- 2019年05月10日 07:35
夫婦間の接触禁止を保釈条件とする保釈許可決定に対する準抗告
1/24月25日付保釈許可決定に付された夫婦間の接触禁止という保釈条件に対して、それは家族生活に対する政府の恣意的干渉を禁じる国際人権規約17条に違反するという趣旨の準抗告を申し立てました。
保釈許可決定に対する準抗告申立書
東京地方裁判所裁判官島田一がなした本年4月25日付保釈許可決定につき、次のとおり準抗告の申立てをする。
申立ての趣旨
本件保釈許可決定に付加された指定条件第8項のうち、キャロル・ナハスに関する部分を取り消す。
申立ての理由
島田一裁判官は、本件保釈許可決定の指定条件として、カルロス・ゴーン氏がディヴィデンドゥ・クマール、ジル・ノルマンら「事件関係者」と直接または弁護人以外の第三者を介して接触することを禁じた。そしてそれに加えて、ゴーン氏の妻である「キャロル・ナハスについても、同様とするが、前もって、裁判所に対し、面接•連絡を行う日時、場所、方法及び事項を明らかにして接触することの許可を受けた場合を除く」との条件を付加した。
ゴーン氏は、4月26日、この指定条件に基づいて、4月29日から5月7日まで毎日午後2時から午後5時までの間の1時間、弁護士法人法律事務所ヒロナカ又は高野隆法律事務所の会議室において、お互いの「安否、健康、家族、近況に関する事項(本件事件の内容に関係する事項を除く)」を確認するために、「弁護人立会いの下での面接、又は弁護人立会いの下での電話(保釈指定条件10項のもの)若しくはパーソナルコンピュータ(保釈指定条件11項のもの)による通信」を行うことの許可を求めた。
しかし、島田一裁判官は「職権を発動しない」と一言だけ述べてこれを許可しなかった。そのために、ゴーン夫妻は、本年4月4日早朝の逮捕以来現在まで、面接、通信その他一切の接触ができない状況が続いている。
夫婦の一切の接触を禁じたうえ、極めて制限された範囲内での一時的なコミュニケーションすら裁判官の裁量判断にかからせている本件保釈条件は、家族生活に対する恣意的な干渉を受けないことを保障した市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)17条1項に違反する。直ちに取り消されなければならない。
1家族生活に対する恣意的な干渉を受けない権利
国際人権規約17条第1項は次のように定める――「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない」。続けて、同条2項は「すべての者は、1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する」としている。
家族は、「社会の自然かつ基礎的な集団単位である」(世界人権宣言16条3項)。家族という基礎的な集団単位を形作るその基礎にあるのは「夫婦」という男女のペアである。家族や夫婦という人の結合が人類の集団的営みの基本なのである。世界人権宣言もそして国際人権規約も、この人類の生存と発展の礎ともいうべき基本権を宣言し、それが不当な干渉を受けないことを確保しようとするのである。
規約が「家族」(family)を「私生活」(privacy)や「住居」(home)、「通信」(correspondence)と並べてそれへの「干渉」(interference)から守ろうとしているのは、偶然ではない。これらは私的で親密な空間、政府や他人から干渉を受けない秘密の領域として確保されることが、人間にとって重要な意味をもつ概念なのである。そうした秘密の領域がなければ、個々人の人間性は破壊されてしまう。これらの領域は人間の尊厳を確保するうえで欠かせないものなのである。
2恣意性の判断基準:比例テスト
規約が保障する権利に対する侵害や干渉が「恣意的」(arbitrary)か否かを審査する基準として、規約人権委員会(ICCPR28条以下)やヨーロッパ人権裁判所(同条約19条以下)(1) が採択している基準が「比例テスト」(proportionality test)と呼ばれるものである。比例テストは、干渉が恣意的か否かを次の3段階のテストを通じて審査する。
1)公的機関による問題の措置や行動はそもそも「干渉」(interference)と呼べるものか?
2)そうだとして、当該措置や行動は正当な目的(legitimate purpose)すなわち、深刻な犯罪の捜査、訴追や公判、あるいは、他者の権利の保護に役立つものか?
3)そのような干渉は民主主義的な社会にとって必要なものか?
規約人権委員会の一般的見解は「恣意的な干渉」の意味についてこう述べている――「締約国の法に定められた干渉であっても、規約が定める条項その趣旨及び目的に従ったものでなければならず、いかなる場合においても、当該具体的な状況のもとで合理性の認められるものでなければならない」(2) 。
規約人権委員会は、N.K対オランダにおいて、「適格な公的機関といえども、個人に対して彼の家族との接触を禁じることができるのは、規約が理解する民主主義的な社会の利益のために必須と言える場合のみである」と指摘した(3) 。
規約人権委員会は、また、家族の一人である被疑者を海外に強制退去させることが家族生活に対する恣意的な干渉にあたるかどうかが問われたディパン・バドラコッティ対カナダにおいて、家族生活に対する具体的な干渉が客観的に正当化されるかどうかを評価するための適切な考慮要素は、一方において、締約国がその個人を排除する理由の深刻さであり、他方においては、その排除の結果として家族とそのメンバーが直面するであろう困難の程度であるとした。
この事件について、委員会は、被疑者の家族生活に対する干渉(被疑者を国外に退去させること)は、さらなる犯罪を防止するという正当な目的と比例し得ない過大なもの(disproportionate)であると結論したのである(4) 。
また、ヨーロッパ人権裁判所の判例は次のように指摘している。