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「好きなことを続けるためにどうすれば良いか」ということを、すごく真剣に考えています - 「賢人論。」第88回山崎貴氏(後編)

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常にその作品が話題に上る、映画監督・山崎貴氏。インタビュー後編では、「好きなことを仕事にする」生き方について伺った。日本映画界を代表するヒットメーカーである山崎氏は、どのようにして映画監督という夢を掴んだのか。そして、これからはどのような夢を描いていくのか。生涯現役でいたいと語る山崎氏の「戦略」に注目してみよう。

取材・文/青山敬子 撮影/公家勇人

切磋琢磨し合える仲間に恵まれたアサビは、天国のようだった

みんなの介護 『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズや『永遠の0(ゼロ)』などたくさんの名作を手がけられ、今や日本映画界になくてはならないヒットメーカーとなられた山崎監督ですが、これまでの映画人生も順風満帆だったのですか?

山崎 中学生のときに味わった興行の喜びが、僕を映像制作の世界へ導いてくれたというお話は前回した通りです。それから高校を卒業し、東京・杉並区の阿佐ケ谷美術専門学校、通称「アサビ」に入りました。

最初はイラストレーターとして映像制作にかかわることを目指していたのですが、1学年上にとてつもなく絵が上手い先輩がいて早々に諦めました。芸大とかではない普通の専門学校でこんなにレベルの高い人がゴロゴロいるのなら、自分なんかではとてもやっていけないと思ったんですね。実はそれが、後にイラストレーターだけでなく映画やゲームのキャラクターデザインなどで有名になる寺田克也さんだったという…。

みんなの介護 寺田克也さんと言えば、海外での評価も高い方です。

山崎 イラストレーターは諦めて造形作家を目指そうと思ったら、ここにも竹谷隆之(世界的なフィギュア造形作家)というとてつもなく上手い人がいて…。それで、初心に戻って映像作家を目指したんです。

でも、実は僕の妻となる佐藤嗣麻子も映像がすごくて、危うく映像も諦めるところでしたね(笑)。

みんなの介護 諦めないで良かったです(笑)。すごい人たちを輩出している学校なんですね。

山崎 はい。僕がいた頃のアサビは特に人材が豊作で、今でも一線で活躍している人を何人も輩出しています。まるで手塚治虫さんや、藤子不二雄さん、赤塚不二夫さんなどが住んでいた『トキワ荘』のような感じでしたね。

みんなの介護 そうしたところで刺激を受け合って、今の監督がいらっしゃるんですね。

山崎 はい。天才たちに囲まれた学校生活はワクワクしましたね。生まれ育った長野の松本では、そもそも映画をつくっている人がいないので孤軍奮闘していましたから。それが、アサビには上手い人がいっぱいいて、自分も頑張ったら頑張っただけ注目してもらえて、本当に天国かと思いました。

みんなの介護 そのアサビを卒業して1986年に株式会社白組に入社。テレビコマーシャルや映画のミニチュア製作、伊丹十三監督作品でのVFXの担当を経て2000年の『ジュブナイル』で念願の映画監督デビューを果たされました。学生時代からの夢をずっと追い続けてこられたわけですね。

山崎 そうですね。映画をつくることが楽しくて楽しくて…。こういうことが仕事になったらどんなに良いだろうと学生時代からずっと思っていました。

アサビを卒業後は、白組のスタッフとして伊丹さんの映画のVFXを担当して、映画づくりを学びました。伊丹さんは若手の僕らとも対等に話してくれて、「映画ってこうやってつくるんだな」と、いろんなことを教わりましたね。

伊丹さんだからこそできていた映画づくりでもあったのですが、「責任を取るのが監督である」という心がまえもそのときに学びました。

チャンスが来たときに逃さないように、心構えは常にしています

みんなの介護 好きなことを仕事にして、それを続けていくのはなかなか難しいことだと思います。どのように監督業に取り組まれているのですか?

山崎 「好きなことを続けるためにどうすれば良いか」ということを、すごく真剣に考えています。僕がつくりたいのはエンターテイメント映画なので、できるだけ大勢の人に観てもらいたいし、基本的には「ヒットする」と確信を持ってつくっています。

みんなの介護 「真剣に考える」とは、具体的にはどういうことですか?

山崎 巡ってきたチャンスを掴むというか、チャンスが来たときに逃さない準備と心構えをしておくことでしょうか。「撮りたい」と思うテーマについては、常に考えるようにしていますよ。『永遠の0』もそういう積み重ねがあったんです。

子どもの頃から戦争や特攻隊をテーマにした漫画を読んでいて、特に、ちばてつやさんの『紫電改のタカ』(1963年連載開始)という漫画がとても好きでした。なぜ戦争があって、若者が特攻隊員として死ななくてはならないのか、この漫画にはそういった戦争のやるせなさがとても深く描かれています。

中でも、主人公が特攻で飛んでいくラストシーンが衝撃的で、「飛行機で体当たりするって、どんな気持ちなんだろう」と子ども心に何度も何度も考えていました。それで、いつか戦争や特攻隊員についての映画をつくりたいと思っていたんです。ですから、『永遠の0』の原作を読んだときは、そんな自分の気持ちにピタッときましたね。

みんなの介護 なるほど。自分のなかで常に企画をあたためておく、という感じでしょうか。

2019年7月には『アルキメデスの大戦』が公開されますね。『ドラゴン桜』で有名な三田紀房さん原作の人気コミックで、1933年の戦艦大和の建設計画がモチーフだとか。

山崎 戦艦大和をテーマにした映画も以前からつくりたかったんです。新たな切り口の「戦艦大和」を通じて、「戦争ってどうして起こるんだろう」とか「戦争って何なんだろう」といったことを考えるきっかけになってくれたらと思っています。

ただ、そうは言ってもエンターテイメント作品なので、問題提起はうっすら程度にとどめています。お金を払って劇場に来ているのに、「説教」されたくないじゃないですか。

みんなの介護 押しつけがましく「戦争はダメだ」と言うようなことですか?

山崎 そうです。お金を払って観に来ているのに説教されるなんて、これほど腹の立つことはないですよ(笑)。観に来ていただいて、心にひっかかったことを「おみやげ」として持って帰ってもらえれば良いですね。

脚本は映画の命。自分で書くからこそ「何を撮りたいか」が明確になる

みんなの介護 山崎監督は、『ジュブナイル』でデビューされてからずっと脚本もご自身で書かれていますね。

山崎 一緒にお仕事をさせていただいていた伊丹十三監督がそうだったので、自然にそうなったんです。「その映画で何を描きたいか」ということは脚本にいちばん反映されますから、これからも自分で書くつもりです。

みんなの介護 映画づくりでは脚本がいちばん重要なのですね。どのように書かれているんですか?

山崎 脚本はプロットの時間がいちばんかかりますね。毎回、違う題材を扱うので、そのジャンルに詳しい人から「良く知ってますね」と言ってもらえるレベルまで勉強するようにしています。「STAND BY ME ドラえもん」のときは、原作全巻を端から端まで何回も読み直しました。

最近はIP(Intellectual Property:漫画などの著作物やデザイン)に自分で新たなストーリーを加えることもじわじわ増えてきています。『DESTINY 鎌倉ものがたり』(2017年公開)は、原作の漫画に自分で考えて加筆する部分が多かったのですが、これも面白かったですね。

いつか、自分のオリジナルストーリーでゼロから映画をつくってみたい気持ちもあります。売れなかったらと思うと少し怖いですけどね(笑)。

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