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運転のプロが読み解く、高齢者の暴走事故の真相 - 吉田典史 (ジャーナリスト・記者・ライター)

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危うい「高齢者講習」

齊藤さんは30年以上前から教習生に実技や学科を教える一方、10年ほど前からは「高齢者講習」の教官も務める。

「今回のような事故はいかなる理由があれ、あってはならない。しかし、現在の制度のもとでは、なるべくしてなったと言えるのかもしれません。言い換えると、制度を変えていれば、防ぐことができたのかもしれない。その意味で大変に残念であり、憤りを覚えるのです」

「現在の制度」とは、「高齢者講習」を始めとした高齢ドライバーに関わる法律などを意味する。現在は、70歳から74歳までで、免許更新を希望する場合は、基本的には更新手続前に「高齢者講習」を受講することが必要だ。

内容は、座学・運転適性検査(60分)と、実車(60分)。座学は、交通ルールや安全運転に関する知識を再確認し、指導員から運転に関する質問を受ける。運転適性検査では、動体視力、夜間視力及び視野を測定。実車では、ドライブレコーダーなどで運転状況を記録しながら運転し、その映像を指導員と確認し、助言を受ける。

これらの講習をひととおり終えると、教習所が終了証明書を交付する。齊藤さんは「ほとんどの方に証明書を交付することになる」と話す。各受講生が証明書をもって、運転免許試験所で更新手続きをする。

都内の場合は、警視庁が、高齢者講習を委託している都内46カ所の教習所で受講する。受講者が一定の金額を公安委員会に支払う。齊藤さんによると、毎年、警視庁が各教習所の規模などをふまえ、このくらいの人数の高齢者の講習をしてほしいとそれぞれに打診するという。

齊藤さんは、こう話す。「当校の教習指導員の数や規模からすると、1800~1900人が妥当。警察は3000人前後の講習をしてもらえないか、と話します。しかし、当校が一気にそこまで増やすと、講習の質を下げざるを得ない。私たちは、それは避けたい。都内の高齢者講習は受講者が急激に増え、各教習所で対応しきれないほどに膨れあがっています。今後、さらに増えることが予想されます。高齢化のスピードが速く、警察や教習所がその変化に十分には対応できていないのです」

齊藤さんは、警察は「高齢者講習」を始める前は、65歳以上から受講するようにさせたかったのでないかとみている。

「当時、警視庁の職員と接した際、そのように話していました。しかし、実際の法律では70歳以上となった。おそらく、高齢者の数が多いために、警察としては年齢をずらさざるを得なかったのだろう、と思います。つまり、現在は65歳から70歳までの5年間が、ある意味でブランクになってしまっているのです。

私は、65歳以上にするべきとかねがね考えています。「高齢者講習」を5年間早く受けさせることで、ある程度のチェックができるのです。ただし、警察や教習所の態勢を整え、高齢者講習の中身をより充実させることが前提になります。現時点では、いずれもが十分ではないと思いますが…」

間違った安心感を本人に与え、事故につながる?

「高齢者講習」で教習所内や路上での実車のとき、齊藤さんは助手席に座り、運転を観察する。

「最近も10分間で、2度の逆走をした方がいました。しかも、逆走の自覚がない。徐行と一時停止、右カーブと右折の区別も正確にはできていない。あるいは、アクセルの踏み方が大胆で、60キロほどで走ろうとした方もいます。一時停止して、“右よし、左よし”と声を出して確認し、接近車が走ってきたのに、道に飛び出してしまうケースもありました。

指導員は、“こんな運転はしてはいけない”と諭すことしかできません。免許を取りあげる権限はないのです。その後、このような高齢者のほとんどが免許更新となり、車を運転していることが考えられます。確かに怖いですよ、率直に言えば…」

「高齢化講習」の1つである運転適性検査は「本来、心身両面の柔軟性のチェックのためにあるが、十分には機能していない」と指摘する。

「高齢者の多くは、運転に限らず、とっさの判断が鈍い傾向があります。私の観察では、目(視力と視界)と足腰、運転神経から衰えてきます。運転適性検査をする目的の1つは、この老いをご自身が正しく認識することにあります。“これほどに心身が劣ってきたから、このように事故を回避しよう”と具体的に考えていただきたいのですが、そうはならないケースも多々あるのです。数十年前のように運転ができると錯覚し、車を操作している場合もありえます。

