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特集:米中貿易戦争への個人的見解

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●「タリフマン」トランプ氏の胸算用

関税引き上げについて、米国側の動きは素早かった。5月10日には、対中関税2000億ドル分の10%を25%に上げる措置が取られた。さらに第 4 弾として、これまで非課税だった

3000億ドル分に対しても25%の関税をかける準備が始まっている。

もっとも「残り全部の対中輸入」への関税 25%は、さすがに国民生活への影響が大きくなる。なにしろ iPhone などの携帯電話(432億ドル)やノートパソコン(375億ドル)が含まれていて、衣類などの消費財も多い。ナイキやコンバースなどのシューズ業界も反発している。実現すれば日用品の物価上昇を招き、米国の個人消費を直撃するだろう。

今後はパブリックコメントなどの手続きが必要なので、実際の増税発動は 1 カ月程度先になる。おそらくは6月末になるので、大阪 G20首脳会議で米中首脳会談が成立する場合、トランプ大統領は「交渉決裂なら追加関税を実施する」と言って中国側を脅すのだろう。いつもの手口であるが、この脅しは実現しないことが望ましい。

トランプ大統領は、みずからを”Tariff man”と称するほどの「関税好き」だが、対中制裁関税を構える一方で、USMCA向けの鉄鋼アルミ関税を取り下げ、また自動車に対する関税措置の決定期限を180日先送りした。要は日欧やカナダ、メキシコ向けの手を緩め、ターゲットを中国に一本化した構えである。

たぶん今回の訪日でも、参院選を控えた安倍首相を通商問題で追い込むことは避けるだろう。とはいうものの、今後の対日交渉が煮詰まってきた場合、どこかで自動車関税を脅しに使ってくることは充分にありそうだ。 ちなみに米国の関税収入は、2018財政年度(2017年10月~18年9月)では413億ドルであった。日本の関税収入が年間約1兆円で、米国経済の名目GDPがその4倍と考えると、それほど法外な水準ではない。ただしこれは前年度比70億ドル増(+19%)となっており、トランプ政権下の鉄鋼アルミ追加関税などの効果は既に入っているようである。

問題はこれが2019年度(2018年10月~2019年9月)にどうなるかで、CBO(議会予算局)は740億ドルと見通している 。3一気に2倍近くの増加となるが、その主なターゲットは中国ということになる。なるほどこういう「財源」があれば、貿易戦争の巻き添えとなる中西部の大豆農家などに対し、補助金をばらまくことも可能となる。トランプ大統領の再選戦略にとって、農業州の支持は非常に重要だからだ。

問題はかかる「トランプ流交渉術」をどう評価するかである。今週号 The Economist 誌のカバーストーリーが典型で、さすがに肯定的な意見は少ない。何より関税は、米国民に負担をかけてしまう(トランプ氏は、「中国が払う」と思っているようだが)。 とはいえ、「同盟国の協力を得て、WTOを舞台にして中国に圧力をかけるべきである」式の格調の高い正論が、これまで成果を上げてこなかったことも事実である。少なくとも「全会一致方式」の WTO に多くを期待することは難しい。残念ながらWTOは、21世紀に中国を新たにメンバー国として迎えたことで変質してしまっている。

トランプ政権の乱暴な手法はもちろん問題があるけれども、習近平指導部を本気にさせていることは間違いない。おそらく対中ビジネスの現場では、「トランプ頑張れ」の声が意外と多いのではないだろうか。

●米国の対中強硬論はいつから始まったか

もうひとつ、今月の米中貿易戦争で新たに飛び出したのがファーウェイ問題である。

もともと米国のインテリジェンス機関においては、ファーウェイの通信機器に「バックドア」が仕掛けてあるとして、情報漏れの恐れがあるから使わない、同盟国に対しても使用を避けるよう促す動きがあった。あくまでも「疑わしきは使わない」という安全保障上の措置であり、ファーウェイの経営を脅かそうとまでしたわけではない。

それが今回、米商務省が「ファーウェイは米国の利益に反する活動をしている」として、米企業が政府の許可なく取引をすることを禁じる措置を発表した。これに対し、グーグルやARMといった有力企業が応じたことで、IT業界全体でファーウェイが「イジメ」を受けるような様相を呈している。しかし商務省は、ファーウェイの問題行為を公表したわけではない。「自分がどこまで知っているかを相手に知らせない」のはインテリジェンスの要諦ではあるが、第3国としてはどこまで信用して良いのか、迷うところである。

