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「拉致問題担当大臣なので、”令和”発表会見のネクタイはブルーと決めていた」菅官房長官独占インタビュー

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 改元を前に、菅官房長官が単独インタビューに応じた。新元号「令和」の発表役になったことから老若男女問わず"令和おじさん"として注目を集めるなど、まさに"令和の顔"とも言える存在の菅長官。「漏れなくてホッとした」など、カメラの前で発表の裏話を明かしている。さらに菅長官は"ポスト安倍"との呼び声が高まっていることや、官房長官としては異例となるGW明けの訪米に関する質問にも答えた。

■「恩師・梶山先生と同じ道を歩んでいるのかな」


国会議員になってからは、師と仰ぐ元官房長官の梶山静六氏と共に派閥や官僚主導という自民党の古い体質と戦い、改革を進めてきた。

ーー平成最後の日を迎えるにあたって、官房長官にとって平成とはどういう時代だった?

菅:振り返るなかで、私自身、38歳で横浜市議会議員に初当選して、そこから市会議員2期、衆院議員8期と歩んできたわけですけど、とにかく無我夢中、一生懸命。やはりこの時代、「震災」ですかね・・・。危機管理を官房長官として担当するようになって、そこのことが常に私自身の大部分を占める中で、平成を終わろうとしている、そういうことだと思います。

ーー30年間政治家をされて、この場面が一番転機になったというのはある?

菅:やはり横浜市議会議員に初当選をした、その選挙ですね。政治家への第一歩。まさにゼロからのスタートでしたから、今振り返っても涙が出るくらい大変厳しい状況の選挙だったんですよね。

その後に小選挙区、初めての選挙で、小選挙区世代とよく言っているんですが、国会に初めて来た当選1回の時、梶山静六先生が出馬した総裁選挙があり、小渕総理が誕生するわけですけど、その場面場面で一生懸命に戦うということが政治家に必要だと思っていたので、安倍総理の第1次政権に従事する際も、総理から「再チャレンジ議員連盟というのを作って欲しい」と言われまして。その時も思い切ってやりました。そういう節目節目の中で、残念でしたけど(安倍総理の)一次政権があのような形で終わって、「もう一度」と思っていたものですから。

2012年の12月26日に組閣をし、二次政権がスタートして。ずーっと走り続けて挑戦し続けてきた、そんな感じですね。

ーー梶山さんを推した時、派閥を割って出たかと思いますが、その気持ち、覚悟は?

菅:私は意外に、必要であれば、周りを見ないんです。自分の判断で、自分の責任ですから。
当時は不良債権問題めぐり、ハードランディングが大変な議論になっていました。梶山さんはおもしろくて、「政治の力でだめな銀行はぶっつぶす、悪い奴は捕まえる」「日本は銀行が多すぎる」と、そんな話をしていましたよね。懐かしいです。

ーー平成から令和にうつる時に、官房長官という、梶山さんがされてきたポジションにいるの感慨深いのでは。

菅:運命なんですかね。総務大臣も、梶山先生が自治大臣やっていますから、総務大臣になった時にそう(同じように)思ったんですね。官房長官に就任することは、私はまったく考えていませんでしたから。同じ道を歩んできてるのかな、と言う感じですね。

■「国民から見て当たり前でないことを当たり前にするのが仕事」


官房長官として携帯料金の値下げやインバウンドの誘致など、常に先頭に立って政策を進めてきた菅氏。そのバイタリティの原点とは?

ーー長官と言えば、政策的には携帯料金値下げやビザ緩和、当たり前とされてきたことを変えようとチャレンジするのが長官の真骨頂と思いますが、そのエネルギーの原点は?

菅:私自身は政治家にせっかくなったんだから、その時点で問題になっていることに取り組もうと常に心掛けてきたんですね。かつ各省の政務次官は「盲腸」とか言われたんですけど(注:あまり役に立たないの意)、政務次官でもやればできる、やろうということをひとつひとつやってきた。ETCを普及させたり、徹底してやりましたよ。

ーーやってやろうというエネルギーは?

