- 2019年05月20日 13:53
対話プロジェクト「ドイツは話す」――ドイツ社会に提示されたひとつの処方箋 - 穂鷹知美 / 異文化間コミュニケーション
1/3もしもまだ会ったことがない人で、会う前から、その人の意見が自分の意見の対極にあるとわかっていたら、みなさんはその人に会いたいでしょうか。それとも、できることなら会いたくないと思うでしょうか。会うのを避けたいと思うとすれば、それはなぜでしょう。自分の意見と反対の人と会っていても、不快感や腹立たしさ、あるいは虚しさや不安を感じるだけで、なんの益にもならないと思うからでしょうか。一方、実際に、もしも正反対の意見の人に一対一で会って話をしてみると、印象は変わるのでしょうか。
昨年ヨーロッパでは、これを「もしも」の話に終わらせず、実際に意見の違う一般の人どうしが対話するという壮大なプロジェクトが、いくつかの国で実施されました。ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)では、約42000人が参加申し込みをし、実際に17500人近くの人が、意見の違う相手との対話を行いました。
なんの目的でこのようなプロジェクトが企画されたのでしょうか。また、それに参加した人たちは、どんな理由で参加したのでしょうか。一言でまとめると、これはたんに奇抜でおもしろい体験をするために開催されたわけではなく、企画側にも参加者側にも共通の理解や一種の使命感があって成立したものでした。
今回は、このプロジェクトについてレポートしてみます。その成立経緯や背景をみながら、今のヨーロッパ(おもにドイツ)の人々の心情をさぐり、また、このようなプロジェクトの社会での役割や意義について、参加者や批判的な意見を参考に考えてみたいと思います。

プロジェクトの背景
このプロジェクトはもともと2年前の2017年、ドイツでスタートしました。EU随一の経済大国であるドイツは、近年失業率が約5%にまで低下し、マクロ経済的にみると好景気にわいています。その一方、収入や教育格差が広がっており、社会の流動性は失速してきています。このような状況下、大規模に難民が国内に流入しはじめた2015年ごろから、難民や移民をめぐるテーマなどで世論は大きく分れて対立するようになり、一部の先鋒化した動きが、衝突や暴力沙汰を各地でたびたび引き起こすようになりました。
ドイツ連邦大統領のシュタインマイアーFrank Walter Steinmeierは、このようなドイツの現状を「コミュニケーションしているのでなく、大声でわめいている」だけとし、摩擦や妥協できる準備や努力をしなければ、民主主義は機能しないと警鐘を鳴らします(Steinmeier, 2018)。
一方、異なる意見をもつ人たちへの不信感や無力感をつのらせるだけの社会の対立的な状況を打開するため、有効な手段を模索する動きもでてきます。以前『シノドス』で紹介したジャン Ali Canが設置した、難民や移民に不安や不信感を抱くドイツ人たちに耳を傾ける「悩める人たちのホットライン」もそのひとつです(穂鷹「ドイツの」2018)。
メディア界から生まれた対話プロジェクト構想
普段は報道するだけのメディア界からも、報道という枠を超え、人々に行動をうながすプロジェクトが構想されます。ドイツを代表する週刊新聞『ディ・ツァイト Die Zeit』のスタッフが企画した「ドイツは話す」という対話プロジェクトです(以下、『ディ・ツァイト』を発行するツァイト出版社と、このプロジェクトを実際に企画・実施したスタッフを細かく区別せず、『ディ・ツァイト』と一括して表記します)。これは、近隣に住む政治的意見が異なる人同士が、バーチャルではなく、現実にどこかで一対一で話し会うという面会を、ドイツ全国で決まった日時に一斉に行う、というものです。これだけ聞くといたってシンプルですが、『ディ・ツァイト』の知る限り、世界でも前代未聞の構想だといいます。
もともとこのプロジェクトの構想は、「社会全体がほかの人と話し合うことを忘れてしまった、もしもそれが本当だったら、どうやったらまた人々を会話するよう仕向けることができるだろう?」という素朴な問いから始まったといいます。そして、「自分と意見が異なる人と集中して意見を交換すること」が、ほかの人がどんな風に事物をみているかを理解する数少ない可能性のひとつであるとする最新の研究状況を鑑み、「一番いいのは、対話(話し合い)だ」というシンプルで明快な答えにたどりついたのだといいます(Bangel, et al., 2017)。
『ディ・ツァイト』は、自分たち自身のなかにある「自分たちが確信していることに反する事実(ファクト)を、間違いだと片付けたり、勝手に無視する」傾向は、すでにフィルターバブルであり、つまり「フィルターバブルは、まさにわたしたちの頭の中にある」と言います(Bangel, et al., 2017)。
このようなフィルターバブルを自分のなかにもつと(つまり自分に近い意見しか耳をかさなければ)、自分を失望や危険にさらすことはなく、つねに心地よい自己満足が得られますが、社会の対立など、意見の異なる人が折り合いをつけていかなくてはならない問題を解消することは決してできません。
このため、自分たちのフィルターバブルを脱ぎ捨てて、意見の異なる人たちが「お互いにについて話す代わりに、お互いと話そうMiteinander statt übereinander reden」と、このプロジェクトを立ち上げ、人々に参加を呼びかけました。
プロジェクト「ドイツは話す」が成立するまで
このような構想をどのように実現させたのかを、一回目のドイツの対話プロジェクトの経過に沿って、具体的にみてみましょう。
『ディ・ツァイト』はプロジェクト参加希望者たちに、まず自分の最低限の個人情報(携帯電話番号や郵便番号など)の入力と質問の回答をしてもらいました。質問には、国民が関心をもちそうな政治的、社会的に重要なテーマで、かつ国民の意見が大きく分かれることが想定されるテーマとして、以下のような五つを選びました。
・西側諸国はロシアと公平にやっているか?
