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特集:米中貿易戦争への個人的見解

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5 月は米中貿易戦争がエスカレートしています。4月中は合意に向けて楽観ムードが漂っていたものの、トランプ大統領は追加制裁関税の実施を指示。さらに商務省がファーウェイとの取引禁止を示すなど、強烈な二の矢、三の矢を放っています。米中新冷戦は新局面を迎え、先行きの不透明性が高まっているように思われます。

とはいえ、米中今週のThe Economist 誌カバーストーリーが論じている通り、「1980年代の米ソ貿易量は年間20億ドルだったが、今日の米中は1日20億ドル」。こんな米中が貿易戦争を展開していたら、両国の経済にとってはもちろん、日本も含めた世界経済全体にとっても一大事。来月の大阪 G20 首脳会議で行われる米中首脳会談に向けて、果たしてどんなシナリオが考えられるでしょうか。

●中国はなぜ途中で豹変したのか

かねてからの私見であるが、中国外交の問題点は、対外関係担当者の国内的な地位が低過ぎることにあるのではないかと思う。 普通の国では、外務大臣(あるいは国務長官)は国内ナンバーツーかスリー、悪くてもヒトけた台の地位にある。ところが「党の指導的役割」を憲法で定めている中国では、共産党内における外交部長や商務部長の序列は驚くほど低い。

例えば2007年から13年まで外交部長を務め、その後に外交担当の国務委員に昇格した楊潔篪氏は、党の中央政治局委員になったのは 2017年になってからである。もちろん党の頂点に立つ7人の常務委員から見たら、はるかに格下の存在である。ゆえに他国から見たときに、中国側のカウンターパートが自分たちと同様な立場にあると思っていると、ときどき足を掬われることがある。 今回もそうだったのではないか。

――と思ったのは、5月10日にワシントンで行われた米中閣僚級協議が決裂した後、劉鶴副首相がめずらしく記者会見に応じ、「中国側は3つの核心的な関心事について、決して譲歩しない」と述べているからだ 1。中身の1点目は「すべての追加関税を撤廃すること」、2点目は「アルゼンチン(昨年 12 月の米中首脳会談)で決めた貿易調達の数字を変えないこと」、そして3点目が「どの国にも自らの尊厳があり、協議文書のバランスを改善せねばならない」というものであった。

最初の2つは技術的な問題であり、特に違和感はない。ところが3つ目の「国家の尊厳」という言葉は、実務家肌の劉鶴副首相のボキャブラリーではあるまい。たぶん党のお偉方に言われたことを、そのまま言っている、あるいは言わされているのであろう。 なにしろ劉鶴は、5か月間にわたってライトハイザー通商代表やムニューシン財務長官とともに、協議文書を作ってきた当事者である。中国語と英語の両方で分厚い文案を作成することは、相当な作業量であったに違いない。それが突然、「国家の尊厳がある」などと言い出すのは、まことに不自然である。取締役会で叱りつけられた営業部長が、役員に言われた通りのことを対外的に言わされている、といった状況が思い浮かぶ。

一部報道によれば、中国政府は5月初めにそれまで積み上げた7分野150ページの合意文書案を、105ページに修正・圧縮したうえで一方的に米側に送付していたという2 。その中には、米側が重視する「中国の構造改革の実行を担保する法的措置」が含まれていた。おそらくは党の常務委員たちの空気が一変し、対米交渉担当者に対する怒号が飛んだのではないか。怒りのポイントは、「国家の尊厳が失われる」「不平等条約は許せない」的な精神論であった公算が高い。これまで「学友」である劉鶴を信用し、対米交渉を任せてきた習近平総書記としても、さすがに守り切れなくなったのではないか。

トランプ大統領が、この「ちゃぶ台返し」に激怒したことは容易に想像できる。5月5日には2本の中国非難ツィート飛び出し、それまで楽観視されていた米中交渉の先行きに暗雲が立ち込めた。それだけで、翌日の世界の株式市場は総崩れとなった。日本ではちょうど連休の最終日であったが、翌7日の記念すべき「令和初の東京株式市場」は大きく下げて始まることになる。

●日米通商摩擦の歴史が教えること

中国側の態度豹変には、どんな背景があったのか。秋に控えた建国70周年が国粋的な気分を盛り上げたとか、6月4日の「天安門事件30周年」前に弱い態度を見せられないとか、習近平総書記の党内基盤が揺らいでいるとか、さまざまな観測が飛び交うところである。

しかし、中国共産党の内部はつくづくブラックボックスだと考えるほかはない。そしてかつての日米通商摩擦の歴史を振り返れば、中国共産党の幹部がトランプ流交渉術に「国家の尊厳が傷つけられた!」と憤るのは、ある意味、何の不思議もない。

過去の日米交渉においても、同様な局面はいくつもあった。プラザ合意でドル円レートが大幅に切り上げられたとか、日米構造協議で大店法の改正を迫られたとか、自動車協議で数値目標を迫られたとか、ひどい経験が何度もある。ところが今になって振り返ってみると、「あれはやらない方がよかった」というものはあまり思い浮かばない。

もちろん、米国は自己都合で他国に対して「改革」を迫るのであり、その中には「ご無体」な要求も含まれている。ところがそれらが致命的な結果をもたらすかというと、案外とそうでもなかった。さらに言えば、米国からの外圧の中には「メイド・イン・ジャパン」も含まれていた(つまり、日本側から頼んで言ってもらっていた)、というのが日米交渉の歴史である。

おそらく今回の中国のケースでも、知的財産権の保護や国有企業への補助金廃止といった米国側の要求に対し、「内政干渉だ!」と怒った幹部が多数派を占めたのであろう。ただし長い目で見れば、「あのとき米国の外圧を利用して、国内改革を進めておけばよかった」と後悔する日が来るかもしれない。真面目な話、中国国内でもそのように考えている政治家や経済学者は少なくないだろう。今の中国ではさぞかし反米意識が高まっていることだろうが、かつてであれば反米デモや大使館への抗議活動が起きても不思議はないところである。ある種の「成熟」や「多様化」が起きているのではないだろうか。

考えてみれば、日本は「米国には安全保障でお世話になっている」という事情があったから、対米交渉において最後は「泣き寝入りをする」ことができた。もちろんその際には腹立たしい思いをするわけであるが、幸いなことに通商交渉とは何も正義を争う場ではない。あくまでも国の経済的利益を争う場であって、しかも非常に広範囲でかつ細かな話を取り扱う。そして経済状況は常に変化する。「良かれ」と思って決めたことが裏目に出たとか、その逆のケースもしょっちゅうである。

例えば1980年代の「牛肉・オレンジ交渉」は、米国側に一方的に押し切られたものであった。しかし市場開放は日本人の食生活を豊かにしてくれたし、あれがなければ今日の「和牛ブーム」はなかったことだろう。経済に関する交渉事の多くは、たとえその場では不満が残っても、「時計の針を戻してでも、あの時の交渉結果を変えたい」ということはそうそうあるものではない。少なくとも、日米関係の場合はそうであった。

ところが今の中国は、米国と同盟関係にあるわけではない。むしろ米国と張り合う立場であり、たとえ相手側が言っていることが正しいと思っても、相手の言いなりになると途端に自己の権力基盤が危うくなる、という苦しい立場にある。だからこそ、報復関税を行うなどの反撃手段に訴えているわけであるが、何しろ米中の貿易構造は中国側の輸出が約5000億ドル、米国側が1300億ドルという不均衡の極みである。関税の掛け合いになったら、米国側が圧倒的に有利な立場にあることは間違いあるまい。

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