記事
- 2019年05月13日 08:16
憲法9条改憲の議論がダメ? 議論がしたければ勝手にやって 憲法審で議論する価値も必要性もない
山尾氏が憲法9条改憲論を声高に叫び、それが産経新聞から「異彩」と喝采を受けています。
「山尾氏、憲法発言で立民内で異彩 結束乱すリスクも」(産経新聞2019年5月10日)
「立憲民主党の山尾志桜里衆院議員の「憲法」をめぐる発言が党内で異彩を放っている。改憲論議に後ろ向きな党の方針に反するように、「積極的に応じるべきだ」と繰り返し発信しているからだ。」
山尾氏に言動は、立憲民主党の方針にすら反しているところが、産経新聞から喝采を浴びているところなのでしょう。
そして、山尾氏が石破茂氏とともに改憲に関する集会だそうです。
「石破氏、立民支持者ら勉強会で「党派超え改憲議論を」 山尾氏も質問」(産経新聞2019年5月11日)
「前回の勉強会で講師を務めた立憲民主党の山尾志桜里衆院議員も「一参加者」として出席し、「憲法議論における政党の役割は機能しているか。すごく悩んでいる」と質問した。」
一参加者だそうですが、産経新聞では「」書きとされており、やらせっぽさを伝える報道です。
自らの持論である9条改憲のための議論をしたくてしたくて仕方ない様子がよく伝わってきます。
山尾氏は単なる改憲派というのを超えて、立憲民主党を内側から崩し、安倍自民党の9条改憲に助け船を出す役割を果たしています。
「立憲民主党を内側から破壊する山尾志桜里氏 立憲主義を標榜する看板に偽りあり」
ときおり議論すること自体が何故、ダメなんだというような一見すると正論のような批判をする人たちがいます。改憲派ですね。
議論がしたければ、勝手にやってください。どうぞお好きに。議論のために議論でもやってくれれば結構です。
ところがその議論の場が憲法審査会ということになると意味が全く違うことになります。国会が発議するかどうかを含め、実際の改憲のための「議論」であって、しかも公平な理詰めの議論の場でもありません。数の議論の場です。
もともと改憲については、議論が必要なのかどうかということなんです。
議論が大事って何を議論するのかによるでしょうに。
9条改憲の必要性といったら、安倍氏は自衛隊違憲論に終止符を打つというような立憲主義を全く理解していない(理解する能力はなさそうです)こと丸出しで、これで改憲ですか???
というようなお粗末な理由しか説明できていないわけで、そこには議論の余地など全く存在していないわけです。
「現在の憲法の枠組みでは不都合が生じた、だから憲法を改正して、今まで縛りのあった国家権力の行使を改憲によって認めて頂きたい」、これが改憲の必要性です。
自衛隊違憲論に終止符って本当に人を馬鹿にした改憲理由です。まともな改憲の必要性も示せず、議論も否定するのかって、何だろうと思いますね。
いずれにしても憲法審査会で議論する価値もありません。反対するのは当然です。
しかも改憲に関しては、有権者を騙して得ただけの自民党の議席を前提に議論するなんてとんでもないことです。
「安倍自民党が真正面から9条改憲を訴えたという大ウソ 自民党議員は「9条改憲に反対」を言う責任がある」
改憲の議論がしたければ、どうぞほかで好きにやってください。
「『立憲的改憲-憲法をリベラルに考える7つの対論』(山尾志桜里著)の問題点」
確かに「議論」によって改憲派からみても安倍自民党案はひどいということはよくわかりますよ。
問題点がわかるという程度であれば、議論の場は憲法審査会である必要性はありませんからね。
大人の世界の議論は、こうじゃないですからね!

ところで、改憲について政党がその役割を果たせているのかと山尾氏は疑問を呈していますが、あなたにそのようなことを言う資格はありません。そう思うなら立憲民主党を離党すべきです。
「「最近、活躍の場がないから存在感を示したいのだろう。目立ちたがり屋は困る」
山尾氏の最近の発信について、党幹部は苦虫をかみつぶしたような表情でこう語る」(前掲産経新聞)



