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「蛇(米国)に睨まれたカエル(日本)」トランプ訪日の舞台裏 - 海野素央 (明治大学教授、心理学博士)

今回のテーマは、「トランプ訪日と危険要因」です。ドナルド・トランプ米大統領は、ロシア疑惑に関する捜査結果「モラー報告書」をまとめたロバート・モラー特別検察官と、同大統領の司法妨害のカギを握るドン・マクガーン元大統領法律顧問の議会証言を必死に阻止しています。

仮にモラー・マクガーン両氏の議会証言が実現した場合、トランプ訪日及び日米関係にどのような影響を及ぼすのでしょうか。本稿ではトランプ訪日に伴う危険要因を探ってみます。

9日、昨年のワールドチャンピオン、ボストンレッドソックスの訪問を受けたトランプ大統領( REUTERS/AFLO)

トランプの「政治的煙幕」

モラー報告書は、トランプ陣営とロシア政府との共謀は認定できなかったと結論づけました。しかも、ウィリアム・バー米司法長官はトランプ大統領の司法妨害に関しても、証拠不十分として、「シロ」と結論を下しました。

しかしモラー報告書には、トランプ大統領にとって不都合な内容が詳述されています。たとえば、同大統領がモラー特別検察官の解任をマクガーン元大統領法律顧問に指示したこと、ジェームズ・コミー元米連邦捜査局(FBI)長官に自分が捜査対象ではないと公表するように迫ったこと、トランプ陣営がロシアの情報機関と関連のある人物とニューヨークで米中西部における選挙戦略について情報交換をしていたことなどが、事実として明記されています。

さらに、トランプ政権で司法長官代行を務め、約30年間にわたり検事の経験があるサリー・イエーツ氏の発言も、トランプ大統領にとって不利に働くことは明らかです。イエーツ氏は、米NBCニュースとのインタビューの中で、モラー報告書を「(トランプ大統領にとって)致命的な描写」と表現し、同大統領は「潔白ではない」と強調しました。

そこでトランプ大統領は、米国民の目をモラー報告書の内容から逸らせる戦略に出ました。2016年米大統領選挙において、「米情報機関がトランプ陣営に対してスパイ行為をした」と主張したのです。そのうえで、「クーデターを試みたが失敗した」「ウォーターゲート事件よりも重大だ」と語気を強めて語り、情報機関の職員を「人間のクズだ」と呼んで激しく非難しました。

「トランプ陣営にスパイを送り込んで、でっち上げのロシア疑惑の捜査を行ったモラーチームの捜査員こそ捜査されるべきだ」「ワシントンの情報機関は沼のように腐っている」というメッセージを発信しています。要するに、「政治的煙幕」を張り、モラー報告書の内容から情報機関によるトランプ陣営へのスパイ行為に米国民の関心をはぐらかそうとしているのです。

合衆国憲法の危機

これに対して、議会民主党はトランプ大統領の司法妨害に対する追及の手を緩めていません。その結果、同大統領と議会民主党の対立はエスカレートしています。

下院司法委員会のジェロルド・ナドラー委員長(民主党・ニューヨーク州第10選挙区選出)は、米議会に黒塗りのない完全な捜査報告書を提出するようにバー司法長官に強く要求しました。しかし、トランプ大統領は大統領特権を発動して阻止しました。

下院監視・改革委員会に所属するジェリー・コノリー議員(民主党・バージニア州第11選挙区選出)は、米公共放送(NPR)とのインタビューで、トランプ大統領の言動は権力のチェックとバランスを掲げた「合衆国憲法の危機」を招いていると指摘しました。トランプ政権は、行政監視義務がある米議会が出した召喚状を公然と無視しているというのです。

さらに、コノリー議員はリチャード・ニクソン元米大統領とトランプ大統領を比較し、「ウォーターゲート事件の捜査ではニクソン大統領は閣僚やホワイトハウスのスタッフが宣誓して議会証言を行うことを許可した」と説明しました。そのうえで、「召喚状に応じない個人は議会侮辱罪に問われるだとう」と警告を発しました。

バーvs.モラー

トランプ政権と議会民主党の対立激化に加えて、バー司法長官とモラー特別検察官の意見の不一致も顕著になってきました。

トランプ大統領の司法妨害を認定しなかったバー司法長官に対して、モラー特別検察官が不満の書簡を送っていたことが明らかになりました。モラー報告書は共謀と司法妨害の2巻から構成されています。モラー氏は、書簡の中で捜査チームがバー氏に提出した各巻の序文及び要約を公開するように求めました。モラー氏は米国民が報告書の要約を精読すれば、バー司法長官と同じ結論には至らないと確信しているのでしょう。

