- 2019年05月24日 14:09
なぜ、いま炭鉱なのか――「負の遺産」を超えて 嶋﨑尚子×熊谷博子 映画『作兵衛さんと日本を掘る』公開記念対談
2/2炭鉱と文化
――熊谷監督はご著書『むかし原発いま炭鉱 炭都“三池”から日本を掘る』(中央公論新社)のなかで、「炭鉱は触れるが、原発に触ることはできない」と書かれていますね。炭鉱は触れることができるがゆえに「炭鉱文学」や「炭坑節」などの文化を生んだけれども、原発は文化を生まなかった。
嶋﨑 もうひとつそれにつけ加えると、オーストラリアやカナダの大きな露天掘り(オープンピット)の炭鉱では、まったく「文化」なんか発生しないんですよ。文化が現れるのは労働集約型の地下の坑内掘りだけなんです。そこはもう少し強調したほうがいいと思っています。
露天掘りはただ掘るだけの「工事現場」です。坑内掘りは、地下を掘れば掘るほど危険になる、命がけの仕事で、だからこそ「父ちゃんが今日戻って来れるように」とさまざまな「げん担ぎ」を日本に限らず、どの炭田でもやっています。けれども、オープンピットに一切それはない。やはりそこだと思うんです。労働の質が全く違うのだと。
熊谷 筑豊みたいにご夫婦でやっている場合にはとくにそうですが、とにかく助け合わなければいけないわけですね。その助け合い、支え合いがいろいろな文化を生み出していった。危険のなかでどうやって生き抜くのか、それが文学や絵などの作品になりえたんだと思うんです。
嶋﨑 生き残った人たちみんなが「一歩間違えればあいつのように死んでいた」という気持ちがつねにありますから、いろいろな人たちの気持ちを背負って生きていますね。
熊谷 作兵衛さんは絵を遺してくれましたし、元女坑夫のカヤノおばあちゃんは長生きをして話をしてくれましたが、その背後には赤ん坊から老人に至るまで、坑内で命を落とした無数の人たちがいるんですよね。それを常に思いながら映画を撮っていました。そういう人たちがこの国といまの生活を支えてきたんだ、と。
文化というと、ツルハシひとつ取っても掘るために工夫しなきゃいけないわけですよね。それがひとつの技術を生み出していった。寝ながら掘るにはどうすればよいかとか、道具の先端をどうするかとか、カンテラをどうするかとか。いろいろなことの工夫と進歩があった。
嶋﨑 「ここが鳴ると……」「この臭いは……」といった「異常」を察する知識、それはすごいものです。それと同時に「共同性」があるからこそ文化が生まれます。
なぜいま炭鉱なのか
熊谷 7年間かかってこの映画を作りましたが、その間あきらめなかったのは、作兵衛さんの絵とそこに描かれている労働が、決して他人事ではなかったということがあります。私はフリーランスですが、映像業界でも形こそ違え、制作会社のADさんなど道具のように扱われたり、大変な労働をさせられている人たちがいます。私もこの状況は他人事ではない。
もうひとつ大きかったのは、2011年の原発事故の後に、まるで同じような状況が広がっているということです。作兵衛さんも「変わったのは表面だけ」と言っていますけれども、いったいどこが変わったのか、という気持ちがあります。この国の、特にエネルギー産業の構造がまったく変わっていないことをきちっと見つめていかないといけませんし、それを分からないとこの国のことも分からないのではないか、と。作兵衛さんが描いたものは、実は「いま」なんだと思っています。
嶋﨑 私も根幹には同じ関心があります。どんな状況でもひたむきに生きながら、過酷な状況のなかでもちょっとした喜びを見つけて、それを支えにまた明日へ、という。そこに救いがあると感じます。
私は社会学を勉強していますので、そうした名もない人たちの営みを何とか記録をして伝えていくことがせめてやれることだ、と。とくに大学でいえば、いま唯一の「炭鉱ゼミ」をやっているのですけれど、人文系の学生たちにそれを伝え残していくこと。IT化が推し進められているなかで、IT道具をどう使うかというエシックス(倫理)を考える材料になればと思っています。
『作兵衛さんと日本を掘る』
公式サイト: https://www.sakubeisan.com/
ドキュメンタリー/111分/DCP/2018年/日本
出演:井上冨美、井上忠俊、緒方惠美、菊畑茂久馬、森崎和江、上野朱、橋上カヤノ、渡辺為雄
監督:熊谷博/朗読:青木裕子(軽井沢朗読館)/ナレーション:山川建夫/音楽:黒田京子(作曲・ピアノ)、喜多直毅(ヴァイオリン)/協力:作兵衛(作たん)事務所/撮影協力:田川市石炭歴史博物館、福岡県立大学、嘉麻市教育委員会/企画協力: RKB毎日放送/助成:文化庁文化芸術振興費補助金/製作・配給:オフィス熊谷/配給協力:ポレポレ東中野
5月25日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=xkFeJwdoMJ0

知のネットワーク – S Y N O D O S –
嶋﨑尚子(しまざき・なおこ)
ライフコース社会学、家族社会学
早稲田大学文学学術院教授。専攻はライフコース社会学、家族社会学。共編著に『炭鉱と「日本の奇跡」』(2018、青弓社)、『太平洋炭砿 -なぜ日本最後の坑内掘炭鉱になりえたのか』(2018、 釧路叢書)、『現代家族の構造と変容』(2004、東京大学出版会)、常磐研究報告書 『炭砿労働者の閉山離職とキャリアの再形成 : 旧常磐炭砿K.K.砿員の縦断調査研究』PartⅠ~ X(1997~2006、早稲田大学社会学研究室)。
熊谷博子(くまがい・ひろこ)
映像ジャーナリスト
映像ジャーナリスト。1975年より、番組制作会社のディレクターとして、TVドキュメンタリーの制作を開始。戦争、原爆、麻薬などの社会問題を追う。85年にフリーの映像ジャーナリストに。主な監督作に映画『よみがえれ カレーズ』(1989:土本典昭氏と共同監督)、映画『ふれあうまち』(1995年)、映画『三池~終わらない炭鉱(やま)の物語』(2005年:JCJ特別賞、日本映画復興奨励賞)。



