- 2019年05月15日 22:11
夫婦間の接触禁止に関する特別抗告
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(3) 本件保釈条件は恣意的な干渉である
本件保釈条件によって政府が達成しようとする正当な目的として主張されているのは、ゴーン氏が妻と口裏を合わせて将来の公判において彼女に自己に有利な偽証をさせようとするのを防止すること、あるいは、彼女を通じて「事件関係者」に将来の公判廷で自己に有利な偽証をさせることの防止である。まず、後者がゴーン氏の妻との接触を禁止する正当な目的となりえないことは明らかである。事件関係者である第三者と偽証を共謀する方法は自分の妻にそれをさせることだけではない。本件では保釈指定条件第8項でこのことがすでに禁じられている(妻を通じて証人予定者に接触することも禁じられている)のであるから、それに加えて妻との接触を禁じることは目的に対して明らかに過剰な不必要な干渉である。
それでは前者、すなわち妻を「事件関係者」であるとして、妻に対する偽証の働きかけを防止するという目的との関係はどうだろうか。そもそも、キャロルさんを「事件関係者」と認定することに問題がある。彼女は4月22日付公訴事実には登場しない。彼女はSuhail Bahwan Automobilesの株主でも役員でもない。Good Faith Investmentsとも何の関係もない。今後行われる公判前整理手続のなかで検察官は、彼女を「事件関係者」として登場させる物語を「証明予定事実」として主張してくるかもしれない。そうしたことをあらかじめ予想して「事件関係者」の範囲を広く認定するというのは明らかに不当である。検察官の主観や訴訟戦略に応じて、基本的な権利に対する干渉の範囲や程度が決まるというのは、まさに「恣意的な」干渉に他ならないからである。
原決定は、ゴーンさんが「別件による逮捕勾留中に、事件関係者に対する働きかけを企図していたこと等」を指摘して「被告人が、妻に対して、また、妻を介してその他の事件関係者に働きかけるなど」のおそれが否定し難いなどという。しかし、原決定はその具体的な根拠を何一つ示さなかった。そもそも「別件による逮捕勾留中」とは、本件とは異なる被疑事実に関する――報酬や退職金の額を過少申告したという金商法違反あるいはスワップ取引に関して生じた損失を日産に付け替えたりした事実――による逮捕勾留期間のことであり、その当時、本件が被疑事実として捜査されていたわけでもない。さらに、ゴーン氏は、関係者に対して彼らが事実を話せば自分に対する嫌疑はすぐに晴れるので、彼らに供述するように伝えて欲しいと要望していたのであって、偽証をさせようとしていたわけではない。
「働きかけを企図していたこと」と「罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由」とは同じではない。無実の被告人にとって、「関係者」が警察や検察の威嚇をおそれずに進んで供述してくれるかどうかは、死活問題である。そのような当事者の切実な要求を考えるならば、ゴーンさんが関係者にはたらきかけてその供述を促すということは、冤罪を防ぐための必須の安全装置というべきである。それは刑事訴追を受けた者の正当な防御活動の一環である。このような被告人の行動を捉えて「罪証を隠滅するおそれがあることは否定し難い」などというのは、あまりにも一方的なものの見方である。
キャロルさんはゴーンさんの妻であるから、彼女には夫の刑事訴追につながるような証言を拒否する権利がある(刑事訴訟法147条1号)。彼女の証言を確保することはわが国の刑事司法においてそもそも必須の条件ではないし、優先順位の高い条件ですらないのである。日本の法はそれがなくても良いと言っているのである。比例のテストの一方の考慮要素である目的達成の切実さは低いものと言わなければならない。さらに言えば、彼女はすでに本件訴因について宣誓のうえで証言しているのである。キャロルさんは本年4月11日に裁判所の召喚に応じて、公判前の証人尋問を受けた。検察官は彼女の供述を得る機会を得て、実際に彼女の証言を確保したのである。これによって、彼女とゴーンさんの接触を禁じてまでして彼女の証言を確保する必要性はなおさらに減少したのである。
本件保釈許可決定自体が明言しているように、ゴーンさんが「働きかけを企図していた」時期は昨年12月ころから本年2月上旬ころまでであり、「平成31年2月中旬以降は、別件による逮捕勾留中及び保釈中並びに本件における逮捕勾留中の期間も含めて、被告人による罪証隠滅行為をうかがわせる明確な事情はない」(保釈許可決定1頁)のである。ゴーンさん自身はもちろん、キャロルさんも、またそれ以外の家族も、極めて厳格な保釈条件を誠実に遵守しているのであって、直接あるいは弁護人以外の者を介して事件関係者と接触したことなど皆無である。そうした保釈条件遵守は今現在も励行されているのである。この事実に照らしても、この段階で妻との一切の接触を禁じることが不必要、不合理であり、比例性の認められない過剰な措置であることは明らかである。
