるを得ないという。そして上述の崩壊家庭が増えていく。

<杉本氏があぶり出す中国の深刻な農業問題>

杉本氏は2000年代当初は、都市と農村の格差は実質30倍に拡大していたと指摘し、農民のおかれた状況は、中国の経済的実力からして正義と道徳の基準を逸脱していると憂慮している。私は一外交官がこれだけ農業・農民・農村に思いをはせて書いている例を知らない。

杉本氏は、なにも中国を批判しているのではない。任国愛してやまず、水問題、人口問題、共産党幹部や役人の汚職問題等についても率直に警鐘を鳴らしているのだ。その中で農民蔑視の原因の一つとして、共産党の幹部のほとんどが都市出身者で占められているという指摘にはハッとさせられた。我が国の昨今の農林水産行政が、やたらに民間活力をもてはやし、農民への愛情に欠ける原因とも共通のような気がする。つまり、政治家も役人も「農」や「土」の臭いのする者が激減しているのである。

<お互いに鏡を見る日本と中国>

中国は日本の成長を見習い、深センを造り上げた。しかし、農村社会の根本が揺らぎ始めている。一方、一歩先を歩んで来た日本は、アメリカに追いつくことに汲々としつつ、中国に追い越されまいと四苦八苦している。その間に中国は日本の負の遺産である無縁社会やといった歪みに関心を抱くようになった。

作家の野坂昭如氏は、食料問題を憂い続けた人であった。そしてアメリカに好意を抱いていなかった。ところが、アメリカ政府の招きで2ヶ月余アメリカを見て回り、中西部の健全な農村社会がある限り、この国は安泰だと書き止めている。それに対し、上述の2人の中国ウォッチャーは中国の農村の様子をみて、中国はこのままでは危ういという逆の見通しをしている。

さて30年後、あるいは100年後中国はどうなっているのか。日本の将来が心配だが、隣国中国の行末もしかと見守らなければならない。

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