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「あらゆるところで株式会社化が進んだために、現代人は長期的な視野を持てなくなっている」 - 「賢人論。」第90回内田樹氏(前編)

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思想家としての深い洞察力と、仏文学者としての洒脱なエスプリと、武道家として一本筋の通った豪腕ぶり…。読者に熱烈なファンが多いことで知られる内田樹氏を、ようやく本欄でお迎えすることができた。文武両道を体現する今回の賢人は、日本の社会保障制度について何を語るのか。鋭い舌鋒をできるだけやわらかく受け止めながら、インタビューはそろそろと始まる。

取材・文/盛田栄一 撮影/岡屋佳郎

制度設計のプロであるはずの官僚が、なぜ長期的な視点で物事を捉えられないのか

みんなの介護 総務省が発表した人口推計によると、2018年10月1日時点の日本の総人口は1億2,644万人と、8年連続で減少しているそうです。いよいよ深刻になる人口減少に高齢化が重なり、社会保障制度をどう維持していくかが喫緊の課題となっています。

内田 僕の記憶では、「人口問題」と言えば、少し前までは「人口爆発」のことでした。このまま世界の人口が増え続けていけば、食料やエネルギーなどの資源が不足し、危機的状況を迎えるのではないかと考えられていた。どうやって人口増加を抑制するか、それが人類史的課題だと言われていたんです。

ところが1970年代の「第二次ベビーブーム」以後、わが国の出生率は減少に転じました。特殊合計出生率は1975年に2.0を割り込み、それ以降2.0以上を回復したことは一度もありません。日本が少子高齢化を迎えることはその時点からわかっていたことです。

しかし、政府も官僚も、人口減少に対しては、何の手も打ってきませんでした。それどころか、バブル期には潤沢にあったはずの社会保障のための原資を、無駄なハコモノを建てたりして、ほとんどドブに捨てるように浪費したわけです。

みんなの介護 当時は、年金資金で建設された保養施設のグリーンピアが、「税金の無駄使い」と言われて問題になりましたね。

内田 官僚たちは、社会保障制度を設計することの専門家であるはずです。僕たち一般国民はこんな巨大な制度については、専門家に制度設計を任せる他ない。賢い人たちなんだろうから、きっと、適切な制度を構築してくれるだろうと当てにしていた。

しかし、実際にわかったことは、彼らは30年、50年という長いスパンで社会保障制度を考えていなかったということです。いずれ原資が枯渇することがわかっていたにもかかわらず、当座の金は潤沢にあるんだからと、じゃんじゃん使ってしまった。

役人たちは、自分たちの立てた政策の失敗を絶対に認めません。我々が起案した政策はすべて正しかったのだが、「想定外のファクター」によってたまたまうまくゆかなかったという話に書き換えてしまう。

みんなの介護 どうすれば、そのような流れを変えることができるのでしょうか。

内田 過去の失敗を痛切に受け止め、それを教訓として同じ失敗を繰り返さないためにはどうするかを考えない限り、今の社会保障制度を改めることはできません。厚労省の官僚たちは過去の失敗を「失敗」と認めていませんから、制度の改良は原理的には絶対に実現しません。

これからの社会保障制度について、政府がまともな制度を設計してくれるだろうということを期待することはできない。まことに悲しいことですが。

グローバル化の進展により、当期利益至上主義の「文化」が、社会全体に広がってきた

みんなの介護 厚労省に限らず、中央官庁の官僚はみんな優秀なはずなのに、どうして長期的な視点が持てないのでしょうか?

