- 2019年05月20日 13:53
対話プロジェクト「ドイツは話す」――ドイツ社会に提示されたひとつの処方箋 - 穂鷹知美 / 異文化間コミュニケーション
3/3意見の背後にある人をみる
ロボのあとにスピーチを行うことになっていたジャーナリストで執筆家のマーテンシュタインHarald Martensteinは、あらかじめ用意していた原稿をわきに置き、ロボの主張への反論を展開しました(意見の異なる人たちの対話を祝う式典の場に、ちょうどふさわしいハプニングだったかもしれません)。マーテンシュタインはそこで、「意見の背後にある人をいつもみなくてはいならない。どんな対話にも耳を傾け、いくつかのものを排除するようなことがあってはならない」と強調しました(Zeit Online)。
マーテンシュタインの「意見の背後にある人をみる」ことは、対話から一見ずれた話にみえますが、どんな人にもつねに独自の個性があり、生い立ちなどのその人がもつ独自の背景があり、そこをベースにして今の自身の意見が形成されてきているのだと考えると、その人の個性、人格、背景は、対話の上で配慮に値する、場合によっては対話の内容の一部をもなしている事項であるといえるでしょう。
例えば、たとえ自分の意見に凝り固まってまったく対話の余地がないようにみえる人で、その人の意見に共感できなくても、その人の人格的な部分や個性的な部分(例えば趣味や生まれ育った環境)が理解できたり、そこに共感できるところがあればどうでしょう。意見はかみ合わなくても、信頼やレスペクトの基盤を築くことは可能かもしれません。
また、その人を全人格的にとらえ、その人がそのような意見に至った経緯が少し推察できると、その人への対話のアプローチ自体を、相手に届きやすいものに変えることができるかもしれません。例えば、東ドイツで現在30・40代の男性たちが過去四半世紀に経験してきたことは、ほかのドイツの地域の同世代の人とは大きく異なるものでした(穂鷹「出生率」2018)。この地域出身の人と対話する際、これらのことを知っている場合と知らない場合では、自分のなかの対話のアプローチが変わることもあるかもしれません。
争いを肯定し、争う力を鍛えよ
ジャーナリストのシュルツEva Schulzは、「意見がひとつでなく複数あることは民主主義のエンジン」だとし、意見が対立することをもっと肯定すべきだとします。同時に、この対話プロジェクトを、争うことを避けたり、できなくなっているドイツ人たちのための、「争うための筋肉を鍛えるための療養、リハビリ」であるべきと位置づけます(Zeit Online)。
スポーツをするのには筋肉が必要ですが、筋肉トレーニングをしないと筋肉は衰え、スポーツができなくなります。これと同様に、対話で争うことを恐れて、意見が合わない人を避けてばかりいれば、討論で争う時に必要な「筋肉」も使われず、衰えてしまう。そうなると、いざ意見が違う人と会った時に、どう対処すればいいのかがわからなくなる。だからこそ、日頃から筋肉を鍛え(争いを訓練し)、自分が違う意見にどう持ちこたえ、どう相手に向かうのかを身につけておくこと(「筋肉」をつけておくこと)が必要なのだ、という論理です。
ところで、争うための筋肉トレーニングのすばらしいところは、トレーニングが自分だけで完結するものでないことでしょう。相手とのやりとりがつねにあるため、それが同時に視座を広げるトレーニングにもなり、自分の思考全体の血行をよくすることにもつながりそうです。
もちろん、争うなかで傷つけられるなど、ネガティブな影響が生じることもあるでしょう。しかし、日頃トレーニングを重ねてよいコンディションであれば、心が受ける傷も重症なものになりにくい、というのも、スポーツの場合と似通っているかもしれません。
参加者の多様性を確保するには
この対話プロジェクトは、第一回目開催後、グリム・オンライン賞という、2001年から出版やそれに関連するイノベイティブで秀逸の構想や実践に授与される賞を受賞しました。二回目の開催にあたっては、ドイツ連邦大統領自らが対話プロジェクト「ドイツが話す」の後援を引き受け、「最初はただのアイデアにすぎなかったが、ひとつのミッションになった」(Tausende, 2018)と評すメディアもでてきました。
これらをみると、まぶしいほどのサクセスストーリーに聞こえますが、その一方で、いまだ手付かずの重要な問題もあるようにも思われます。それは、先ほども少しでてきましたが、多様な社会背景の人々をいかに動員できるかという問題です。本来のプロジェクトの目的であった、偏見や憎悪など「人々の間にできた壁をとり除く」(Steinmeier, 2018)ためには、多様な人々を対話の場に連れ出せるかが肝心な問題であり、それは今後いくら動員される人数全体が増えたとしても、自然に解消されるとは限らない問題です。
参加するメディア企業や、さまざまな組織に参加を呼びかけることは、もちろんある程度、有効に働くでしょうが、そのような呼びかけの網に、どのくらい多様な背景の人々が実際にひっかかっているのでしょう。
例えば、これまでの対話プロジェクトで、極右勢力支持者たちはどのくらい対話プロジェクトに興味をもったり、参加したのでしょうか。これを示唆する直接的資料はありませんが、極右勢力はドイツに限らず、オーストリア、フランスでも同じように、既存のメディア(公共放送から民間報道まで)全般に多かれ少なかれ不信感を強くもっていることで知られます。そうであるとすると、対話プロジェクト自体は政治的に中立的な立場ですが、メディア企業が企画しそれぞれの読者を中心に呼びかけた対話プロジェクトに、実際にどのくらい参加の意志をもつのか、疑問が残ります。
また、以下のような、プロジェクトでの対話の内容についての報道をみると、さらに実際に極右勢力支持者を呼び込むことの難しさを感じました。
