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「結果として沖縄に大変な迷惑をかけた、大いに反省」鳩山由紀夫元首相が振り返る平成

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BLOGOS編集部

BLOGOSでは「レジェンドたちが振り返る平成」と題し、政治ジャーナリストの角谷浩一氏をホストに、日本を支えてきた政治家たちに「平成」という時代を総括してもらい、「令和」という新しい時代の日本はどうあるべきなのかを考える対談企画をお送りする。第1回は第93代内閣総理大臣、鳩山由紀夫氏に話を聞いた。【編集:田野幸伸】

対談ダイジェスト動画



角谷:元内閣総理大臣の鳩山由紀夫さんにお話を伺います。鳩山さんの政治家としての歴史も平成にすっぽり入るかと思いますが。

鳩山:昭和61年に初当選ですからほとんど平成ですね。

人生で一番楽しい瞬間は政権交代した日ではなかった

平成21(2009)年8月30日 第45回衆議院議員総選挙で政権交代:Getty Images

角谷:どうしても鳩山さんとなりますとちょうど10年前(平成21年)の政権交代が強い印象として残っていると思いますが、元々鳩山さんは自民党の旧竹下派にいました。平成に起きた2度の政権交代、両方に関わっているわけです。

鳩山:私はよく「自分の人生の中で一番楽しい気持ちになったのはいつ?」と質問をされるんです。政権交代をした日だろうと思われるかもしれないですが、正解は”自民党を飛び出した日”なんですよ。

これは私にとって人生で一番大きな変化をもたらしたことなんです。みなさんに半年以上一切口外しないで、自民党を飛び出す覚悟のある連中が集まって、いざという時に行動しようと思っていた。それこそ宮澤内閣の不信任案が出た時ですけど、こういうタイミングを逃しちゃいけないということで飛び出した。あの時のみんなの笑顔を忘れられない。


角谷:それがのちに「新党さきがけ」という形にまとまっていくわけです。あの頃、宮澤内閣の不信任で自民党は揺れに揺れて飛び出す人がたくさん出ました。小沢一郎さんのグループもたくさん出ました。ただ小沢さんのグループはくすぶっていたかもしれないけど、鳩山さん達のグループと違って、用意周到、色々勉強して研究して団結してというグループではなかったんですね。

鳩山:なかったですね。さきがけというのが我々ですが、小沢さんのグループが自民党を出たのは我々の2日後なんですよ。だから我々が出なかったら本当に小沢さんが飛び出していたかどうかわからない。そうはいっても飛び出すに決まっているだろとおっしゃるかもしれないですが、我々が背中を押したのは間違いないですね。

「なんでもいいから大臣になりたい」という言葉に愕然

角谷:歴史が動く瞬間の準備を徹底的にしていって、自民党が変わらなきゃいけないじゃなくて、日本の政治が変わらなきゃいけないと思っていた新党さきがけの芽の人たちと、そのあと飛び出していくような小沢一郎さん、羽田孜さんといったいわゆる旧田中派の人たちがいました。

当時、鳩山さんも田中派にいたんですけれども、別のグループとして飛び出しました。自民党はもうダメだと思ったんですかね?

鳩山:先輩方から色々なお話を伺っていると、みなさん大臣病にかかっておられるんですよ。ある時、うなぎ屋さんに大臣予備軍の先輩をお招きして伺ったんです。「先生は何大臣がご希望ですか?」って。そうしたら答えは「なんでもいいんだ!とにかく大臣っていう名前が欲しい」と言われて愕然としたんです。


角谷:それも全部選挙区対策だからやるんですかね?