では、米国民はバー・モラー両氏の対立をどのように捉えているのでしょうか。

米NBCニュースとウォール・ストリート・ジャーナル紙の共同世論調査(2019年4月28日-5月1日実施)によれば、18%がバー司法長官を肯定的、25%が否定的に捉えており、7ポイント否定派が上回っています。一方、モラー特別検察官に対しては31%が肯定的、19%が否定的にみており、肯定派が否定派を12ポイントもリードしています。

米公共放送、公共テレビ(PBS)及びマリスト大学(ニューヨーク州)による共同世論調査(同年4月24-29日実施)では、バー司法長官の仕事に対する支持は38%であるのに対して、54%がモラー特別検察官の捜査を支持しています。

従って、両氏の対立はモラー氏に軍配が上がっているといえます。ただ、トランプ大統領が最も重視している米中西部ではモラー氏の支持率が下がり、バー氏のそれが上がっている点にも注目です。

ちなみに、モラー報告書公開後のトランプ大統領に対する米国民の評価も紹介しましょう。世論調査で定評のある米クイニピアック大学(コネチカット州)の調査によれば、57%が同大統領が「犯罪を犯した」、54%が「司法妨害を試みた」と回答しています。米ABCニュースとワシントン・ポスト紙の共同世論調査(同年4月22-25日実施)では、「トランプ大統領はモラー特別検察官の捜査に対して真実を語ったか、うそをついたか」という質問に関して58%が「うそをついた」と答えています。

つまり、米国民の過半数がトランプ氏を「犯罪を犯した」「司法妨害を試みた」「うそをついた」大統領と捉えているのです。

日本のトランプへの「加担」

ナドラー委員長は、モラー特別検察官とマクガーン元大統領法律顧問に召喚状を出し、5月末までに議会証言を行うように求めています。仮に公聴会が実現すれば、全米で生中継されることは間違いありません。トランプ大統領の訪日は同月25日です。

トランプ大統領は日本に滞在中もモラー・マクガーン両氏の対策に追われ、「こころ日本にあらず」の状態になる可能性が高くなります。もし両氏の公聴会が開催されて、米国民が彼らの生の声を聴けば、世論調査における「犯罪を犯した」「司法妨害を試みた」及び「うそをついた」の数字は確実に上がるでしょう。

となると、ロシア疑惑で「クロ」と認識されている大統領と新天皇との会見並びに宮中晩さん会は、米国民から一体どのような目で見られるのでしょうか。

トランプ大統領は2月15日、ホワイトハウスの庭ローズガーデンで安倍晋三総理が、同大統領のノーベル平和賞受賞を推薦したと明かしました。この件に関して、親日派のコノリー下院議員や、大統領選挙に出馬しているべト・オルーク元下院議員の政治コンサルタントは、日本がトランプ大統領に「加担」しているとみていました。たとえモラー特別検察官とマクガーン元大統領法律顧問の議会証言が実現しなくても、今回のトランプ訪日はこの否定的感情をさらに強化することは確かです。

従ってトランプ訪日は、「トランプ-安倍」両首脳の関係といった狭義の意味での日米関係の絆を深めるかもしれませんが、米国の無党派層、民主党支持者及び共和党穏健派を含めた広義の意味での両国の関係にはマイナスに働くと言わざるを得ません。

加えて、もしモラー・マクガーン両氏の公聴会が開催されれば、懸案となっている日米の貿易交渉にも少なからぬ影響を与える公算が高まります。というのは、米国民の関心が公聴会に向くのを阻止するために、トランプ大統領は必ず対策を講じていくるからです。

率直に言ってしまえば、トランプ大統領は大きな成果を上げようと農産品の関税引き下げ並びに自動車の数量規制で、日本に大幅な譲歩を迫ってくるかもしれません。さらなる米国製防衛装備品購入の要求も当然含まれるでしょう。

こうなれば、もう日本は「蛇(米国)に睨まれたカエル(日本)」のようになってしまうとしか言いようがありません。結局、トランプ訪日には考慮すべき危険要因が存在しており、同政権下における広義の意味での日米関係の行方は、まったく楽観視できないということです。

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