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移民を本気で受け入れるつもりなら、「受け入れ国民としての倫理」を国民全員が身に付ける必要がある - 「賢人論。」第90回内田樹氏(中編)

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武道家としての内田樹氏は、合気道七段、居合道三段、杖道三段の腕前。2011年、神戸市東灘区に開設した合気道道場「凱風館」館長として、300人以上の門人を束ねる。そんな「道場共同体」リーダーである内田氏は、人材不足で危機的状況に陥っている介護の現場を、どのように見ているのだろうか。折しも2019年4月1日、改正入管法が施行されたばかり。外国人労働者の受け入れについても、忌憚のない意見を伺ってみた。

取材・文/盛田栄一 撮影/岡屋佳郎

使命感の強い人ほど、看護や介護の現場から離れていく。この、悲しくも残念なミスマッチを早急にどうにかしないと

みんなの介護 介護の現場では、人材不足が大きな問題になっています。さまざまな理由で離職する人が多く、スタッフはなかなか定着しません。団塊の世代が後期高齢者となる2025年以降、介護人材は34万人不足するとのデータもあります。介護現場での人手不足を解消し、労働環境を改善するためには、どんな妙手があるでしょうか?

内田 僕は医療系の大学の理事をやっていますので、多少は現場のことを知っているのですけれど、看護や介護の現場で働こうと考える人にはたしかに使命感の強い人が多いですね。「何らかの形で人の役に立ちたい」という思いから看護や介護の仕事を目指す人が多い。

しかし、実際に働いてみると、仕事は想像以上に激務であり、待遇面でも決して恵まれていない。それでも何とか頑張ろうとするのだけれど、次第に心身ともに疲弊していき、最後は離職せざるを得なくなる。

看護師も離職率が高いです。単にその職場を離れるというだけでなく、看護師という仕事そのものを辞めてしまう人がいる。「二度と看護師はやりたくない」と言うほどに燃え尽きてしまうんです。せっかく専門的な教育を受けて、経験を積んだ人が、労働環境の悪さのせいで離職してしまうというのは、国民的な損失だと思います。

みんなの介護 使命感を抱いて看護や介護の世界に入ってきたのに、不本意な形で離職するのは、本人にとっても、看護や介護の現場にとっても、とても残念なことですね。

内田 「人を助けたい」と思い、一生の仕事のつもりで就職した人に対して、受け入れる側の労働条件が悪すぎる。このミスマッチは早急に何とかしなければなりません。

看護職・介護職の現場に政府や自治体は優先的に予算を配分すべきだと思います。適正な報酬が約束され、人手も十分に足りていれば、「燃え尽きて」離職する人は減るはずですから。養成に投じた教育資源がそのまま無駄になっている現状を見るならば、「雇用環境を改善することで離職者を減らす」というのは合理的な解なんです。雇用条件の改善は予算措置でできる。それがいちばん「損しないお金の使い方」なんだと思うんですけどね。

移民政策で成功した国はひとつもない。日本が移民を受け入れるなら、相当の覚悟が必要

みんなの介護 2019年4月1日から改正入管法が施行され、外国人労働者の受け入れ枠が拡大されました。介護の現場でも、今後5年間で最大6万人の外国人労働者の就労が期待できる、との試算もあるようです。介護現場の人手不足を解消するために、外国から人材を集めるという発想についてはどう思われますか?

内田 人口減が急速に進んでいますから、介護の現場に限らず、今後あらゆる業種で労働力が不足してゆくことは確実です。利益を出していて、その商品やサービスを求めている人たちがいるにもかかわらず、人手が足りないせいで廃業を余儀なくされている企業が既に、地方にはいくらもあります。

ですから、「国内の労働力を補うために移民を受け入れる」という選択肢も当然出てくるでしょう。でも、僕は現時点での大量の移民受け入れには反対です。

確かに人手不足は深刻でしょうけれども、目先の需要を満たすために無原則に移民受け入れをしていった場合、どういう社会的な変化があるのか、それに対してどのような政策的な措置を講ずべきかについて、政府は適切なシミュレーションをしていません。何よりも国民が移民の大量受け入れのための準備ができていない。

