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高齢者の運転の問題点 年齢は本質でないという議論の誤り 求められているのはこの87歳の高齢者が免許を持てないことを制度的に担保すること

 高齢者による自動車の運転は類型的に危険を伴うものです。老化に伴い、誰もが判断能力、身体能力は低下します。認知症だけが問題なのではありません。ブレーキとアクセルの踏み間違いは高齢者に多いですが、踏み間違えたあとの次の行動に移ることができず(誤りに気づき、アクセルを離す、ブレーキを踏む)、ひたすらアクセルを踏み続け、暴走を続けるという状況は判断能力の衰えと無縁ではありません。

 高齢でもないのに踏み間違えるのは、もはや運転技能がそもそもなかったから過ぎません。何故、このレベルで免許が取れてしまったのかという制度の問題から考えるべき次元の問題です。

一定の年齢に達した高齢者の免許更新を厳しくしなければならないわけ

 高齢になれば宿命的に判断能力、身体能力は低下するわけですから、一定の年齢に達すれば、運転免許の更新を厳しくするのは当然のことです。一年に1回では足りず、3ヶ月ごとの更新にしないと意味がありません。高齢による能力の低下は急にやってくる場合もあるからです。

これでもなお高齢者の運転免許保有の規制がダメだというのか



 中には運転技能が本質であり、年齢は無関係だなどという意見もあるようですが、それは間違い。技能のない人には年齢に関係なく、運転免許を持たせてはならないというのは正しいですが、問題なのは、こうした高齢者は類型的に技能が低下しているという現実に対して、どのように免許を与えないことを制度的に担保するのかという問題だからです。

 年齢で区別することに合理性がない(誤り)だとするのであれば、現行制度の75歳を区分して更新の際に別個に要件を課すことも合理性のない差別ということで違憲ということになってしまいます。誰もが運転技能がなければならない(維持されていなければならない)ということが本質というのであれば、年齢に関係なく、同様の「厳しい」更新制度にしなければ年齢による不合理な差別ということになるからです。

 しかし、誰も現行制度を違憲などとは考えていません。老化に基づく判断能力が低下することは当然の前提とされているからです。

 つまり前回のエントリーでも述べましたが、一定の水準があって技能試験を通った場合、最初の1年は初心者扱いされますが、その後は、経験なども積み重ね、技能は向上していきます(あまり向上しない人もいますが)。

 しかし、一定の年齢に達すればその運転技能は低下の一途となります。

 なので、高齢になった場合には更新の際に厳しくチェックしなければならないといことになるわけです。そこに年齢によって区別することの合理性があります。

 その年齢に達しない場合には、違反、事故歴に応じた講習を受けるなどによって免許の水準の維持が担保されることになります(但し、現行制度は明らかに不十分です)。

 現行制度の規制は運転免許が危険物取り扱いの許可だということからすれば、能力低下が認められる年齢に達した場合にその審査を受けなければならないのは当然という結論が導かれますし、現行制度は、結局、87歳の暴走を止められなかったという意味では明らかに不備があるということです。このような高齢者に免許を保有させないための制度的な担保が必要だということです。

 高齢に達していないのに技能が低いという方もいますが、それはそもそもの運転免許制度における技能試験制度に問題があるためです。現在は、自動車教習所で技能教習をパスすれば運転免許の取得では技能試験は免除されていますが、技能教習の基準が低すぎるのではないかということにあります(教習所によってバラバラでしょう)。どの程度の水準に基準を置くのかという問題であり、それと高齢者の運転技能の問題を混同させてはいけません。

 高齢者に限らず、設定された基準が低いのであれば、それを引き上げることが必要になります。その結果、多くの不適格者が免許を取れないということにはなるかもしれませんが、教習所に行けば誰でも免許が取れてしまうというのも、実は制度の欠陥なのかもしれません。

 何よりも危険物を扱うのに、危険予知と回避の訓練はゼロです。教習の中で飛び出しを発見した場合に急ブレーキを掛ける訓練などしないで、その適正がわかるのかなどです。

 現状の基準で維持するのであれば、それは一つの政策的選択ですが、高齢者の技能の低下は、この基準すらも下回った場合ということになりますから運転免許の与えてはならないということになります。

 確かにひとそれぞれで低下の程度は異なるため、一定の年齢(現行制度では75歳)に達した場合には、認知症検査のみならず、運転技能や必要な知識があるのかどうかも確認することが求められます。

 私の意見は、免許の厳格な更新制度に加えて一律に一定の年齢に達した場合(85歳以上からスタートし(80歳からでもいい)、順次、引き下げていく)には免許の保有を認めないという制度にすべきと考えています。

 身体能力等の減退は人それぞれですが、とはいえ、定年制と同じで、一定の年齢に達したら免許は持てないとする方が実は合理的なのです。誰もがその年齢に達したら車は運転できないということで区切りがつくからです。高齢の親を説得する必要もなくなります。誰もがここで苦労しているわけです。何とか高齢の親に免許を返納してもらいたい、しかし、全く聞く耳を持ってくれないと。

 免許を返上しやすい環境を高齢者のために作るということは大事なことですが、問題は、自主返納をしない高齢者にどうするのかという問題です。技能のない高齢者返納しやすい環境の有無は直接は関係がありません。今回のような高齢者に運転免許を持たせない、それを制度的にどのように担保するのかという問題ですから、その点を落としてはなりません。

 交通機関のない地方であろうと、技能ない者に運転免許を与えてはならない、当たり前のことです。ここに都市部か地方かは全く関係がありません。

 こうした高齢者による無謀運転により命を落とす人があっていいのですか、問われているのは私たちです。

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