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- 2019年05月12日 17:11
特集:令和元年の日本経済を考える
2/2●日本経済、平成30年間の教訓
ここから先は平成時代の日本経済を回顧してみることにしよう。簡単に言ってしまうと、「名目GDPの重要性を思い知らされた30年」ということになるのではないだろうか。
そのことによる最大の負の遺産は、この時期に20代を迎えた第2次ベビーブーマー世代(1971~74年生まれ)が「就職氷河期」に直面したことである。このために、わが国の人口動態における少子化傾向が決定的になった。今後、仮に合成特殊首相率が2.0を超えるようになったとしても、その頃に20代を迎える世代は1学年100万人前後であり、これは第2次ベビーブーマー世代の半分程度である。残念ながら少子化を止めるのはもう手遅れで、そうなった原因は「1990年代に第3次ベビーブームが起きなかったから」となる。
敢えて良い面を探すとしたら、平成初期の日本経済は物価が高く、「内外価格差」が問題視されていたけれども、今では「先進国の中でも物価が安く、治安が良くて居心地の良い国」になったという見方もできる。平成の30年間とは、インバウンドが284万人(1989年)から3101万人(2018年)へと10倍増した時代でもあった。正直なところ、小泉政権が2003年に「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を始めた時には、理解不能だと感じたものである。それが今では、「観光立国」という目標への異和感は少なくなっている。
筆者もすっかり宗旨替えをして、今では「経済活動の中心を遊びが占める時代」(遊民経済学)を提唱するに至っている。
●令和の大テーマは「財政政策をどう考えるか」
2013年以降のアベノミクスに対する評価はさまざまだが、もっともわかりやすい成功は名目GDPが年率2%程度で伸びるようになったことであろう。そのお陰で何が起きているかと言えば、財政収支が改善していることだ。まことに不思議なことに、昨今の日本経済では10年物金利はゼロ%で、名目GDPは平均2%増である。成長率と長期金利にこれだけの差があると、それだけで財政は好転する。現に基礎的財政収支(プライマリーバランス)は、2013年度の▲23.2兆円から、2018年度の▲10.4兆円へと改善している。
この間、けっして財政支出を引き締めたわけではない。小峰隆夫大正大教授は、平成の経済史を振り返って「5つの不思議」を提起しているが、その第1条として「緊急経済対策が31回も行われた」ことを挙げている1。ほぼ毎年1回のペースである。確かに近年は、不況に見舞われているわけでもないのに、毎年秋になると補正予算が組まれている。意味不明というか、少なくとも「緊急」と呼ぶのは適当ではないだろう。
とはいうものの、令和における財政の将来展望は、以前よりは楽観できるようになっている。世の中には、「日本の財政は破綻するに決まっている」と頭から信じ込んでいる人が少なくないし、少子・高齢化時代において医療や年金制度を維持していくのは、もちろん容易なことではない。それでも成長率(g)が金利(r)を上回るという現状が長期的に続けば、財政赤字を一定の範囲内にコントロールすることは可能なはずである2。
今後、プライマリーバランスを黒字化するためには、最低限2つの条件がある。ひとつは、「今年秋の消費増税2%を着実に実行すること」であり、もうひとつは「2022年までに、75歳以上の医療費負担を現行の10%から20%に引き上げること」である。団塊世代が75歳に到達し、後期高齢者になるのが2022年であるからだ。現行制度のように、「75歳以上は本人の窓口負担10%」になってしまうと、それを20%に戻すのは政治的に困難となってしまう。しかし社会保障制度の持続可能性を高めるためには、これは避けられない課題と言っていいのではないか。上記2点は、令和における経済政策の最初のハードルと言えよう。
逆に金利がゼロに張り付いている令和の日本経済では、財政政策という武器を上手に使う知恵が求められるだろう。というより、日銀の金融緩和政策はほぼ行き詰っており、むしろ副作用の方が懸念されている状況である。となれば、あらためて「財政政策というツール」を検証する必要があるだろう。
●経済議論の最前線:MMTから「新しい見方」まで
思うに今日の経済政策は、政府が財政節度を向上させることで長期金利を低下させ、結果的に民間の活力を喚起した1990年代のクリントン政権の成功体験がお手本となっている。しかし先進国のほとんどで低金利が常態化している現状では、かならずしも同じことを目指す必然性はなくなっているのではないか。米国ではすでにMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)という新説が脚光を浴びている。端的に言ってしまうと、
「自国通貨建てで借金しているなのなら、インフレにならない限り財政赤字は問題ではない。その証拠に日本を見よ」というものである。言わんとするところは、社会保障や環境対策などに政府はもっとカネを使うべし、ということになる。(個人的には勘弁してくれよ、と言いたくなるところである)。
まともなところでは、オリバー・ブランシャール教授が、今年1月に米国経済学会で「反緊縮財政」の基調講演を行っている。いろんなところで「財政政策の再評価」が始まっているわけだが、日本の場合は、「敢えて財政節度を緩めることにより、名目成長率を高めて結果的に財政再建を早める」という逆説的な状況があり得るのではないか。
これは『日本経済の新しい見方』(会田卓司&榊原可人/金融財政事情研究会)が示す考え方である。筆者は以前、週刊ダイヤモンド誌の書評論で本書を取り上げ、以下のように紹介したことがある3。
経済学の教えるところによれば、家計部門に資金余剰があり、それが金融仲介機能によって企業部門に流れ、投資を呼ぶことになっている。現実の日本経済においては、企業は金余りであって、資金の出し手となっている。どうやら、日本企業のアニマル・スピリットが枯渇しているようなのだ。企業が資金の需要家ではなく出し手になっている、という点に問題があることは、多くの人の賛同が得られるところであろう。ただし「ネットの資金需要を拡大する」ために有効なのは財政出動だけなのか。ガバナンス改革なども有効なのではないか。あるいは財政をどの程度、どんな費目で使うべきなのか、など今後の論点は少なくないはずである。
こんなことでは「借り手」は政府部門だけになる。その政府が財政再建に向かえば、ますますデフレが深刻化してしまう。近年の日本経済では、歳出を増やしている時期の方が民間支出は増加する傾向が見て取れる。ゆえにネットの資金需要を拡大するために財政支出を増やすことが必要だという。
さて、上記の議論、令和10年ぐらいになって読み返したときに、どんな風に受け止められることだろうか?
1 それ以外の4点は、②なぜ円高恐怖論が蔓延するのか。③なぜ消費税は嫌われるのか(社会保険料は引き上げられているのに)。④改革はいくつも行われたが、なぜ事後的検証がないのか。⑤なぜ経済学者の主張は現実の政策に反映されないのか、である。I can’t agree more!
2 かのピケティ著『21世紀の資本』が示した公式はr>gであった。
3 2018年4月21日号の「私のイチオシ収穫本」。あいにくほとんど反応がなかった!
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



