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『「おじさん」的思考』韓国語版序文

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 みなさん、こんにちは。内田樹です。 『「おじさん」的思考』お買い上げ、ありがとうございます。

 この本の初版が出たのは2002年、もう17年(!)も前のことです。採録された文章の多くはそれ以前にインターネットのHPに書かれたものですので、古いものは20年以上前のものになります。日本人読者が読んでも「ああ、そんなことも昔はあったなあ・・・」と遠い目をして回顧されそうなエッセイを改めて韓国語に訳して、現代の韓国の読者のお役に立つのだろうか・・・とちょっと心配です。

 それでも、訳者の朴東燮先生が「訳したい」と思ってくれたということは、その中に「今の韓国人読者に読んで欲しい」と思ったような知見が含まれていたということだろうと思います。

 でも、それは何なのでしょう?

 「韓国語版序文」として、それについて少しだけ私見を述べておきたいと思います。

 「『おじさん』的思考」というタイトルに掲げてある「おじさん」というのは、単行本のあとがきでちょっとだけ説明しているように、戦後日本の、それも1950年代から60年代なかばくらいまで僕の周りにいた「日本の、ふつうの、勤勉で、民主的で、平和を愛し、家族思いの男」のことです。

 そういう「おじさん」たちがある時代においてわりと標準的な「大人」であり、それがある時期からふっつりと姿を消した。僕はそんなふうに感じています。そして、「おじさん」たちの消滅をとても残念に思っています。この本はそういう「今はもうあまり見ることがなくなった、戦後しばらく日本社会にいたおじさんたち」に対する僕からの親愛と連帯の表明です。

 日本の家族制度は1947年の民法改正によって大きく変わりました。明治憲法下の「家制度」がなくなったのです。

 家制度というのは、家長を「戸主」と称して、彼に家の統率権限を与えていた制度です。江戸時代から続く、伝統的なものです。家産のすべてを長男が独占的に相続し、必要に応じてそれを他のメンバーに分与する。他のメンバーは進学や就職や結婚などについてもいちいち家長の許可を求めなければなりません。

 家長はそれだけの権限を賦与されていたわけですけれど、同時に弟たち姉妹たちを幼いうちは教導し、扶養し、しかるべき年齢になったら勤め先をみつけ、結婚させる義務も課されていました。その制度が日本社会の民主化と、とりわけ女性の社会進出を妨げていたことは間違いありません。けれども、どんな制度も悪い面だけではありません。ちょっとは「いいところ」もあります。それは自分の我を抑えて、ある種の役割を演じ通すということです。自己抑制の努力が求められたということです。

 家長はただ威張っていればいいというものではありません。家産を管理し、家業を受け継ぐわけですから、本人には職業選択の自由はありません。移動の自由もない。結婚相手だって、政治的意見だって、着るものだって、食べるものだって、趣味嗜好だって、家長にふさわしいものでなければならない。自分ではそうそう勝手には決められない。不自由なものです。

 加えて、弟や姉妹たちから自然な崇敬の念を得ようと思ったら、彼らから「ものわかりのよい、器の大きな人だ」と思われている必要もありました。

 戦前の日本の小説を読むと、だいたい男の主人公は次男三男です。家長からお金を出してもらって高等教育を受けて、卒業したあとも仕事もしないで、ぷらぷらしている。そして、家長に会うといろいろ説教されるので(「遊んでないで、仕事をしろ」とか「早く嫁をもらえ」とか)、お金をもらいに来るとき以外は家にはあまり寄り付かない。そういう男が小説を書いたり、哲学をしたり、不倫をしたり、政治運動をしたり、いろいろな波乱を経験します(家長はドラマの主人公になれないんです。生活が退屈過ぎて)。

 この手の小説を読んで僕が驚くのは、どんな物語でも、家長がずいぶん我慢強いことです。家長には家名に泥を塗るような行為をしたり、家長の指示に違反したりしたメンバーを家から追い出す権利があります。でも、めったにこの緊急避難的特権は行使されません。問題行動を起こす家族のせいでいろいろと迷惑をこうむっても、家長はかなり長い間、じっと耐えている。「不出来な家族に対する寛容さ」というものもまた家長に対してかなり優先的に要求された徳目だったのかも知れません。

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