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【読書感想】小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る

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 この本のなかには、さまざまな人の「思い出の小林カツ代のレシピ」が出てきます。
 それを読んでいると、僕自身は食べたことがないのに、小林さんのハンバーグや唐揚げ、肉じゃがを食べたくなってくるのです。

 小林さんは、朗らかな笑顔が印象的だったのだけれど、けっこう神経質だったり、自分がこだわっている部分では妥協しなかったりと、難しいところもある人だったことを著者は紹介しています。
 家族との関係について、とくに小林さんの夫との関係についても、書ける範囲で、誠実に書かれているのです。

 小林さんが活躍していた時代に、「自分よりも有名で、ずっと稼いでいる妻」と暮らしていた、エリート会社員の夫には、いろんな葛藤があったのだろうな、と僕は想像してしまいます。

 「家族を幸せにするための家庭料理」を広める仕事で、あまりにも有名に、そして多忙になってしまったがために、家族がギクシャクしてしまう、というのは、なんだかとても悲しい。それと同時に、人間って、そういうものなのだよなあ、と、妙に納得してしまうところもありました。

 晩年、カツ代を紹介する時「手抜き料理の天才」などの惹句が付けられることがあったが、本人はどのような気持ちだっただろうか。あまり快くは思っていなかったと思う。その話が出る度にカツ代はこう言っていた。
「急いで作ることはあっても、手を抜いたことは一度もない」
 カツ代は料理に関してこんな言葉を残している。
「料理は科学であり、化学である」

 つまり、おいしい料理には必ず手順があり、理屈があるということだ。まさに「理(ことわり)を科(はかる)」という料理の本質を代弁している。

 カツ代は、どのように料理を生み出していたのか。生涯で一万ものレシピを考案した彼女の頭の中がどうなっていたのか、うかがい知ることができない。ただ、生前、カツ代は「鶏が卵を産むように、ポコポコとレシピが頭の中に浮かぶのよ」と言っていた。

 明るいキャラクターで、情の人のように僕には見えていた小林さんは、料理に関しては、けっして勘に頼るわけではなく、持ち前の味覚を活かしつつ、理詰めでレシピを考案していったことがわかります。

 実際に作ってみないと味がわからないのであれば、あれだけの数のレシピを生み出すことはできなかったはず。

 ちなみに、小林さんは、学校を卒業後すぐに結婚するまで、家で料理をする機会はほとんどなく、結婚後に料理を作り始めて、その難しさと面白さに目覚めた、ということも紹介されています。

 味覚は大人になってから鍛えるのは難しいけれど、味が分かる人であれば、料理をはじめるのに遅すぎるということはないのかもしれません。

 主婦として夫のために料理を作る時代から、二人の子どもができて「家族」のために料理を作らねばならなくなったカツ代の料理そのものも、この「子育て」の経験を通じて深化してゆく。もっとも身近で仕事をしていた本田(明子氏・小林さんの内弟子)は、その変化をつぶさに感じ取っていた。

「それまでは、親の手作りが一番尊いという信念がありました。けれども、子育てをする中で、さまざまな境遇の母親に出会い、必ずしもそうでないことを知ったのでしょう。おいしい料理を作ることは大切だが、それよりも、おいしく食べることのほうが何倍も大切だということを、先生自身が学んだのだと思います」

 つまり、時間に追われた状況の中で、手を抜けるところは抜かないと、とても毎日の食事を作り続けることはできない。カツ代のレシピが、当時、出版されていたそのほかの料理本と比べて画期的だったのは、例えば「ドゥミグラスソース」「トマトジュース」の缶詰など既成の食品を、何の言い訳もなく堂々と使ったことだ。

また、ある時はスーパーで売っている焼き鳥を買ってきて、温かいご飯の上にのせて焼き鳥丼にする提案もいとわなかった。「すべてが手作り」が当たり前の時代である。当然、「母の手作り神話」を信仰する輩からは批判も多かったようだが、そうでもしなければ、日々の料理を作り続けることができない。

働きながら子どもを育てる切羽詰まった女性たちに、カツ代のやり方は全面的に受け入れられる。ただ、お味噌汁くらいは、一から出汁をとって、野菜を補うため具だくさんにするといい、という提案も忘れなかった。

 カツ代はよくこんなことを言っていた。育ち盛りの子どものことを考えると、栄養のためにも野菜をたっぷり食べさせてあげたい。けど、涙が出るほど、忙しい日には、簡単なサラダでさえも作る気力が萎える日もある。

「そんな時は、無理するのではなく、市販の野菜ジュースでいいのよ。毎日じゃないんだから。その代わり、誕生日やクリスマスなどの記念日には、子どもたちが大好きなごちそうを、うんと作ってあげればいいじゃない」

 「形式」にこだわるよりも、ひとりひとりが、そして家族が、なるべく機嫌よく過ごせるための「本音の食」を、小林さんはずっと考えていたのです。
 そういう理念が、ひときわ大きな支持を集めた理由だったのでしょう。
 
 ひとりの料理研究家の伝記であるのと同時に、「共働き時代」の女性の、そして男性の葛藤も描かれている本だと思います。
 小林カツ代の名前くらいしか知らなかった人にこそ、読んでみていただきたい本です。

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