対話プロジェクトに参加した人で、対話前には政治全般に失望し、極右政党に投票することも考慮しているという人がでてきますが、社会党支持者との対話のあと、「主張したことはもしかしたらすべて正しかったわけでないかもしれない」とし、「もっと事実関係をよくおさえないといけない」と言っていた(Weydt, 2018)、という報道です。
この記事の文面は中立的ですが、極右勢力支持者がこの記事を読むと、どう受け取るでしょう。対話プロジェクトをきっかけに、極右勢力支持の意見に疑問を抱く、という安っぽい(プロパガンダ的な)ストーリーに聞こえるかもしれません。
もしそうだとしたら、対話プロジェクトにこぞって関わりたいと思うでしょうか。極右勢力支持者がドイツで比較的多い東ドイツでは、西ドイツよりもこのプロジェクトの参加者が若干少なかったという事実は、極右勢力支持者が対話プロジェクトに一定の距離感・不信感を感じていることを、うっすらと反映しているようにも思われます。
結論として、極右勢力支持者の本心はわかりかねますが(そしてそうであってほしくもありませんが)、現状をみると、極右勢力支持者がこの対話プロジェクトに今後も積極的に参加しなかったとしても、不思議はないように思われます。
しかし、対話プロジェクトが参加者の自己満足で終わるのでなく、社会の壁を切り崩していくために実際に効力をもちたいのであるのならば、極右勢力支持者等、社会で往往にして問題視されたり、レッテルをはられている人、異端扱いされている人たちも動員することが不可欠でしょう。そのためには、このプロジェクトが彼らから信頼を勝ちとることが不可欠と考えられますが、そのためにはどんな工夫やアピールや姿勢が有効に働くのでしょう。このことは、次回以降の対話プロジェクトにとっての大きな宿題となりそうです。
おわりに
社会で厳しく対立しているようにみえる意見の相違も、対立の座標を人一人対一人の意見の対立までズームインしてみると、これまで(マクロの視点では)みえなかったものがみえてきて、対立や衝突のかたちや見え方も異なってくる。そのことを、難しい抽象的な理論を一切ぬきにして、行動を通して人々がみずから実感する機会を提供したこと。これが、この対話プロジェクトの独自のそして最大の功績でしょう。
ただし、この対話プロジェクトの成果は、対話プロジェクトに参加した人たちの対話直後の感想や、これまで享受した名声からではなく、もっと広い社会的文脈で、また長期的なスパンにおいて評価されるべきものでしょう。対話プロジェクトの機会を利用し、対立する意見の人への新たな理解を得たり、知見を広げることができた参加者たちが、実際に社会のなかでどう動き、なにかを変えていけるのか。それこそが、社会においてもっとも大切な点であるためです。
今後、意見の違う者たちの同じ目の高さでの一対一での話し合いというコミュニケーションのあり方は、社会の多様な場面でどのように定着するでしょう。互いの異なる意見や立場を理解したり、折り合いをつけるために、どのように働いていくのでしょう。こちらも、長いスパンで、また様々な文脈から、対話プロジェクトがまいた芽の先行きを観察していきたいと思います。

参考文献・サイト
・Bangel, Christian et al., Streiten Sie schön!, Zeit Online, 18. Juni 2017, 15:02 Uhr
https://www.zeit.de/gesellschaft/2017-06/deutschland-spricht-teilnehmer-methode-ergebnisse
・”Deutschland spricht” in der Datenanalyse Kuck mal, wer da spricht! In: Spiegel Online, Sonntag, 23.09.2018 08:17 Uhr
・Daum, Matthias, Die Schweiz spricht”: Sie wollen reden. In: Zeit Online, 22. Oktober 2018, 18:21 Uhr
https://www.zeit.de/gesellschaft/2018-10/schweiz-spricht-debattenkultur-polarisierung-gespraeche
・Deutschland spricht Wandel durch Annäherung. In: Süddeutsche Zeitung, 23. September 2018, 21:08 Uhr
https://www.sueddeutsche.de/politik/deutschland-spricht-wandel-durch-annaeherung-1.4142305
・Erdmann, Elena et al., “Deutschland spricht”: Das gibt so richtig Streit! In: Zeit Online, 18. September 2018, 13:45 Uhr
https://www.zeit.de/gesellschaft/2018-09/deutschland-spricht-gespraech-meinungen-analyse
・Exner, Maria et al., Machen Sie mit bei „My Country Talks“! My Country Talks. In: Zeit Online, 4. Juni 2018 um 11:51 Uhr
https://blog.zeit.de/fragen/2018/06/04/my-country-talks/
・Faigle, Philip, “My Country Talks” – oder: Wie eine internationale Debattenplattform für politisch Andersdenkende entsteht, dpa, 21.7.2018.
