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NHKまで踊らされた熊本地震「地盤リスク」説(明石昇二郎)

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「データ捏造」疑惑勃発

そんな風評が吹き飛ばされたのは、Nスペの放送から半年が過ぎた17年9月のことだった。注目を集めた「本震」観測データに不自然な点があるとして、阪大・京大・産総研の研究チームが観測データの公表を取りやめたのだ。データの捏造が疑われていた。

問題のデータをまとめていた阪大の秦吉弥准教授はNスペにも出演しており、番組内で秦氏は、地震工学のスペシャリストで、機転を利かせて益城町内に臨時の地震計を3カ所に設置した「地盤リスク」説のキーパーソンとして紹介されていた。観測データの分析を担当していたのも秦氏である。

秦氏と研究チームを組んでいたメンバーの一人、京大防災研究所の後藤浩之准教授は、データに問題があることを全面的に認める「お詫び」を公表。さらに、もう一人のメンバーでNスペにも出演していた産総研の吉見雅行主任研究員も、データが不自然なものであることを認め、「己の未熟さを痛感しております」との反省を表明していた。


米地震学会の『Seismological Research Letters』2016年9-10月号表紙。秦氏がポータブル地震計を指している。撮影したのは16年4月15日の午後0時37分。「本震」発生時間は4月16日午前1時25分。ちなみに、「データマークJU210」の仕様書によれば、バッテリーを使用した場合の連続利用時間は約10時間となっている。

しかし、問題の論文が掲載された地震学会誌のホームページ(https://pubs.geoscienceworld.org/ssa/srl/article-abstract/87/5/1044/314142/preliminary-analysis-of-strong-ground-motions-in?redirectedFrom=fulltext)を見る限り、今後も風評を広めかねない論文の撤回は、本稿執筆時点(3月16日)でまだされていない。

秦氏が在籍する阪大では、観測データの捏造疑惑を受け、調査委員会を設置。本来であれば昨年の4月には、不正行為の有無やその詳細が明らかになるはずだった。が、そうはならなかった。昨年7月に筆者が阪大の研究推進部を取材した際、担当者はこう答えていた。

「調査中としかお答えできない。本学の規定上、調査期間は210日としているが、それを延長して、引き続き調査を行なっている。調査の途上での説明はご勘弁頂きたい。研究者個人の在籍確認にも応じていない。研究不正が確認された場合は公表する。不正がないということであれば、公表しないこともありうるかと思う」

まるで、世間が忘れてくれるのをひたすら待っているかのような対応である。

では、捏造が疑われている観測データとはどんなものなのか。全く当てにならない阪大をよそに、筆者は熊本へと飛んだ。

設置した地震計は「微動観測」用

捏造が疑われる発端は、益城町内に常設されていた地震計が記録していた揺れの波形と、臨時で設置した三つのポータブル地震計の波形が酷似していたことだった。4月14日の「前震」で地表や地盤がそれなりに変形していた場合、波形が酷似することはありえないそうだ。つまり、秦氏のデータは生の観測データではなく、人為的な細工が加えられているのではないか――との疑念が生じたのだ。

「地盤リスク」説では、
(1)強い揺れは、他地域の揺れを軟弱地盤の効果分増幅させる計算をしたものと全く同じ。
(2)だから断層近くの特別な揺れ等、他の影響を考える必要は全くない。
としていた。しかし、軟弱地盤の効果分を上乗せする形でデータを細工していたのではないか――と、多くの専門家たちは疑っていた。

益城町での観測データが前代未聞のものであり、たとえ見た目は「不自然」であろうと真の生データであるなら、疑念を払拭すべく、秦氏が説明を尽くせば済む話だろう。しかし、秦氏はそれをしなかった。そのため、データ捏造が疑われる事態にまで発展してしまったのである。

地震データの観測に使われていたのは、白山工業(株)製のポータブル観測キット「データマークJU210」。別売りのデータロガー(記録計)と合わせ、およそ250万円もする。機械は三つ足で、固定金具(アンカー)は3本の足に挟み込むようにして使用する。固定金具を用いた場合、±2G(1G=980ガル)まで耐えられるという。

熊本地震の「本震」の最大加速度は1791ガルだったので、固定した場所が地震で破壊されても動かぬよう、アンカーを上手に使っていれば、耐震裕度はぎりぎりではあるものの観測は可能だったようだ。秦氏らの論文でも、地震計は地面にアンカーで固定したとされていた。

しかし、益城町に着いた筆者を出迎えてくれたのは、こんな衝撃的な証言だった。
「二度目の地震では、ボルトで地面に固定してあった自動販売機が、3メートルくらい真横に吹っ飛んでいた。だから、固定していた地震計が吹っ飛んでしまったとしても全然不思議ではない。地震計が吹っ飛んでしまい、変な観測データになったのではないかな」

益城町で土木業を営む吉川孝一さんの話である。観測データの捏造疑惑は、住民たちも知っていた。

捏造疑惑の勃発後、秦氏はNHKの取材に応じている。17年10月2日のNHKニュースの中で、秦氏はこう語っていた。
「問題になるようなことは何もしていない」

秦氏にしてみれば、大地震後の余震を観測するつもりで三つの地震計を置いたのであり、まさかその直後に本震が来るとは思ってもみなかったに違いない。そもそも観測キットの「データマークJU210」は微動の観測向けのものであり、強震を観測するためであれば強震観測用の「データマークJU220」を用意していたはずだからだ。

