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ヒップホップが爆発的に広がった2つの理由 - Kダブシャイン/横川圭希

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第3回は、現地のMTVでもブラックミュージックのMVがどんどんかかるようになった80年代半ば以降のお話。儲かるとわかってからは、MTVが積極的にかけたヒップホップ。中でも、とある番組が、人気を後押ししたそう。そして、ヒップホップの作り手側にも変化があったようです。
(写真:岡本大輔  構成:幻冬舎plus編集部)

ホワイトマーケットにもアプローチしたRun-D.M.Cの「Rock Box」

Kダブ  それで、MTVが80年代半ば以降、どう変わっていくかの話になります。マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」(1982)、「Beat It」(1982)、「Thriller」(1982)で味をしめて、MTVでかかるMVは、他のアーティストもみんな並んで踊るようになっていた。シンディ・ローパーもそうだし、パット・ベネターとかも踊ってたじゃないですか。

横川  踊ってた踊ってた。




シンディ・ローパー「Girls Just Want to Have Fun」(1983)。女の子はただ楽しみたいだけ…懐かしく、かわいすぎるシンディ・ローパー。

Kダブ でしょ。5~6人後ろで踊りながら。それはもう、踊るのが新しいスタンダードになったんじゃないですかね。それにプリンスも普通にかかるようになった。

アメリカの音楽シーンでも、MTVというフォーマットで、白人ではなくて、黒人だったりラテン系だったりのアーティストが少しずつかかるようになった。それが1982年~84年ぐらい。

僕がアメリカに行った85年にはもう、プリンスやマイケル・ジャクソンよりも目立ってないブラックアーティスト――デビュー当時のホイットニー・ヒューストンとか、あと一発屋だったけどレディ・フォー・ザ・ワールドとか――ビルボードでトップ20に入るようなブラックアーティストのビデオは、もう普通にローテーションでかかるようになっていました。

でもそれより前に俺は、日本で「ベストヒットUSA」を見てたから、それが当たり前だと思っていたけど、後から聞くと、どうやらアメリカではそういう流れがあったみたいですね。

横川  チャンネルは他にもありましたね。VH1(※)とか。あれは棲(す)み分けなんですか?

(※Video Hits One  ニューヨークのケーブルテレビチャンネル)

Kダブ  VH1は、当時の80年代は、カントリーとフォークに近いロックをやっていて。まあだからMTVが若者向けだとしたら、VH1は……



横川  年代が上、みたいな。




Kダブ  クロスビー、スティルス&ナッシュとか聞いてたような人たち向けの、やさしいロックのステーションだったんですよね。



クロスビー、スティルス&ナッシュの1stアルバム「Dj Vu」(1970)。フォーキーでポップなウエストコーストロック。

横川  それで、85年、86年って言ったら、もうRun-D.M.C(ラン・ディーエムシー)が席巻していたじゃないですか。その頃にはKダブさんはアメリカにいたわけですよね?



Kダブ  Run-D.M.C.のビデオは、最初にMTVでかかったのが「Rock Box」(1984)ですね。ある意味、マイケルやプリンスの恩恵を得ていたと思う。ロックに近いラップだから、これならかけられるよねってことでローテーションに入ったんじゃないかな、と思うんですよね。


Run-D.M.C.「Rock Box」(1984)。ミリオンヒットを広くした1stアルバム「Run-D.M.C」に収録。

横川  生楽器が入ってロックっぽい。




Kダブ  ロックギターが入ってるところが、やっぱり曲としてロックマーケットにもアピールするっていう感覚が制作側にあった。そういうアプローチを選んだのがRun-D.M.C.のやり方だったんだろう、と俺は見てるんですけど。

あのMVは白黒なんだけど、あえてマンハッタンのパンククラブを舞台にしてるんですよ。そこに客が待ってて、Run-D.M.C. が到着して、ライブやる。盛り上がる。という内容ですよね。

それで特徴的なのはお客さん。顔をよく見ると、全部が黒人じゃない。白人もラテン系も黒人も全部入り混じってる客たちなんですよね。

で、ずっとRun-D.M.C.を目で追いかけている、革ジャンを着た白人の少年がいるんですよ。「ああ、Run-D.M.C.カッコいい」って、ビデオも白人の子どもの目線でずっと追っかけてる。それで、ジャム・マスター・ジェイがその子に対して「俺らカッコいいだろ」ってウィンクをするのね。

そこで、「もう俺たちは、黒人のためだけに音楽を作ってるんじゃなくて、白人も黒人もいろんな人種に向けて音楽作ってるし、白人の子どもでもカッコいいと思ってることをやってるんだぞ」という内容のビデオを作ってるんですよ。

白人が入ってきやすいように、Run-D.M.C.を好きになりやすいように、ちゃんと演出してるんだな、というのも、今見るとよく分かるんですよ。

横川  ああー。




Kダブ  このMVは俺は昔から見てはいたけど、そこまでそういう目で見てなくて、ただただ、Run-D.M.C.カッコいい、首がクルクル回ってるみたいな感じだったけど、見直してみたら、ああ、そうか、オーディエンスがそうだなとか思いましたね。


横川  そういうのの少しあと、もっとヒップホップがゴリゴリになった頃に聞いたのが、僕らなんかだと、パブリック・エナミーの「Fight The Power」(1989)なんですよね。



パブリック・エナミー「Fight The Power」(1989)。この曲の詳細は、連載第9回でどうぞ。

Kダブ  でもね、Run-D.M.Cとかビースティ・ボーイズが出るまでは、ラップのリリースは年に2~3枚アルバム出ればいいぐらい。ラップのLPなんか全部で10作品ぐらいしかなかったから、他にも聞くものを探してた。ピーター・ガブリエルのストレージ・ハンマーとかゴドレイ&クレームとか、ああいうビデオも見て、カッコいいなと思って聞いてましたよ。

俺もその時すでにラップ好きだったけど、ラップだけに生きるという感じにはまだなってないから、目に入るもの、吸収できるものは全部聞いてた。ボン・ジョヴィとかも全然聞いてたし。Run-D.M.C.と同じタイミングに、ボン・ジョヴィの「シャウト トゥザハート♪(Shot through the herat)」って。

横川  『You Give Love a Bad Name』(1986)(笑)




ボン・ジョヴィ「You Give Love a Bad Name 」(1986)。邦題は「禁じられた愛」。3rdアルバム『Wild In The Streets(原題 Slippery When Wet)』からのシングルカット曲。売れました……。

Kダブ  その頃ジャネット・ジャクソンの「Control」(1986)も流行ってて。けっこう好きで見てた。だってRun-D.M.C.だけリピートして、そんな何回も見ないじゃないですか(笑)。

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