これまた米国史にはときどき顔を出す現象で、要は「スプートニクショック」の米中冷戦版なのであろう。対ソ冷戦時代の1957年、ソ連が先に人工衛星を打ち上げたことで、当時の米国は深いショックを受ける。そこから宇宙開発競争に本腰を入れ、1969年には月面到着を達成するわけだが、こういうときの米国社会にはヒステリックな症状が出やすい。同様な症状は、80年代から90年代の日本に向けられたこともあった。

今回の場合は、次世代通信技術5Gの開発で後れを取っている、ということに米軍関係者が焦りを感じている。通信のみならず、今の世の中はAIなどの分野で技術が急速に発展している。おそらく数年以内のうちに、世界が大きく変わっていても不思議はない。それが商業的な分野にとどまる分には問題はないのだが、軍事技術への転用があった場合にどうなってしまうのか。

端的に言えば、陸海空といった領域で米軍の覇権を脅かす勢力が現れることは考えにくい。たとえ中国の軍事予算が米国を上回る日が来るとしても、過去の積み上げがあまりにも大きいからだ。しかるに、サイバー空間や宇宙といった新しい領域ではどうなるかわからない。そこにペンタゴンの焦りがある。おそらく米軍関係者の間では、2015年頃からオバマ政権の穏健な対中姿勢に苛立つ向きが少なくなかったのではないだろうか。ちょうど中国が「一帯一路」や「中国製造2025」という構想を打ち出したタイミングである。

●対中強硬姿勢の4層構造

その意味で、米中新冷戦は何もトランプ政権になって始まったものではない。それまでにも長い助走期間があった。ここであらためて、米国の対中政策のプレイヤーについて、アーサー・クローバー氏の分類を以下に掲げておこう 。4

○対中政策を形成する 4 つのプレイヤー
1.“Trump”(トランプ)→支持者向けに中国に対して強い態度を見せたい。が、Deal Makerであるところも見せたい。
2.“Defense Hawks”(ペンタゴン)→米国の軍事的、技術的優位を維持したい
3.“Trade Warriors”(ライトハイザー)→中国のビジネス上の構造問題(知財、補助金など)を糺し、米中の経済を「デカップル」したい
4.“Business”(ムニューシン、クドロー)→トランプ政権を現実的な方向に誘導したい

もともとDefense Hawks(防衛タカ派)の対中警戒論があり、そこへ対中貿易赤字を問題視するトランプ大統領が登場した。その指示により、中国の構造問題に切り込むTrade Warriorsことライトハイザー代表が力を持つようになった。Businessこと米国の経済界は、今のところこれを遠巻きにしながら見守っている。そして対中強硬姿勢は、米国政治における数少ない与野党のコンセンサスとなっている。

そのうえで当面の米中関係はどうなるかと言えば、やはり安全保障問題(南シナ海)や技術開発競争(AI、5G)をめぐる息の長い競争が続くのではないか。さらに両国の対立は、「一帯一路」対「自由で開かれたインド太平洋」といった形で第三国をも巻き込んでいくことが考えられる。

となれば、せめて米中間の通商問題くらいは合意しないと大変なことになる。何しろ米ソ冷戦時代とは異なり、米中は「1日20億ドル」の経済大国同士である。幸いなことに、通商問題にはいろんな手の打ち方がある。例えば米中が互いの合意内容を確認する手法として、2016年で途切れている「米中戦略・経済対話」を復活させることができれば、それだけでも状況は好転するのではないか。

問題は、トランプ政権全体として脈絡の取れた対中戦略がなく、場当たり的に個々の政策が発動されていることであろう。となれば「トランプ流交渉術」が「脱トランプ」できるかどうかが、当面の鍵となるのかもしれない。

1 劉鶴氏もまた中央政治局員に昇格したのは 2017 年になってからである。
2 日本経済新聞「習政権ウォッチ」(2019 年 5 月 15 日)中沢克二編集委員
3 https://www.factcheck.org/2019/05/trump-exaggerates-tariff-revenue/ しかし第 4 弾の追加関税が加わった場合は、さらに 3000×25%=750 億ドル分がこれに加算されることになる。
4 本誌 2018 年 10 月 19 日号「米中は貿易戦争から新冷戦へ」を参照。

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