さらに付け加えると、バッテリーを使用した場合の「データマークJU210」の連続利用時間は約10時間。長期間の観測をするには外部電源を確保する必要がある。多くの建物が倒壊している中、どのようにして外部電源を確保したのかも気になるところだ。外部電源がなければ、「本震」発生時刻の4月16日深夜午前1時25分にはバッテリー切れを起こしていた恐れもある。

 しかし、昨年7月に秦氏の研究室に電話したところ、
「もう秦先生はこちらにはいらっしゃらない」
とのこと。阪大広報を通じての取材もかなわなかった。その理由は今年3月、後に述べる意外な形で明らかになる。

世紀の大発見となるはずだった熊本地震「本震」観測データに持ち上がった捏造疑惑。しかし、筆者の真の関心はそこにはなかった。この“大発見”のドサクサに紛れ、
“活断層は危なくない”
とする誤解が発生したことのほうが大問題だからだ。

当然のことながら、益城町の吉川さんもまた、Nスペをみていた。その上で、
「実感として、地盤リスク説は正しいと思う」
と言う。建物の壊れ具合や、被害が帯状に発生している現状からみて「地盤説が一番しっくりくる」のだそうだ。「揺れやすい表層地盤」の上に建っていた家屋が壊滅的な被害を受けていたのに対し、そうでない地盤の上にある家屋の中には無傷で済んでいたものもあったからである。

ただ、吉川さんは、
「活断層が動き、揺れを増幅する『表層地盤』も加わって、今回の被害に至った」
と考えていた。異存はなかった。

今回の取材を通じて浮かび上がってきたのは、
“活断層は大した問題ではない”
としたい勢力が一定程度、官僚や地震研究者の間に存在する――という事実だった。

では、迂闊にも疑惑の「本震」観測データを使い、“活断層は大した問題ではない”勢力の片棒を担ぐ格好で大特集番組を制作してしまったNHKは、どう責任を取るつもりなのか。NHKに聞いた。

「データが不自然であると指摘された際、全国ニュースでお伝えしました。また、ご指摘のNHKスペシャルについては、NHKオンデマンドの配信を取りやめています」(NHK広報局。昨年8月1日回答)

一方、阪大を所管する文部科学省はどうするのか。今年1月、秦氏が11年3月の東日本大震災の余震観測でも不正をしていた疑いがあると、共同通信が報じていた。この問題と合わせ、文科省としての責任をどのように感じているのか。同省の研究公正推進室に聞いた(今年2月8日)。

「まさに阪大で調査中だと聞いています。ずっと調査が続くということは、もちろんない。ただ、阪大の調査結果を待つ、ということしかできない」

――このまま、うやむやにされることはないのでしょうか?
「うやむやになることはあり得ない。学術研究への信頼が損なわれることは避けなければならない」

NHKはうやむやにするつもりなのか


NHKスペシャル「大地震 あなたの家はどうなる?」の紹介ページ。(NHK公式サイト)

そして今年3月15日、阪大が記者会見を開き、調査結果を公表した。調査委員会の設置から1年以上が経過していた。

阪大では、秦氏による熊本地震「本震」観測データが捏造だったと認定していた。本震の揺れを観測したとする生データが保存されておらず、地震計を固定するアンカーが使われた形跡もない、とのことだった。阪大では、米国の地震学会誌に掲載された論文についても、出版社や共著者に対して取り下げるよう検討を求めたとしていた。

驚かされたのは、「調査開始時点において元准教授(秦氏)は故人となっていた」(「調査結果概要」より。カッコ内は筆者の補足)という事実である。

秦氏は、捏造疑惑が浮上した直後の17年12月28日付で阪大を退職していた。阪大に調査委員会が設置され、調査を開始したのが翌18年の2月17日である。つまり、退職してから2カ月足らずの間に亡くなっていたというのだ。よくぞここまで隠し通したものである。阪大はこの日、秦氏の死因や時期を明らかにしなかったが、自死であることが強く疑われた。

さらに驚かされたのは、NHKのコメントである。阪大記者会見当日のニュースで、NHKは次のように述べていた。
「問題のデータ以外にも複数の専門家の研究や現地での調査をもとに取材、制作しており、番組やニュースでお伝えした結論に変わりはないと考えています」

うやむやにするつもりのようだ。ならば、NHKオンデマンドでの配信を取りやめているNスペの配信を、復活させてみるがいい。それほど「結論」に自信があるのなら、再放送も検討してみてはいかがだろう。同日のNHKニュースによれば、“活断層は大した問題ではない”勢力の本丸である国交省も、阪大が「捏造」と認定しようが同省の熊本地震分析結果に「影響はない」と拘泥し、NHKと足並みを揃えているのだという。

本来であれば、捏造論文を根拠としていたNスペ放送を撤回し、論文のどこが問題だったのかを検証しつつ、改めて熊本地震の被害を調べ直した訂正番組を放送するのが、報道機関としての筋の通し方だと思われる。検討を求めたい。

(あかし しょうじろう・ルポライター。2019年3月29日号)

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