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『「おじさん」的思考』韓国語版序文

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 僕の父親はもうずいぶん前に亡くなりましたが、六人兄弟の四男でした。三人の姉妹と一番下の弟は子どもの頃に亡くなり、生きて終戦を迎えたのは男子五人だけでした。

 父は北京で敗戦を迎え、46年に無一物で日本に帰ってきました。そして、北海道の札幌にいた長兄を訪ね、そこで身支度を整え、いくばくかの生活資金をもらって東京に出てきました。次兄は長崎で原爆に被爆し、妻と二人の息子を失い、自分も全身に火傷を負って入院していました。長兄は1945年8月、敗戦直後の混乱期の日本列島を縦断して、札幌から長崎まで旅し、弟を背負ってまた北海道まで戻りました。

 長兄は北海道庁に勤める下級役人でした。彼が父親から受け継いだ家産と呼べるようなものはほとんどなく(祖父は貧しい小学校教師でした)、あったのは弟たちを支援する家長としての責任だけでした。そして、その責任をこの伯父はまことに誠実に果たしたのでした。

 僕は子供の頃、この伯父の家に正月に内田家の人々が集まるときに、どうして父たちがあれほど長兄に対して遠慮がちなのか、不思議でした。それを「古い家制度の陋習だ」と思っていました。伯父が弟たちのためにどれだけの献身をしたのか聞いて、粛然と襟を正したのは伯父が死んでずいぶん経ってからのことです。僕はそのときに「家父長のすごみ」のようなものを感じました。

 かつての日本社会には、そのような風貌を具えた家長がいました。でももう、今の日本にはいない。

 僕の少年時代(1950年から65年くらいまで)、男たちは戦前の家長制の下で成人した人たちでした。だから「家長というのはどういうふうにふるまうべきものか」についてはよく知っていました。でも、法律が変わり、家長は制度的にはいなくなり、家庭は民主的で平等なものになりました。とはいえ、男たちは自分が子供のときにそれを見て育ってきた「家長」以外に自己形成のロールモデルを持ちません。制度としての家長制が消滅した後の時代にあって、それでも家長としてふるまう以外に生き方を知らなかった男たち、それを僕はこの本で「おじさん」というふうに呼んでいたのだと思います。

 ときどき勘違いする人がいますけれど、僕自身は「おじさん」ではありません。100%ピュアな戦後民主主義の申し子です。わが身ひとつの自由と幸福だけを求めて、親兄弟のもとを去り、故郷に二度と立ち戻らないでも平気な「アプレゲール」です。

 でも、そうやって自由気ままに暮らしてきた後、ある年齢に達したときに、少年時代に身の回りにいた「おじさん」たちのことを懐かしく思い出すようになりました。

 家父長としての責任を肩に感じながら、民主主義的な家族の一員たるべく自己陶冶に励んでいた男たち、前近代と近代の水が入り混じった「汽水域」のようなところを生息域にしていた男たち、この奇妙な「種族」は戦後の一時期だけ日本社会に存在し、その後姿を消しました(映像的に確認したいという方には小津安二郎の映画をお薦めします。そこに繰り返し出て来る「悪いおじさん」たち―佐分利信、笠智衆、中村伸郎、北竜二がその風貌を雄弁に伝えてくれます)、。

 この人たちの独特のものの考え方や語り口を誰かが記憶し、書き留めて、そして、できることならそれを後世にせめて「情報」としてでも伝えておいた方がいいんじゃないか、齢知命を過ぎた頃に、そんなことを感じました。それが自分のミッションの一つではないかしらと思うようになりました。

 この本の文章を書いているのは間違いなく「内田樹」という人なのですけれど、あえて言えば、「おじさんに憑依された内田樹」です。

 韓国でももしかすると日本と同じようなことがあったのかも知れません。韓国の家制度は日本以上に儒教的で、家長の権限が強かったはずですから、旧い家父長制が崩れたあとに、かつての家長たちはどうふるまっていいかわからず、ずいぶん当惑したんじゃないでしょうか。

 その時代には、法律的な家父長権はもう失効しているのに、家族を扶養し、支援する義務だけは感じていた家長、権威的で口やかましいせいで、他のメンバーから鬱陶しがられたり、疎んじられたりしながら、「自分がいないとこの家族はまとまらない」とひとり力んでいた孤独な家長、そんな男たちがあちこちにいたのではないかと思います(そう言えば、『国際市場で会いましょう』はそういう孤独で抑制的な家長が主人公でしたね)。

 彼らの多くはもう亡くなってしまったでしょう。でも、今もときどき彼らの風貌を懐かしく思い出す人たちがいるんじゃないでしょうか。そういう方が「ああ、むかし私の周りにも『おじさん』というものがいたなあ」と思って、この本を手に取ってくれると僕としてはうれしいです。

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