https://innovation.dpa.com/2018/06/21/my-country-talks/
・Gäbler, Bernd, AfD und Medien II, Erfahrungen und Lehren für die Praxis, OBS Arbeitsheft 95, 19.11.2018, Informationsseite
・Grimme Online Award 2018, Deutschland spricht
https://www.grimme-online-award.de/archiv/2018/preistraeger/p/d/deutschland-spricht-1/
・穂鷹知美「ドイツの「悩める人たちのためのホットライン」――憎しみや人種差別に抗して。アリ・ジャン氏インタビュー」『シノドス』2018年4月20日
https://synodos.jp/international/21246
・穂鷹知美「出生率0.8 〜東西統一後の四半世紀の間に東ドイツが体験してきたこと、そしてそれが示唆するもの」一般社団法人日本ネット輸出入協会、2018年12月16日
・Itten, Anatol et al., Debattenkultur: Fremd, andersdenkend, unangenehm. In: Zeit Online, 12. Juli 2018, 18:14 Uhr
・Kiel, Viola, Deutschland spricht”: Festival der Meinungsverschiedenheit. In: Zeit Online, 23. September 2018, 20:07 Uh
・Riss, Karin, Strolz trifft Madjdi: “Ich hab gerüttelt an ihm”, Der Standard, Österreich spricht, 13.10.2018.
https://derstandard.at/2000089175302/Strolz-trifft-Madjdi-Ich-habgeruettelt-an-ihm
・Mallinckrodt, Marie von, Mit Dialog gegen die Dauerempörung, “Deutschland spricht”, tagesschau.de, Stand: 23.09.2018 22:12 Uhr
https://www.tagesschau.de/inland/deutschland-spricht-berlin-101.html
・My country talks
https://www.mycountrytalks.org/
・Philip Faigle über “Deutschland spricht”: Was Teilnehmer dabei lernen, Medium Magazin, 15.9.2018.(2019年1月20日閲覧)
https://www.youtube.com/watch?v=D3dOA36H2sE
・Schöpfer, Linus, Und dann duzen sie sich. In: Tages-Anzeiger, 22.10.2018, S.2.
・Steinmeier, Frank-Walter, Eröffnung der Dialogveranstaltung “Deutschland spricht”, Der Bundespresident, Berlin, 23. September 2018
・Tausende reden miteinander statt übereinander. Aktion «Deutschland spricht», nhr, t-online.de, 23.09.2018, 19:24 Uhr
・Weydt, Elisabeth, Suche nach der anderen Meinung, “Deutschland spricht”, tagesschau.de, Stand: 23.09.2018 22:32 Uhr
・Zeit Online, Deutschland spricht – Der Auftakt mit Bundespräsident Frank-Walter Steinmeier im Livestream (2019年1月25日閲覧)
https://www.facebook.com/zeitonline/videos/555838708184650/
穂鷹知美(ほたか・ともみ)
異文化間コミュニケーション
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。日本ネット輸出入協会海外コラムニスト、スイスの遊具レンタル館スタッフ。地域ボランティアとメディア分析をしながら、ヨーロッパ(特にドイツ語圏)をスイスで定点観測中。主な活動フィールドは、 異世代および異文化間コミュニケーション、ソーシャル・ゲーミフィケーション。主著『都市と緑:近代ドイツの緑化文化』(2004年、山川出版社)