鳩山:選挙区対策というものなんですかね。自分の名誉みたいなことなんだろうけど。でもやっぱり私は、例えば北方領土問題を解決させるために外務大臣になりたいとか、意欲を聞かせてもらいたいじゃないですか。

「とにかく大臣という名前が欲しい」という答えにかなりショックで。自民党の中で当たり前のように当選何回になれば大臣になれるみたいなものが決まっている体制では活力が出ないだろうと。

結局、政策が全部役人任せになっていたんです。今から見れば役人も間違いを犯していますけど、当時、役人は無謬主義といって役人だけは政治家がどんないい加減でも間違いがないから大丈夫だという安心感があって、役人もそれに答えていたと思うんです。

でも役人は選挙の洗礼を受けていない。国民の声というものを反映させるにはもっと政治家が前に出ないといけないと私なんかは思っているんですね。それで政治を変えないといけない。癒着体質の中に染まりきっちゃっているなという本音がありましたね。

角谷:ただ面白いのは、閣僚経験がなくて総理大臣になったのは、鳩山さん、細川護熙さん、安倍晋三さんだけなんですね。この3人は大臣の経験はないけれども総理大臣になられた。そういう意味では役所を率いる経験って大事ですか?

鳩山:そうだと思います。役人それぞれの気質とか体質、あるいは人間関係というものをある程度理解していないと。「とにかく俺についてこい」みたいなことを言ってもなかなか簡単ではなくて。今お話に出た、その3人の最初の内閣はとにかく短命だったという感じですよね。そのあと、安倍さんは非常に偉くなられましたけれども。

多分、官僚と官邸というものがあまりにも離れていて、細川さんもそうだと思うんですけど、特に私の場合、米国に依存し過ぎているようなことではいけないんじゃないかと。そういう意味でも官僚主導ではなくて、政治主導にもっと近づけなくてはいけないと。そこの部分で官僚との間の確執が生まれた。彼らは面従腹背ですから表に出しませんけれどもね。

角谷:逆に言うと、鳩山さんが官房副長官になった細川政権の時。細川さんがクリントン元大統領と米国で会うという日米首脳会談で、昔は日米首脳会談の時の自民党といえば大使節団が出来て、自民党の議員、役人がたっぷりくっついていって大名行列でしたね。

ところが細川さんはほとんどの人を連れていかず、鳩山さんぐらいでしたね、政治家を連れて行ったのは。それが色々なところから批判を浴びるんですね。「一緒に行きたい。クリントンさんに会いたい」と。こういう人がいっぱいいました。


鳩山:あーそうか。政権交代をした仲間の中からそうした不満が出ていたわけですか。

角谷:もちろんそうです。

鳩山:そうか…。全然知らなかった…。

角谷:鳩山さんっぽいでしょ(笑)そういう部分では、自民党で大臣になれれば何でも良いって話もあるけど、クリントンさんと写真に写れればなんでもいいっていう人が政権交代した側にもたくさんいたんです。やっぱり日本の政治家のレベルを上げなきゃいけなかった。それでも政権交代が出来ちゃったってところがありましたね。

鳩山:それはあるかもしれません。ただそこは非常に難しい話で、日本の政治家のレベルをあげるということは、日本の国民の政治に対する意識を上げるということです。ある意味で我々や細川さんの時に政権交代が出来たのも、政権政党がスキャンダルを起こしたり、こんなひどい政権じゃダメだということで「今なら」という割と軽い発想で野党に任せようじゃないかという気持ちになっていただいたように思うんですよね。それで政権交代が出来たような気がするので。ここは鶏か卵かみたいな話で。私は難しいと思いますよ。

普天間基地移設の問題は根っこを十分に認識していなかった


角谷:平成21年に政権交代をした鳩山さん。その時、僕は国会の傍聴席で見ていましたけど、地響きが鳴るような拍手や声援が国会に溢れていた。さらに国民からも期待感があった。30数年の政治記者人生ですけど、ああいったシーンを見たことがないというぐらい期待を持って迎えられました。

鳩山さんには、沖縄の基地問題に対して「最低でも県外」という言葉がありました。そうしたら「全然できないじゃないか」と大きな批判を浴びましたね。だけどそれを日本の総理大臣で言った人は今までいなかったんです。「我慢してもらっています」「我慢してください」と言い続けていたのを初めて「県外」と言ったのが鳩山さんだった。

今これだけ時間が経っても沖縄は同じ問題で揺れているわけです。何も解決していないし、何も前に進んでいない。沖縄の基地問題で唯一責任を取ろうとしたのは鳩山さんだけかもなと思いますけど、いかがですか?

