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  • 境治

昭和を解決できないまま、平成が終わった~令和を迎えた昭和世代の責任~

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私たちは昭和が残した課題を、何一つ解決できていない

この連休中に元号が変わった。平成が終わり令和という新しい時代に入ったことは素直によろこびたいと思う。だが少々、テレビをはじめとするメディアははしゃぎすぎていたようにも感じた。昭和が終わり平成に変わる時の重苦しさ、喪に服してないと非国民扱いされかねない空気よりずっといいが、ここまで浮かれるものかという気もする。それは特に私が昭和世代だからかもしれない。何もできないまま平成が終わってしまったことに、焦りのようなものが胸の中で疼くせいだ。

私は1987年に社会人になった。2年後に平成になり、その後結婚し息子と娘が生まれ、二人とも成人になった。つまり平成はほとんど私が大人として過ごした期間だった。大人としての主要期間が丸々平成だったのだ。だから平成という時代に責任を感じる。いや、令和という時代を迎えて平成が終わる時、その平成に対する自責の念が湧いてきたのだ。ああ、何もできなかった。何も変わらないまま平成が終わってしまう責任の一端を、間違いなく私は負っている。昭和世代はみんなそう言えると思う。

ここで言う昭和世代とは、平成の大半を大人として過ごした人びとだ。私より上の人はみんなそうだし、2000年あたりまでに社会人になった人はみんな昭和世代と規定できるだろう。年齢でいうと今、40歳以上の人たちだ。そこに入る人は、あなたも私も、平成に責任がある。

平成への責任とは何か。私が考えるのは、昭和の課題を解決できなかったことだ。30年間も時間があったのに、前の時代の良くないところを良くできなかった。ほとんど手付かずでそのままになっている。そのことを、平成が終わって今さら悔いているのだ。なんとも情けないことだと思う。

日本の会社、という諸悪の根源

昭和の良くなかったところとは何か、それについては5年ほど前に書いたブログ「日本人の普通は、実は昭和の普通に過ぎない」を読んでもらえるとわかりやすい。


このビジュアルを上の画像と対比してもらえばわかる通り、この時の続きを今書いている。シリーズメッセージ、のようなことだ。 この時書いたのは、日本が抱える問題はほとんど昭和に源があるということだ。もっともポイントとなるのが、戦時体制の話だ。

日本の社会構造を形成する制度のほとんどは、戦時中にできたものだった。そのルーツをたどると、当時できたばかりのソビエト連邦の社会主義に行き着く。日本の戦後の制度は、ソ連の社会主義をベースにした独特の不思議な制度で戦争遂行のためにできたものだ。それがGHQが来ても手付かずのまま残った。日本という国は戦後に民主的に生まれ変わったように見えて、本質は戦時体制のまま続いて、高度成長の時代に経済的勝利をもたらした。大まかにそんなことが書かれている。

それは経済学者・野口悠紀雄氏の「1940年体制」に書かれていることだ。私は1995年にこの本に巡り合ってようやく、高校生の頃からこの国に感じていた澱みの原因がわかった。

戦時体制の根幹は、そして私が感じていた澱みを生み出しているのは、日本の会社制度に集約されている。資本主義を体現しているはずの株式会社制度は、日本ではまるで社会主義のシステムのように機能してきたのだ。終身雇用と会社別組合と、銀行による間接金融。この3つが組み合わさって日本独特の、資本主義のようで社会主義的な株式会社の制度が成立している。

ここではその問題点をわかりやすく終身雇用に絞って論じていきたい。終身雇用を事実上絶対ルールにしてしまった日本の会社という独特の制度、組織のあり方こそが、私が言う昭和が残した課題だ。

国と個人の間に会社が入り、個人の面倒を見る不思議

経営者は従業員の雇用に責任を持つ。これは当然と言えば当然かもしれない。だが日本では、雇用に責任を持ち続けねばならない。一度採用したら、定年まで面倒を見るのが義務であり、その責任を放棄すると非人間扱いされる。それに司法の判例でも、簡単に従業員を辞めさせることはできない。これは従業員に対して優しいようで、同時に主体性を奪っている。

私はコピーライターとして31歳の時にフリーランスになった。退社してよくわかったのだが、日本の会社員は税金と社会保険の面倒を全て会社に任せきっているのだ。源泉徴収とは世界的に行われている制度ではない。給料から会社があらかじめ税金を払うという大きなお世話が、日本では会社の義務だ。この源泉徴収制度も、1940年体制、戦時中にできた制度の一つだ。国家が税金を徴収しやすくするために会社に徴収させる奇妙な制度だ。ただ源泉徴収制度は日本だけではない。

日本だけの奇妙極まれる制度が、年末調整だ。源泉徴収で大雑把に徴収した税金が、個々人の状況に合わせて払い過ぎた分を返してくれる。その計算もやるのは個人ではなく会社だ。かくて会社員は自分がいくら税金を払っているかも、なぜその金額なのかも知る機会がない。そんな制度で国民主権が成立するのか疑わしくないだろうか。

この年末調整が象徴するように、日本では国と個人の間に会社が入ってくる。会社を通して国は個人を把握し、個人は福利厚生を受ける。この時点でおかしなことだと私は思う。

ただ、受け取りようによっては、会社が個人がなすべき計算を肩代わりしてくれる良い制度とも言える。だが終身雇用のもっと大きな罪は他にある。社会が変化に対応できないのだ。それこそが平成への悔恨であり、この30年で変わるべきだったポイントだ。

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