・ドイツはマルク(統一ユーロの前のドイツの通貨)にもどるべきか?
・難民を受け入れすぎたか?
・同性の結婚は認められるべきか?
・脱原発は正しかったか?
この質問を、回答者に5段階(まったくその通りだと思うから、半分半分、全然そう思わないまで)で評価してもらうようにしました。
しかし、すぐに問題があらわれます。参加希望者の意見は非常に似通ったものだったのです。どのメディアも読者の判断に日々、影響を与えており、また読者自身も自分が読みたいものを選択することを通して、最終的に読者が類似した意見をもつであろうことは、ある程度想定されていました。しかし、このプロジェクトを実現するためには、意見が異なる人が一定程度以上参加することが不可欠です。このため『ディ・ツァイト』は、ほかの組織、消防隊連盟や赤十字など多数の組織や団体にも、このプロジェクトについて通知をし、より広く人々に参加をよびかけ、最終的に12000人が参加申し込みを行いました。
そのなかからボット(ロボット)でなく本物の人間でドイツ在住の人だけを選別するため、携帯番号がドイツのものでない人や、それで実際に連絡することができなかった人(1700人)、また携帯電話のショートメッセージに応答がなかった人(4500人)を除き、5500人が残りました。その人たちを対象に、質問の回答と郵便番号をもとに、意見ができるだけ異なり、住所が比較的近い人(20キロ以内に住む人)を二人ずつの組みにしていきました。
マッチングの結果は参加希望者それぞれに届けられた後、双方が実際に会ってみたいと回答した場合のみ、それぞれのメールアドレスを通知します。これを使って、個人的にお互いに連絡をとって、具体的に会う場所を決めてもらいました。こうして2017年に、600組1200人の対話が実現しました。
ちなみに、5500人のうち2、3の質問事項に意見の違いがある人同士の組みは1100組にすぎず、残りの多数の人たちは5つの質問のうち4つが同じ回答(ロシアについての質問だけ意見が異なる)の、かなり似通った見解をもつ人たちの組みでした。75人は20キロ内に討論したいというパートナーがまったくいないか、あるいはみつけることができず、対話プロジェクトに参加することができませんでした。
プロジェクトの広がり
翌年の2018年9月には、二回目の「ドイツは話す」が、さらに以下の3点で拡充され、開催されました。
・複数のメディア企業が参加
2017年は『ディ・ツァイト』だけでしたが、2018年は11のドイツのメディア企業(新聞社、公共放送、オンラインメディア)が共同で開催しました。参加するそれぞれのメディア企業が、読者にプロジェクトへの参加を呼びかけ、申し込み窓口ともなったことで、より多くの人、また多様な意見の人に呼びかけることができました。
・参加者の数が前年より増加
2018年は前年の2倍以上の2万8千人が参加申し込みをしました。そのうちマッチングで10014組ができ、最終的に8470人が9月23日日曜の午後3時から、ドイツ中のどこかのカフェや居酒屋で一斉に対話をしました。
2018年にされた質問は以下の7つで、イエスかノーで回答するものでした。
・現在のアメリカの大統領がアメリカにとっていいと思うか(結果は、いいと思うが10.4%)
・10年前と比べドイツは悪くなっているか(そう思うが19.3%)
・ドイツは、国境をもっと厳しく管理すべきか(すべきが28.6%)
・都市の中心部では車の通行を禁止すべきか(すべきが63.4%)
・肉の消費を減らすためにより強い措置を講じるべきか(講じるべきが67.2%)
・#MeTooムーブメントは、性的ないやがらせになんらかのポジティブな影響を与えたか(そう思うが72.4%)
・イスラム教徒と非イスラム教徒は、ドイツで共存できるか(できるが85.1%)
・他国への広がり
『ディ・ツァイト』はこの対話のマッチング作業のため、グーグルの資金提供を受け、(相性が合う人をみつけるデートポータルで使われるアルゴリズムの逆のパターンの)アルゴリズムを開発しましたが、同じアルゴリズムを使ってほかの国でも同じようなプロジェクトを容易に開催できるように、プラットフォーム「My Country talks」を開設しました。
このかいあって、海外から高い関心がよせられ、2018年にすでに14の国や地域(ヨーロッパが多いが、アラスカなどヨーロッパ以外の地域も含む)が、同じようなプロジェクトを計画あるいは実際に実施しました。
ちなみに、対話プロジェクトでは社会で対立が目立つ問題について対話をしてもらうため、テーマ(参加希望者に質問項目となるもの)は事前に企画側のジャーナリストが検討、選択します。そのテーマをみると、移民の受け入れや、移民の移動を管理するために国境をもっと厳しく管理すべきかといった、難民や移民に由来するものが、対話を開催したヨーロッパ各地で選ばれていました。
このテーマが選ばれたからといって、これらの問題がほかの国内問題よりも実際に国内で深刻な問題となっているかはまた別問題ですが、少なくとも人々が注目するテーマであり、政治的な対立の火種になっているということはたしかのようです。




