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日本は自動車危険大国(高橋伸彰)


 平日の白昼、東京の都心で87歳の高齢者が運転する乗用車が暴走し、次々と人をはねて10人が死傷した。亡くなったのは青信号の横断歩道を自転車で移動していた30代の母親と3歳の女児。当初はアクセルが戻らなかったという運転者の証言もあったが、その後の調べで自動車の機器に異常はなく、運転操作の誤りが事故の原因と見られている。

高齢になれば身体機能や判断力が低下し、事故を引き起こすリスクは高まる。その意味で高齢者の免許更新に際しては厳しい条件を課し、免許証の返納も含めて未然に事故を防止する対応に異論はない。また、犠牲者の無念や遺族の悲しみに思いを馳せるなら、加害者に相当の法的な制裁を科すのも法治国家としては当然だろう。

ただ、事故が起きるたびに当事者の責任を追及するだけでは、歩行者や自転車乗用者といった交通弱者を悲惨な事故から守ることはできない。実際、日本では交通事故死亡者に占める歩行者および自転車乗用者の割合は50.2%(警察庁調べ、以下同じ)と、欧州諸国の同20~30%と比較して倍近くに達している。

交通事故による死者数は平成元年(1989年)の11086人に比し咋年(2018年)は3532人と30年近くの間に約3分の1に減少したが、死者に占める交通弱者の割合はむしろ上昇しているのである。

 本欄執筆者の一人、佐々木実氏が最近著した伝記(『資本主義と闘った男』)の主役・理論経済学者の宇沢弘文は、45年前の著作(『自動車の社会的費用』)で「日本における自動車交通のあり方が、世界のどのような国に比べても、歩行者にとって危険なものとなっている」と述べ、日本では「人々の市民的権利を侵害するようなかたちで自動車通行が認められ、許されている」と告発したが、その実態は変わっていない。

「自動車が一台通ると、人間の歩く余地がなくなってしまうような街路を、どのような意味で自動車が通る権利があるのだろうか」と、45年前に宇沢が抱いた疑問は現在に至っても解決されていないからである。

冒頭の事故は歩道と車道が分離された都心の交差点で発生し、住宅街の狭い街路とは道路の事情が違うようにも見える。しかし、青信号でも運転者の操作次第では安心して道路を横断できないとするなら、どんなに整備された道路でも歩行者や自転車乗用者にとっては宇沢が恐怖を覚えた狭い街路と同様に危険である。

ここで問われるのは運転者の自己責任に加え、自動車交通を管理する政府の公共的役割と、自動車の生産・販売を主業とする企業の社会的責任である。

運転者次第で暴走する危険がある1トンもの鉄の塊(=自動車)は交通弱者にとっては凶器に他ならない。そんな凶器が無防備な交通弱者と同じ生活空間を「勝手気まま」に走り回っているのが、日本における交通の現状である。

そう考えれば、政府は自動車交通の規制をもっと強化すべきだし、企業はより安全性の高い車の開発・生産と普及に努めるべきだ。少なくとも自動車の経済性や利便性を優先して歩行者の安全や安心を劣後にするかぎり、宇沢が目指したゆたかな社会は実現しないのである。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。2019年5月10日号)

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