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長期停滞は金融政策、財政出動では抜け出せない。活路は教育と労働市場の流動化にある。

ローレンス・サマーズとベン・バーナンキらが長期停滞論争について語った「景気の回復を感じられないのはなぜか」を読んでいて、ふと気づいたことがあった。彼らは、アメリカの経済学者らしく客観的な数字を挙げて、根拠に基づく議論をしている。だが、逆に言うと、数字に現れない経済的要因を見落としているのではないか?そして、それが日本における「長期停滞」の原因ではないか、と。

資源国ではない国が、発展途上段階にあれば、経済発展を決める要素は単純だ。発展段階であるが故に通貨は安く、人件費も安い。当然、輸出には有利な価格条件となり、単純な製造業は国際的に優位となり、貿易は増大し、国富も増大していく。

日本においても、戦後しばらくの間の発展は、この例に習っていた。繊維産業であったり、鉄鋼の板や履物、ミシンなど比較的単純な製品を圧倒的に優位な価格でもって輸出攻勢をかけ、発展の基礎を築いたのだ。

しかし、国富の増大に連れ、通貨は高くなり、人件費も高くなり、産業構造に変化が生じる。そこで成長にストップがかかり、次の段階に進めない国も世界には多く見られる。

これに対して日本が鉄鋼➡︎家電➡︎自動車の輸出という次の段階に発展していったのは、日本人の勤勉さに加え、モラルや治安が確立していた上に、教育制度が画一的ながらも良く整備されており、段階的に高度化していった製造業を支える勤労者を生み出すことに適していたからだろう。

価格的条件では同じような状況にある国は複数あるだろうが、その中でも勝ち負けはある。その理由は数字以外のところにあるはずで、このあたりは、数字を分析することを主体とする経済学からは出てこないところだ。

さて、平成に入り、バブルが弾けた後、日本経済が長期停滞に陥っているのは周知のとおり。その原因については、人口減少時代に入ったことによる人口オーナス(人口は増える時代には自然な需要増や労働生産年齢人口増加などで経済がプラスに発展していくのを人口ボーナスというが、その逆で人口減少が経済にマイナスに働くことを人口オーナスという)が主因であることは間違いない。

それと共に、時代の進歩によりそれまでになかった需要減が生じたことも停滞の原因であろう。これも数字には現れず、経済学の俎上に載りにくいものである。大まかに言って平成10年頃まで、情報通信がここまで発達する以前は、遊びといえば外に出ることであった。冬はスキーやスノボ、夏は海水浴やスキューバやサーフィン、そして休日の社会人はゴルフであった。

それらのレジャーには車や様々な用具が必須で、かつ友人らと集って出かけることが多いものであった。当然外に出れば外食や交通費など経済に落とされるお金も多く生じる。また、映画は映画館で見るものであり、漫画や本も本屋で買うものであった。映画館や本屋があれば、従業員の雇用も生まれ、テナント料も発生していた。

それが、若者だけでなく中年層に至るまで、遊びといえばゲームが主体となり、そのゲームもゲーム機を買い、ソフトを買って楽しむゲームからスマホとアプリ以外は何もいらないスマホゲームに変わり、映画もNetflixやAmazonなどで家で見るものに変わってきている。しかも、Amazonプライムなら視聴料さえかからない。現代というのは、進歩によって消費が減少する時代に突入してしまっているのだ。

そして、もう一つ、薄々感じてはいたが今回改めて気づいた経済学に現れない要素がある。それは、先進諸国においては、新たなステージとして高度の情報・知識集約産業の時代を迎えているが、これに適応するためにはそれに適した社会制度や教育が必要であって、これらを備えた国が勝ち抜いて行っているのではないか、ということだ。

当たり前、と思われる方もいるだろう。だが、日本の教育制度や社会制度が、現在の新たな段階に入った資本主義というか経済発展の段階に対応しておらず、このままではその理由から負け組となる、と指摘する声はまだあまり聞かない。

今の日本の教育制度は、画一的かつ高品質な製品を生産するのに向いた人材を大量に供給するための教育システムのままであり、新しい段階を迎えた資本主義や産業に適応していない。だからここ20年近く、一時は世界をリードしていた家電製品などの分野でも韓国や台湾などの後発組に追い越されて完全に置いていかれ、また、世界に出て行ける全く新しい創造的企業(例えばApple,Amazon,Facebook)が育っていないのだ。

唯一の勝ち組といっていい自動車産業でさえ、電気自動車化そして運転自動化時代を迎え、転落する恐れも大きいと囁かれているのも周知のとおりだ。

次に、日本の社会制度において、根本的に創造的企業創設に向いていないところを指摘しよう。それは終身雇用制度とこれに付随して判例上築き上げてこられた厳しい解雇規制、その結果である労働市場における流動性の低さだ。

大企業だけでなく、企業や街の小売店の存続が永遠に思えた昭和の時代ははるかに遠い。勝ち組と思われた企業があっという間に負け組になり、あるものは潰れ、あるものは外資に売却される。シャープやダイエーなどの例を出すまでもない。企業の存続というか寿命が短くなり、かつその中身も変転を余儀なくされている。

ところが、解雇規制は昭和のままであり、それらを反映して非正規雇用が増大する一方で、正規・非正規労働の間に階級差別とも思われるような厳然たる差異が残されたままだ。労働市場において、流動性は、非正規相互間でこそ確保されているものの、非正規➡︎正規の流動性は無いに等しい。

したがって正社員に一度ならなかったら、その後も不安定な就職先しか探せない。だから、若い才能がチャレンジングに新しい企業を自ら興すということが一般的にならない。大学生のガレージから始まったようなMicrosoftが出て来にくいのだ。

さて、現在の日本の構造的不況というかデフレに対して日銀が取っているのは国債の大量買い入れやゼロ金利政策でマネーの供給量を増やすというマネタリーな金融政策である。

政府がとっているのは国債大量発行に支えられて歳出を増やすというケインジアン的な、あるいは公共投資を重視するサマーズ的、インフレになるまで財政赤字は気にしなくていいというMMT的な政策だ。

しかし、いくら金融・財政的手当をしても、これから50年以上続くことは確実な日本に課せられた負荷である人口オーナスは変わらない。これらの政策は対症療法とは成り得ても根本的な解決策にはならない。そして、未来への負荷は増していく。

 それよりはむしろ、経済学以外のいわば定性的分析に基づき、教育システムを徹底的に見直し、兎にも角にも創造性を磨き育てるシステムに変えていってはどうか。

そして、新しい芽を育ちにくくさせていると共に、日本の社会に分断を生んでいる労働市場における流動性の欠如を無くすための抜本的対策に取り組んだらどうだろうか。具体的には、北欧のような失業手当や再教育制度を伴った解雇規制の緩和か、あるいは法的な正社員・非正規社員間の差別撤廃(ボーナス、退職金、昇進全ての面)のどちらかの方策が考えられる。日本の社会に受け入れられやすいのは後者だろう。

異次元緩和や公共投資などの従来型思考では、人口構成において大きなハンディを負った日本は世界で勝ち抜いていけない。待っているのは負け続ける未来、今まで見下していた近隣諸国に次々と追い抜いて行かれる世界だ。

日本や日本人の持つ勤勉さや正直さという特性を生かし、才能で勝負できる社会に作り直せば、勝機はある。やるしかないのだ。

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