内田 30年、50年スパンで物事を考えるという思考習慣がなくなってしまったからです。これはもう全社会的に見られる現象です。官僚ばかりじゃない。大学の先生だって同じです。

僕は1990年に神戸女学院大学に着任しましたが、来てすぐに、「これから18歳以下の人口が激減するから志願者確保がたいへんな仕事になる」と告げられました。そうだったのか、そんなに危機的なことになっているとは知らなかった…とそのときは思ったのですけれど、よく考えたら、「18歳人口」は18年前からわかっていたはずで、彼らが18歳を迎えて受験をする前年になってから対策を考え始めるというのは、ちょっとおかしい。

みんなの介護 言われてみれば、そうですね。

内田 これまで少子化対策として大学は何をしていたのか訊いたら、何もしていなかった。18歳人口減少が始まる前の年までは志願者が増え続けていたわけですから、それに合わせて学生定員を増やし、教職員を増やし、財政規模を拡大して、「志願者が減り出したら大変なことになる」仕組みを作り続けていた。

「志願者が減り出したら大変なことになる仕組み」を長年かけて構築しておいて、いざ志願者が減り出したら「どうしよう、どうしよう」とおろおろしているのを見て、大学の先生もあまり先のことを考えてないな、ということがわかりました。だから、役人だけを責めるわけにはゆかないと思います。日本人みんな、先のことを考えていなかったんです。

みんなの介護 刹那的、近視眼的にしか物事を見られないのは、私たち日本人の心性の問題なのでしょうか?

内田 日本人だけの問題ではないと思います。経済のグローバル化が進み、株式会社という組織体が社会の支配的な形態になってから後は、世界どこでも、みんな短いタイムスパンで物事の適否を判断するようになった。

株式会社では、CEOに独裁的な権限を集中して、CEOがアジェンダを決定し、自分に従う人間を重用し、反対する人間を排除して、トップダウンでものごとを決める。迅速な経営判断が何よりも重要です。社内の合意形成に時間をかけるわけにはいかないので、株式会社は必然的に非民主的な、独裁的な組織になる。これは、なって当たり前なんです。

そして、株式会社では、何より当期利益が最優先します。売り上げが減り、シェアを失い、株価が下がれば、先がないからです。30年先、50年先の「我が社のあるべきビジョン」なんかを想像することには何の意味もない。当期を乗り切らなければ、来期は来ないんですから。

そういう当期利益至上主義の「文化」が、社会全体に広がり、一般市民の行動規範になったということです。

日本のあらゆる組織が「株式会社化」していて、物事を長期的な視点で見られなくなっている

みんなの介護 内田さんは著書『ローカリズム宣言』の中でも、「日本の社会集団はいつのまにかすべてが株式会社のようなものになりました」と書かれていますね。

内田 営利企業だけでなく、今や国家や自治体や学校や医療機関など、あらゆる社会組織が、株式会社モデルに準拠して再編されようとしています。でも、これは間違っている。組織の「寿命」がまったく違うからです。

株式会社の平均寿命は5〜6年です。仮に起業して、数ヵ月で別の会社にM&Aで身売りして、創業者利益を手にすれば、起業家としては大成功と見なされる。長期に渡って存続することは株式会社にとってはまったく優先的な課題ではない。

Google、Apple、Facebook、Amazonは「GAFA」と呼ばれて、今は世界最大規模の企業ですけれど、10年後、このうちの何社が生き残っているか、誰も確言することはできません。

みんなの介護 先行き不透明な時代とは言え、GAFAでさえ、そうなのですか。

内田 でも、それらの企業がなくなるということは、もっと優れたビジネスモデルを誰かが考え出して、それに取って代わったということですから、消費者としては歓迎すべき事態です。

それに、起業者たちだって、それ以前に天文学的な個人資産を手に入れたわけですから、ビジネスマンとしては大成功者として記憶される。株式会社は「そのうちなくなる」ということを前提に制度設計された組織体だということです。

ですから、「そのうちなくなる」ことを前提としている組織体をモデルにして、国や自治体を編成することには大きな問題があると僕は言っているのです。

株式会社は右肩上がりでないと生きていけない「成長か死か」という不思議な生き物ですけれども、そんな危なっかしい組織体をモデルにして、国家や自治体を管理運営して良いはずがない。国家や自治体の最優先課題は「成長」ではなくて、「存続」なんですから。石に齧りついても、泥水をすすっても生き延びねばならない組織体を「成長しないと死ぬ」営利企業に合わせて設計することはできません。

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