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上皇さまが東京五輪前に"退位"された理由

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太古の昔から日本の王であり続けた存在


昭和から平成への宮中儀式。写真上2枚は「秘すべきことが多い」とされる大嘗祭における皇后陛下と衛門参役者。3枚目は大喪の礼で葬場殿付近を行く大喪の列。下は参列した各国の国家元首ら。(写真上2枚、読売新聞/AFLO、下2枚、毎日新聞社/AFLO=写真)

当然、国民の間にも「黒船が攻めてきたら自分たちの国を守らなければならない」という発想はありません。明治政府は国際社会の中で日本の独立を維持するために、大急ぎで近代的な軍隊をつくり、国家としての制度を整える必要に迫られました。そこで西欧の強国に倣い、「太古の昔から日本の王であり続けた存在」として、天皇を国家の頂点に戴くことにしたのです。

とはいえ、天皇家が「神武天皇から2600年間続いた万世一系の王朝である」という神話が実証的な史実でないことは、明治政府のエリートたちも気づいていました。たとえば陸軍軍医総監や帝室博物館総長・図書頭を歴任した森鴎外は、その生涯の最後に「完璧な元号」をつくるための仕事に取り組みます。

その仕事『元号考』は未完となり、鴎外自身は志半ばで世を去るのですが、国民国家に向き合う彼の気持ちは明治45(1912)年の小説『かのやうに』の中に吐露されています。鴎外は登場人物に次のように言わせました。

「祖先の霊があるかのように背後(うしろ)を顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んで行く。(中略)どうしても、かのようにを尊敬する、僕の立場より外に、立場はない」(引用文は現代仮名遣いに改めました=編集部)

神話にもとづく日本の歴史は、実証的・科学的な意味での歴史ではない、と洋行帰りの主人公は考えます。しかしそれを否定してしまえば、生まれたての国民国家・日本の屋台骨を揺るがすことになりかねない。それを防ぐには、虚構を含めすべての儀礼を真実である「かのように」扱わなければならない、と決意するのです。

もちろん元号に関しても同様で、国民国家・日本の統合を保つには、「天皇を始祖とする日本国」「太古から続く元号」という明治国家の建前を厳正に守る必要がある。もしその点をいい加減にしてしまえば、日本を支えるすべての体系が崩れ去ってしまうおそれがある。エリートとして国家への責任感を抱いていた鴎外には、そういう強い危機意識がありました。

ところで、国家統合の最大のシンボルはなぜ天皇だったのでしょうか。

国家には「王」が必要です。それは日本以外の近代国家でも変わりません。たとえば欧州にはイギリスやオランダをはじめ、国王を戴いている立憲君主国が少なくありません。それどころか、王様のいないアメリカでは大統領が「王」の役割を果たしていると見ることもできるのです。

アメリカで現在のような4年に1度の大統領選挙のシステムが定着したのは、成人男性の4人に1人が戦死したとされる悲惨な内戦、南北戦争の後からです。以後のアメリカでは、内戦の代わりに4年ごとに国が真っ2つに分かれる選挙戦を行い、そこで民衆から選ばれた(王としての正統性を得た)大統領のもとで国家を運営します。

大統領就任式では必ず、大統領本人が聖書を手に神に対する宣誓を行いますが、あの儀式は「内戦の終了」の宣言であるとともに、「王」としての強大な権力を持つことの正統性を、神から付託されたという宣言なのです。

アメリカのような人工的につくられた民主主義国家であっても、統治者の正統性を国民すべてに納得させるには、単に選挙で決まりましたというだけではなく、神に誓う「儀式」が必要となるのです。このことは、儀式・儀礼・祭事というものの人類史的な意味合いを我々に教えてくれます。

なぜ陛下は五輪の前に退位されるか


『天皇の影法師』や『ミカドの肖像』をはじめとする猪瀬直樹氏の著作群。

僕たち日本人も、家を建てるときには地鎮祭を行い、結婚式ではクリスチャンでもないのに神父の前で愛を誓い、葬式では意味のわからない僧侶の読経を聞いています。大阪・岸和田の「だんじり」や福岡・博多の「山笠」など、各地で行われている祭礼には「その日のために1年間がんばって働いている」と言い切る大勢の人々が集います。

いずれも近代合理主義的な考え方からは「意味がない」と切り捨てられるかもしれない行為です。しかし我々は、そのような儀式・儀礼を行わなければ、どうにも落ち着きません。むしろ、そのような儀式・儀礼を行うために日々働き、生きているとさえ言えるのです。

その事情は国にとっても同じです。僕が東京都知事のときに、2020年東京オリンピック・パラリンピック(東京五輪)の招致を勝ち取りました。開催が決定した後、一部の人から「たった2週間の五輪に巨額の予算を費やすのは無駄ではないか」と批判を受けましたが、僕はそれを聞いて「人間というものがまったくわかっていないな」と寂しい思いがしました。

五輪とは近代国家にとって最大の「祝祭」です。2週間の五輪開催が決まったことで、日本全体に「五輪を成功させる」という目標ができた。国家レベルでも個人レベルでも、その日を楽しみに、がんばって生きていこうという「祝祭空間」が生まれた。

祝祭空間はいわば腐蝕した時間を燃やす、更新する機能を担っているのです。半世紀ぶりの巨大な祝祭によって、この国はもう1度生まれ変わることができる。それが五輪開催の意味なのです。

実は天皇陛下が今、このタイミングで退位をされるのも、東京五輪と無関係ではないと僕は感じています。陛下は85歳とご高齢です。万が一、五輪の直前に健康上の問題が起きたとしたらどうでしょう。昭和天皇の崩御から今上陛下の即位までの期間は約1年ありました。その間、日本全体が喪に服していました。そうした事情をのみ込んだうえでの「退位」のご決意だったのではないかと思うのです。

国にとって、社会にとって、個人にとって、近代合理主義では割り切れない儀式や儀礼は必要です。天皇陛下の譲位や東京五輪の開催といった儀礼・儀式の続く今、僕たちはそのことをよく思い返してみるべきなのです。

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猪瀬直樹
作家
大阪府・市特別顧問。1946年、長野県生まれ。『ミカドの肖像』で大宅賞、『日本国の研究』で文藝春秋読者賞を受賞。道路関係四公団民営化推進委員会委員や東京都副知事、知事を歴任。

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(作家 猪瀬 直樹 構成=大越 裕 撮影=遠藤素子 写真=AP/AFLO、読売新聞/AFLO、毎日新聞社/AFLO)

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