ゴーンさんとキャロルさんの夫婦生活に干渉すること――一切の接触を禁じたうえで、その接触の可否を裁判官の裁量に委ねること――が、彼らの生活と人生に計り知れない悪影響を与えることは多言を要しない。家族のなかでも最も親密かつ広範な交流が認められるべきペアである夫と妻が、会うことも話すことも触れることもできない状況を強制される。これほど残酷で非人道的な「干渉」はない。この状態が続けば夫婦の関係自体に問題が生じることにもなりかねない。
ヨーロッパ人権裁判所は、クルコウスキー対ポーランドにおいて、拘禁施設内の秩序維持のために、受刑者の家族の面会回数を制限したり、風防ガラスで遮断して家族同士の直接の接触を許さないことは、家族生活への恣意的な干渉であるとした(6) 。ゴーンさんは受刑者ではない。彼は無罪推定の権利が保障されている(世界人権宣言11条1項、ICCPR14条2項)はずの刑事被告人である。彼は保釈決定を受け15億円の保釈保証金を納めて拘禁施設から解放されたはずである。であるにも関わらず最愛の妻との「直接の接触」はおろか、彼女の顔を垣間見ることすら許されないのである。
想像していただきたい:あなたはベイルート空港で飛行機を降りた途端に検察官に逮捕された;100日間拘束された上で連日5時間の取調べを受けた;起訴されてようやく保釈が認められた;ところが妻との一切の接触が禁じられてしまった;妻の顔を見ることもできない:声を聴くこともできない;妻に触れることもできない;食事や身支度すべて一人でしなければならない;帰宅しても最愛の人はいない;電話で声を聴くこともできない;ベッドで一人でねる;「愛している」と手紙に書くことすらできない。この状態であと何年も過ごさなければならないとして、あなたと奥さんの夫婦の絆はそれでも維持できますか。あなたと家族の運命を決める刑事裁判の準備を整える気力を維持できますか。あなたは正気を保つことができますか。
家族生活の安定は人間の尊厳の基礎である。ゴーン氏は人間の尊厳の基礎を奪われている。本件保釈条件は家族生活に対する恣意的な干渉に他ならない。国際人権規約17条に基づいて取り消されなければならない。
[注]
(1) EU諸国はICCPRとは別に「人権及び基本的自由の保護のための条約(Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms:ヨーロッパ人権条約)」を採択している。同条約8条は次のように国際人権規約17条と同旨の保障をしている:
「1 すべての者は、その私的及び家庭生活、住居及び通信の権利を有する。
「2 この権利の行使については、法律の基づき、かつ国の安全、公共の安全若しくは国の経済的福利のため、また、無秩序若しくは犯罪防止のため、健康若しくは道徳の保護のため、又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機関による干渉もあってはならない。」
(2)HR Committee, General Comment No 16 on Article 17 (The right to respect of privacy, family, home and correspondence, and protection of honour and reputation), 8 April 1988, para 4.
(3)HR Committee, Communication N.K. v Netherland, 10 January 2018, No. 2326/2013, para 9-5.
(4)HR Committee, Communication Deepan Budlakoti v. Canada, 6 April 2018, No. 2264/2013. para 9-5-9-7.委員会は、申立人がカナダで育ち、国籍のあるインドとの接点が殆どないこと;親しい家族が皆カナダで暮らしていること;彼一人をインドに強制退去させた場合、他の家族がインドを訪れるなどして再会する可能性はほとんどないこと;他方で2009年と2010年に2度罪を犯したが、その後釈放されて以降罪を犯していないことから、再犯防止のために国外退去させる必要性はさほど大きくないことなどを考慮して、申立人の退去強制は家族生活への恣意的な干渉であるとした。id., para 9.7.
(5)S. and Marper v. United Kingdom, 4 December 2008, application nos. 30562/04 and 30566/04), para 101-102.
(6)Kurkowski v. Poland, 9 April 2013, Application no. 36228/06, para 93-104.