菅:国民から見て当たり前でないことを当たり前にするのが仕事だと思っていますので、そういう意味で官房長官には非常に大きな権力があります。総務大臣の時にふるさと納税を作りました。官房長官になってインバウンドに取り組む時に、常日頃から隣の韓国と比較して、訪れる外国人が、韓国が1100万人の時、日本は800万人台でしたからおかしいと思っていた。総人口からいろんなことを比べて、ビザ(の緩和がポイント)だっていうのが分かって、官房長官の立場でそこを壊すことができたと思っています。

■携帯電話料金の"4割値下げ"「これからいよいよ競争が始まる」


訪日外国人の数は第二次安倍政権が誕生した2012年では、約836万人だったのが去年には約3119万人にまで激増している。

ーー訪日外国人客。令和もキーワードに観光というのがあると思いますが、2020年に4000万人は、ほぼ実現の見通し。その次の目標は?

菅:2030年に6000万という目標を立てている。いわゆるアウトバウンドですよね。世界全体は4%ずつ、2030年まで成長すると言われているんです。アジアは6%ずつ成長するといわれている、そこを日本は非常に遅れていましたから、多言語化とか、(日本社会が)外国人になんとなく戸惑っていたじゃないですか。それが今の子供たちは普通に外国人が日本の街、あるいは地方の田んぼを散策するのが、ある意味で当たり前の時代になりつつあります。そうしたことをしっかりとやっていけば、6000万の目標を掲げていますし、ホテルとか飛行場の発着枠とかまだまだ整備が足りないところもありますので、そうしたことを進めていって。

私はよく言うんですけど、政治が環境を作るんだと、環境を作ってあとは民間の人の努力やアイディアで広げていくことだと思います。ですから携帯電話も、競争の環境ができてない、そう思って昨年、4割程度引き下げる発言をし、その競争の環境を今作っている。環境はほぼできましたから、これからいよいよ競争が始まると思いますよ。

■元号発表会見のネクタイ「ブルーだと決めていました」


そして、数々の政策を推し進めてきた菅官房長官の大仕事となったのが、今回の「新元号の発表」。

ーー令和が受け入れられた理由は?

菅:私も正直、こんなに早く国民に幅広く受け入れられるかと、非常に不安だった。そういう意味でほっとしています。

国民の皆さんのさまざまな感想をうかがいますと、やはり、国書、日本の書物から、その中でも万葉集から引用したのも一つ大きな要因かと思います。令和は非常に響きがいいとか、肯定的な評価が多いんだろうと思います。

ーー決めるにあたって気を遣ったのは情報管理かと。発表までにドキッとする場面とかは?

菅:やはり発表前にテレビで速報流れるのが。皆さん一生懸命やっていましたから(笑)、それが一番怖かったんですけど、そういう意味で漏れないように最大限の配慮をしたので、大丈夫だろうと思ってましたけど私自身が、元号は令和って発表する・・・ホッとしました。

ーー昨年の12月に太宰府を視察した際に梅ヶ枝餅をキャッシュレスで購入している。「太宰府」で「梅」、一つのヒントだったか?

菅:振り返って、前から大宰府に行きたかったんですが、なかなか行く機会がなかった。(去年12月に)地元の新聞社から講演依頼を受けて、その機会に大宰府天満宮に行ったんですよね。それがずっと続いていると言う感じ。自分でも振り返ってみると驚いている。

ーー発表当日、衆議院の議長公邸で使ったのが「梅の間」だったが?

菅:それは知りません。後で聞いた話(笑)。


("令和おじさん"のVTRを見ながら)菅ちゃんだって(笑)。

ーー新宿御苑の「桜を見る会」、去年と全く違う状況。官房長官の前に長い列、300人くらいいてびっくりしましたけど、新元号発表後に風景が変わった?

菅:変わりましたね。今の映像を見ても、すごく恥ずかしいですね。

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