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  • Dain
  • 2019年05月02日 11:05

料理は宗教である『食べたくなる本』

料理は宗教である。教祖の数だけレシピがある。自分の「おいしい」に確信が持てなくなったとき、人は料理本を手にする。

1万8千円の揚げ油

著者は、『有元葉子の揚げもの』を実践する。教祖様のサイトで売っているオリーブオイルを使う(1万8千円のマルフーガ)。ポリフェノール値が高く、抗酸化作用が強いため、健康に良いなどと自分を納得させて、揚げ油として使う。

お金こそパワー。超高級油を鍋にタプンタプンと注ぐ際、ガソリンスタンドの課金メーターを連想するところで腹筋が耐えられなくなる。「おいしいものが食べたい」という動機より、「おいしいと信じたい」気持ちが勝っている。健康のために課金しているのか、信仰心を試すためなのか、既に分からなくなっている。

しかし、著者は正直だ(ここ惚れた)。

できあがった料理について、400字ぐらいかけて丁寧に説明しているが、まとめると「異質感は否めない」になる。「冷製マリネの高温バージョン」って、端的に言うと「おいしくない」に等しい。意地でもこの言葉を使わない矜持は惚れる。

『食べたくなる本』は、「料理本の本」というユニークなエッセイ集。楽しく読めて、食べたくなる。あるいは作ってみたくなる。ふつうのレシピ本やグルメ本よりも、料理家の個性や信条が打ち出された料理本が並んでおり、つくづく、料理とは宗教でありレシピとは儀式に見えてくる。

あさり 2kg のスパゲッティ

わたしも人のことを笑ってられない。第2章の「レシピ本のなかのありえない数値」で紹介されている、あさりのスパゲッティを信じたから。

 あさりのスパゲッティ(4人前)
 ・あさり    2kg
 ・にんにく   6片
 ・パセリ    1/2 刻む
 ・スパゲッティ 500~600g
 ・スパイス   黒コショウ

あさりって1パック200g ぐらいなのに、べらぼうな量である。著者はありえないと思いつつ、作ってみたところ、「やはりおいしい」と評す。「食卓についた全員の顔がぱっと明るくなる感じ」とまで言う。

量こそパワー。感動的なまでにおいしくするのは、あさりの「量」だというレシピを信じてみる。ちなみに、あさり 2kg ってこんなん。

我が家の結論は、「次は作らないでください」だった。あさりが強烈に主張しているだけで、強いことと「おいしい」は別。

嫁様が「どれだけ買ったの?」と訊いてきて、正直に答えたら「バカじゃないの!」と罵られた(罵倒はご褒美なので、これはこれでおいしい)。うま味調味料をガンガン使ったら不評だった過去を思い出す。「おいしい」は人それぞれ。

ちなみに、もっと狂気に寄せた『めしにしましょう』も振り切れてて良い。限りなくノンフィクションに近いフィクション料理漫画だ。

「おいしい」というより、強い料理。力こそパワー、言葉を失い、IQが下がる質量ともにやり過ぎる料理だ。雰囲気は[パル]で掴める。『めしにしましょう』の作者・小林銅蟲氏に『食べたくなる本』を薦めたいし、『食べたくなる本』の三浦哲哉氏に『めしにしましょう』を薦めたい。

パル「牡蠣チャウダー」より
[画像をブログで見る]

「おいしい」は人それぞれ

「おいしい」は人それぞれ、これが隠れたコンセプトになる。

さまざまな料理の本を通じて、自分自身の「おいしい」を見直す。その基準がなにを元に形成され、なぜそれを「おいしい」のかを比較すると、自分が囚われていた先入観が炙り出される。

同時に、その料理本の書き手が、どのような価値判断に凝り固まっているかも浮かんでくる。料理はライフスタイルや習慣になぞらえる人もいるが、価値判断が強烈であればあるほど宗教そのものだ。

著者は大学時代、丸元淑生に心酔し、「折伏」されていたという(あさり2kgも丸元レシピである)。料理本の通り、かつお節削りの刃を研ぐところから始め、鮮魚を求めて中央線沿いの卸売をしらみつぶしに見て回り、魚料理に没頭しては周囲から気味悪がられたという。

それがだんだん洗脳も解け、かつての師の粗も目についてくる。「これを食べるとあれに効く」健康効果を大仰に謳うフードファディズムを見つけて批判したり、電子レンジを危険視して使わなかった丸元を、「愚か」だと断ずるまでに至る。

本書の、オブラートに包んだ辛さの中に、そうした著者自身の変化がうかがい知れて愉しい。同じ人の中で、信仰の対象が変わるように、なにを「おいしい」と信じるかについても、時代や環境とともに変わっていく。

それぞれの料理本の「おいしい」と比較しながら、わたし自身の「おいしい」を相対化するのも楽しい一冊。

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