大量の移民を受け入れるということは、言語も宗教も食文化も生活習慣も異なる人たちと隣人として暮らし、彼らを「同胞」として受け入れること。つまり、「日本人」の定義を書き換えるということです。 移民導入を求める人たちに、その覚悟があるのか。僕はないと思います。

今は人手が要るから移民を入れたい。機械化が進んだり、景況が変化して、人手が不要になったらとっとと母国に帰ってもらう。雇用調整のために便利に使いたいだけで、同胞として受け入れる気概を持っているとは思えませんね。

僕はやるなら本気で受け入れるべきだと思っています。そのためにはまず「ホスト・ネーション(受け入れ国)国民の倫理」を日本人全員がきちんと身に付ける必要がある。理解も共感もできない隣人と共生するためには、市民的成熟が必要です。

でも、はっきり言って、いまの日本人はそのような成熟とほど遠い。嫌韓・嫌中本の氾濫やヘイトスピーチを見ると、こんな日本人たちに外国人との共生なんかできるはずがないと思います。この状況で移民を大量に受け入れたら、彼らを差別し、暴力をふるい、治安の悪さも物価の高さも、なんでもかんでも移民のせいにする差別主義者たちを量産することにしかなりません。

移民政策を本気で進めようと思うなら、「多文化共生・多民族共生社会」とはどういうものであるのか、そのビジョンを政府が構想し、それを国民に提示して、「これからの日本をこういう社会にしようと思うのだけれど、それでよろしいか?」と民意を問い、その合意をとりつけてから踏み込むべきでしょう。

明日の人手が足りないから、移民を入れようというような安直な政策に流されれば、いずれ必ず大問題が起きます。

みんなの介護 そこまでの覚悟は、日本政府も、私たち国民も、まだ持ち合わせていない かもしれませんね。

内田 入管法改正は、単に「安価な労働力を、今すぐ確保したいだけ」です。先のことなんか何も考えていない。「サル」化(前編参照)した日本社会の病的徴候がそのまま露呈している。

今回「特定技能」に認定された14業種はどれも雇用条件が悪すぎて、日本人がやりたがらない仕事です。雇用条件を引き上げれば働きたい日本人も増えるはずですけれど、企業は、それはしようとしない。

みんなの介護 確かに、高収入が約束されるなら、日本人でもその仕事に就きたいと考える人は増えそうです。

内田 雇用条件の改善によって日本人の求職者を増やすことを考えていないというのは、企業が単に「安い労働力が欲しい」からです。彼らを「人間」だと見ていない。ただの「労働力」というコストだと思っている。そうである限り、100%、移民受け入れは失敗するでしょう。

ドイツもフランスも、労働力不足を補うために、ある時期大量に移民を受け入れたことで、一時的に経済成長を遂げました。けれども、「人手不足が解消したので、もう故郷に帰ってください」と言っても、移民たちは帰らなかった。逆に家族たちを呼び寄せて、ドイツ人、フランス人になった。

今、ドイツでは移民出自の国民が19%、フランスでは9%です。その人たちを同胞として受け入れることができない人たちが差別主義者・排外主義者になって、移民集団との間に激しい摩擦が起きて、それが独仏における社会不安の主因になっている。

独仏ともに一時の経済的利得を求めることを急いで、「ルールのある移民政策」と「自国民の市民的成熟の支援」のための手間を惜しんだ。そのせいで、彼らは自分たちが手に入れた経済的利益の何倍ものコストをいま支払っています。

僕たちが歴史から学んだのは、20世紀以降、経済的理由による大量の移民受け入れの後、多民族共生国家として成功した国は世界に一つもないということです。日本が世界初の「多民族共生社会」を実現するつもりなら、それなりの知見と覚悟が必要ですけれど、今の日本人にはどちらもない。だから、目先の銭金で大量移民を受け入れた場合、それに数倍する社会的コストを抱え込むことになるだろうと僕は予測しています。

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