これが間違った安心感をご本人に与え、事故につながる可能性があるのです。運転適性検査は、もっと効果があるものにしないといけない。現在は、講習というよりも、ただの儀式になり、チェックしているとは言い難い面があります」

専門医とは言い難い医師が診断する

高齢者の運転をめぐる制度の問題点として、さらに挙げたのが「認知機能検査」だ。75歳以上は「高齢者講習」を受ける前に、教習所で記憶力・判断力の判定を内容とした認知機能検査を30分程受ける。検査は記憶力や判断力の状況を確認するための簡易な手法であり、医師の行う認知症の診断や医療検査に代わるものではない。

検査終了後、採点が行われ、点数に応じて次の3つに分類される。

  1. 記憶力・判断力が低くなっている(認知症のおそれがある)      → 第1分類
  2. 記憶力・判断力が少し低くなっている (認知機能の低下のおそれがある)→ 第2分類
  3. 記憶力・判断力に心配のない(認知機能の低下のおそれがない)」   → 第3分類

齊藤さんが特に問題視するのは、第1分類だ。「認知症のおそれがある人」である。この結果が出た場合は、後日、警察が本人に連絡をする。本人は、臨時適性検査(専門医による診断)を受け、又は医師の診断書を提出することになる。認知症であると診断された場合には、免許試験場で聴聞等の手続のうえで運転免許が取り消され、又は停止される。

齊藤さんは、この手続きの流れに疑問を呈する。

「そもそも、日本には認知症の専門医が少ない。医師などから、全国で2000人もいないと聞いたことがあります。実際、私が知る受講生は、第1分類となり、かかりつけの内科医で診断を受け、“問題はない”という診断書をもらい、免許試験場で更新されました。警察が何か疑問を感じても、現在の制度では免許を取り上げることはできない。できるのは、医師のみ。ところが、その医師が専門医とは言い難い。ここにも、制度の盲点があります。

聴聞等の手続のうえで運転免許が取り消され、又は停止されるとなっていても、私が知る範囲で言えば、ほとんどの人がパスし、その後、更新となり、車を運転しているのです」

齊藤さんが教えた受講生の中には、第1分類の人もごく少数いた。日常会話がほとんどできない人やジュースを意図的にテーブルにこぼして、無言で立ち尽くす人がいたという。トイレではないところで、立ち小便をする人もいたようだ。上北沢自動車学校には1ヵ月で、このような高齢者が1~2人のペースで現れる。

運転技術は危ういレベル。それでも、免許更新

認知機能検査の中身も再検証したほうがいい、と疑問を投げかける。

「私の捉え方ですが、現在の検査は、記憶力を判断することに重きを置いているのです。たとえば、ある官公庁に長年勤務した方はほぼ満点でしたから、『記憶力・判断力に心配のない(認知機能の低下のおそれがない)』の分類でした。しかし、運転技術は危ういレベルだった。それでも、免許更新となったのです。このようなことを防ぐために、記憶力ももちろん大切ですが、運転の技量の測定をより厳密にするべきだと思います」

取材を終えるとき、読者の方たちにこんなことを考えてほしい、と語った。

「海外の一部の研究者がすでに唱えているのですが、医学的にみると、認知症の全員が運転できないというわけでありません。物忘れの症状が進みながらも、安全運転ができる人がいる一方、認知症のおそれはないのに、運転の技術はもはや、免許をもつレベルではない方もいると言われています。

私が高齢者講習を通じて観察をしても、そのとおりです。高齢者は、心身の老化や体調がそれぞれで大きく異なります。全員を十把ひとからげにして、 “高齢者から免許を取り上げろ!”という議論では問題の真相に迫りきれないでしょうね。今後の高齢社会を考えると、むしろ、大きな混乱が生じるように思います。だからといって、私は今回の加害者に同情は何らできません。報道によると、本人は前々から、安全運転ができないことをわかっていたようですね。それが事実ならば、身の程を知れ!と言いたい」

齊藤さんの、高齢ドライバーの事故を減らすための案

  1. 高齢者講習を事故や違反の有無にかかわらず、65歳から始める
  2. 認知機能検査を事故や違反の有無にかかわらず、70歳から始める 
  3. 認知症の専門医を増やし、チェック機能を強化する
  4. 認知機能検査の精度を上げる
  5. 運転の技量を確かめることに重きを置く
  6. 80歳からは、事故や違反の有無にかかわらず、1年に1度のぺースで高齢者講習を受け、免許の更新をする

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