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なぜオウム一斉死刑は令和直前だったのか

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■平成とオウム史は同じ「31」年だった

はて、「31」はどうしたのでしょうか。実は、オウム真理教が前身のオウム神仙の会から真理教へと改称したのが1987(昭和62)年でした。そこから地下鉄サリン事件まで8年。さらに麻原ら13人の死刑までは23年。31年経っているのでした。もちろん平成の31年は序数ですから、死刑の年は「オウム真理教暦」というものがあれば32年ですけれども、信者死亡事件の年から数えると序数でも31年になります。

平成とオウム真理教が同じ「31」。ある意味、当然です。昭和の終わりと「王の死」をいよいよ意識するところからオウム真理教の破滅的性質が顕在化したとも考えられますから、改元時期がオウム真理教の過激化と重なるのは当たり前。平成の終わる前に、新天皇即位に伴う恩赦があるとしても、そこにオウム真理教の死刑囚の問題を絡めたくないので、改元前、少し早めに死刑執行してしまうのは、国家の論理として当たり前。

昭和の終わりに生まれ、平成の終わりに死す。平成史はこのように「オウム史」としても語れてしまうのです。

■ポスト平成史に訪れた“仮想敵”とは違うモノ

でも、それだけではありません。特に第二次安倍内閣以降の平成史・ポスト平成史には、今度は「オウム史」のなぞりとして語れる部分があるのではないか。そのようにも思うのです。

オウム真理教は危機を妄想して教団内の結束を高めてゆきました。ヒトラーにとってのユダヤ人が、麻原にとってはたとえば米軍になり創価学会になり日本政府になった。しかし、危機は非日常ですから、なかなか長く持続できるものではありません。ヒトラーの政権は12年。オウム真理教がその教団名になってからテロで自壊するまで8年。危機を煽って内部を結束させても寿命はだいたいそのくらいということです。

しかし、平成20年代、あるいは2010年代の日本には、違ったタイプの危機が訪れているような気がします。

まず地震。日本列島周辺の地殻は活動期に入って大地震が頻発しておかしくないと、学者たちは口をそろえます。その言説に真実味があると、この列島に暮らしているわたくしどもは思わざるを得ないでしょう。原子力発電所の事故が絡むと、場合によっては亡国。驚くべき危機的時代です。

しかも人事でなく天変地異のことですから、何十年とか百年とかで危機の幅を考えねばならないでしょう。言わば慢性的危機なのです。そこに、北朝鮮や中国の脅威論、日米同盟の持続性の議論、さらに経済破綻の恐怖まで絡んでくる。何れも危機としてはかなりダラダラ続くタイプになっているでしょう。

■「死」が見えず、終わりのない危機が進行している

つまり、危機意識を梃(てこ)にした国民のファシズム的連帯が、今日の日本には志向されているきらいがなくはなく、それは新興宗教的に言えば国民のカルト化と結びつく可能性もあるでしょうが、昭和の戦争の時代やオウム真理教の末路のようにエスカレーションしてゆくのとは性質が違う。

危機が昂進(こうしん)して一挙にカタストロフに至る可能性はさまざまな次元で存在しますけれど、どの危機もダラダラと際限なく続いていく公算も高い。

終わりなき非日常であり、終わりなき危機です。アメリカが2001(平成13)年に言い始めた「テロとの戦い」というものが、そもそもそういう性質です。

際限なく果てしない危機。それが時代を特徴づけているのです。

死や終末がはっきり見えてこないのだが、危機だ、国難だ、と言われ続け、もう当たり前になってしまっている。なかなか不思議な時代と言えるかもしれません。そう、平成の終わりにも「死」がない。「生前退位」ですから。麻原彰晃が煽られていたに違いない、あのエスカレーションしてゆき、瀬戸際まで追い詰められてゆく、昭和の終わりの死の重圧が、平成の終わりにはありません。

本当の死があれば、そのまま滅亡か、それとも新生・再生か。二者択一に追い詰められます。そこまで、恐ろしい話ですが行ってしまうときは、ナチス・ドイツや大日本帝国やオウム真理教のようにひたはしる。レミングのような死の跳躍があります。死の跳躍が激しく起こるのは、平時や健康時とのコントラストがきいているからでもありましょう。

■慢性的な非常時に生まれた「令」の意味

ところが、世界的には2001年9月11日からかもしれませんし、日本的には2011(平成23)年3月11日からかもしれませんが、この世は慢性的に非常時になったのです。ずっと平時がない。したがって平時とのコントラストが付かない。死の跳躍のときがとりあえずずっと繰り延べられているかのような、長い長い危機の時代なのです。

佐藤優、片山杜秀『平成史』(小学館)

昭和史とも「オウム史」とも似ているようで似ていない、平成後期史・ポスト平成史の特性です。オウムの「31」は死刑という死で切断されて結ばれたが、平成の「31」は崩御という死を伴わずに、グラデーションたっぷりに次代へと移行します。同質の危機の時代がしばらくは、いや、もしかして永遠に、続くのでしょう。

そういえば、総理大臣がテレビ演説において、自らが元号制定に与えた影響力を誇示するような調子で、元号の言葉としての意味をたっぷり説明するという、前代未聞のかたちで発表された新しい元号の、その画数は、「31」を裏返した「13」です。

だからどうしたということではないのです。ともかく、跪き平伏すという意味をいちばんにはあらわすがゆえに、字の内在する高圧性を避けたいということで、元号には使われることがなかったのではないかとも思われる「令」という漢字を、初めて入れた元号の世を迎えることになりました。よくよく注意して生きたいものです。

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片山杜秀(かたやま・もりひで)

慶應義塾大学法学部教授

1963年、宮城県生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。音楽評論家としても定評がある。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』、共著に『現代に生きるファシズム』などがある。

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(慶應義塾大学法学部教授 片山 杜秀 写真=時事通信フォト)

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