鳩山:沖縄の問題以前の話として、日本政府が、あるいは日本全体が物事を決める時に常に米国の顔を見ながら「米国が喜んでいるならやるよ」「米国がちょっとでも怒りそうならやらない」という意思決定をしてしまっている。

東西の冷戦構造の時はある意味よかったのかもしれませんが、平成が始まって日本のバブルが崩壊するという時期に東西冷戦がなくなりました。新しい価値観が求められている時に、「米国はソ連に勝ったんだ、だから米国一国が覇権なんだ」ということではないだろうと。

世界は新しい価値観を求めていくんだから、これから日本は米国にも物を申していけるような国にならなきゃいけないと私は思っていたんです。

そういう発想の中でせめて、せめて沖縄に集中している米軍の基地。普天間は移設しなきゃいかんと、移設が決まっている話であるならば、それは沖縄県民の総意を汲んで、沖縄の外に最低でも移設、国外に移設するべきだというのは当然の要求だと思ったわけです。

その時、普天間基地の県外移設を民主党のマニフェストに入れきれなかったものですから、民主党の仲間からは「鳩山はマニフェスト外のことを言っている」と必ずしも政党自体が応援してくれるという体制が出来てこなかったのが1つ。

もう1つは官僚のみなさんは一度決めたことを、しかも米国との間で決めた約束というものを絶対に守らなきゃいかんから辺野古しかないのだという考えだった。

今でも辺野古が唯一とおっしゃっている総理もおられますけれども、とんでもない事実認識であります。そういう発想で少なくとも官僚のみなさん、外務省は凝り固まっていて、そこを自分自身の力で動かすことが出来なかった。

冷静に官僚組織の在り方とか米国と根っこで繋がっている部分をどうやって切ったらいいのかとか、そういうことをもっと冷静に政権を取る前から勉強していれば良かったと思うんですけれども、その辺を沖縄県民の熱い想いを受けて「頑張ろう!」ということだけで、根っこの部分を十分に認識しないで行動してしまったことは結果として沖縄に大変なご迷惑をかけてしまった。自分自身の勉強不足も含めて、大いに反省しなきゃならないことだと思っております。


角谷:ただこの問題はそのあとの歴代の総理、誰がやっても何も解決していません。

鳩山:解決しようとしてないでしょ。辺野古しかないんだって方向で。そこに対して共産党以外の野党の方々も、あまり明確なメッセージをわりと最近まで出しておられなかった。

角谷:「なんとかしなきゃいけない」ぐらいは言っても、どうするかという意味では、鳩山さんのようにストレートに述べた人はいませんね。

鳩山:鳩山で失敗したものだから、米国に対しては東日本大震災の支援への感謝というものを含めて、文句をいうことを禁止されていましたよね。

そういう中であったものですから、民主党も必ずしも明確に沖縄の問題に対して米国と対峙しなかった。鳩山がしたことを繰り返しちゃいけないよと。辺野古って決めたんだから、それでいいんじゃないかって。辺野古だと決めた時の外務大臣もおられるわけですから、なかなか大きくカーブを切ることは難しかった。

角谷:それを動かそうとして鳩山さんは手を出したんだから。でもその思いはやっと県民には分かりつつあるような空気も出来てきたし、今なおこういう状態で「困ったなあ、なんとかしなきゃ」とみんなが思っているし。

沖縄の地位協定の問題はそのあと全国知事会でも見直すべきだという声が出たり、少なくとも鳩山さんが言い出した時にみなさんそこまで追いついてこなかったけど、この間に動いてきたというのは事実としてあるということを知っておいてもらいたいと思います。

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