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- 2019年04月29日 07:29
一定の年齢に達した高齢者の免許更新を厳しくしなければならないわけ
池袋で起きた高齢者の運転による惨劇に止まらず、その後も高齢者による事故が後を絶ちません。
特に池袋で起きた87歳による事故は、何故、免許の保有が制度として認められていたのかが問われているところです。要は返納を促せばいいというものではないということです。
運転技能は一定の水準に達したから免許の交付を受けられます。1年間は初心者として扱われます。
大型免許は普通免許を保有してから3年が経過しなければ取得できないことになっていますが、これも想定しているのは、普通免許で3年間、運転し、その技能がアップしていることですが、形式的にはペーパードライバーであっても3年経過すれば大型免許取得要件を満たします。実際にはペーパードライバーが大型免許を取得することはないんでしょうけれど。最近はこの大型免許取得が減ってきたことから普通免許を取得してから2年に短縮しようということですが、これで大型免許取得者が増えるとは思えないのですが(法科大学院じゃないんだから、3年なら取得を諦めて2年なら取得するという構図がよくわからない。単に取得者を前倒しするだけの意味しかないよね)。
普通車の運転も普通は運転を継続することによって運転技術も向上してもらわないと困るのですが、一定数、どうにも技能が上がらない方々もいます。それでも建前は、一定の水準を超えていれば取得できることになりますが、これでいいのかなと思うくらい、この水準は低めです。極論すれば車を動かして止めることができればいいという程度。
さて、これが高齢になれば、身体能力、判断能力は落ちていきます。昨日までできたことが今日にはできなかったということはよく聞くことです。急速に衰えることもあるわけです。
それが高齢になる前の人たちとの大きな違いです。高齢になる前は一定の技術水準を維持するかアップしていく、これに対して高齢者は落ちていく一方です。
だから一定の年齢に達したら、免許の更新が厳しくなって当たり前。しかし、今の現行制度はほとんど落ちることのない甘い甘い制度です。
技能水準の維持を要求していないからです。ただでさえ免許取得のための技術水準は低いのですから、技能試験にパスしないのであれば、免許は取り上げなければならないのです。その高齢者にとってはお金が掛かりますが、危険物取り扱いのための免許ですから、仕方ありません。
「88歳高齢者によって引き起こされた児童の死という現実をいつまで放置するのか 高齢者に妙に「遠慮」する日本社会」
年代別の事故件数(警察庁ホームページより)

若年者の事故は技能の未熟もありますが、それ以上に見通しの甘さなどから無謀(無茶)な運転が原因ですので、これは教育が重要です。高齢者は教育の問題ではありません。運転技術、判断能力の低下であり、これをこのまま放置することは許されません。
「日本社会は高齢者に甘い? 高齢者の運転による悲劇をいつまで繰り返す 車優先社会を転換せよ」
そうなると地方で買物の足がない高齢者はどうするんだという批判が必ずと言ってよいほど出て来るのですが、運転免許が危険物取り扱いという発想を失念した議論には全く価値はありません。
地方だったら運転技能がなくても運転していいんですか。
地方の高齢者の足がなくなるから、都市部での技能ない高齢者に運転免許の保有を認めろというのですか。
本末転倒です。
暫定的に地域限定免許もあり得るのかもしれないけれど、都市部では保有を認める余地などあろうはずもありません。
はっきりいって、87歳という高齢で残りの人生が長くない人に、まだ何十年も人生が待っている若い命が失われるという構図、おかしくないですか。
明日は我が身であることを忘れないで欲しい。
特に池袋で起きた87歳による事故は、何故、免許の保有が制度として認められていたのかが問われているところです。要は返納を促せばいいというものではないということです。
運転技能は一定の水準に達したから免許の交付を受けられます。1年間は初心者として扱われます。
大型免許は普通免許を保有してから3年が経過しなければ取得できないことになっていますが、これも想定しているのは、普通免許で3年間、運転し、その技能がアップしていることですが、形式的にはペーパードライバーであっても3年経過すれば大型免許取得要件を満たします。実際にはペーパードライバーが大型免許を取得することはないんでしょうけれど。最近はこの大型免許取得が減ってきたことから普通免許を取得してから2年に短縮しようということですが、これで大型免許取得者が増えるとは思えないのですが(法科大学院じゃないんだから、3年なら取得を諦めて2年なら取得するという構図がよくわからない。単に取得者を前倒しするだけの意味しかないよね)。
普通車の運転も普通は運転を継続することによって運転技術も向上してもらわないと困るのですが、一定数、どうにも技能が上がらない方々もいます。それでも建前は、一定の水準を超えていれば取得できることになりますが、これでいいのかなと思うくらい、この水準は低めです。極論すれば車を動かして止めることができればいいという程度。
さて、これが高齢になれば、身体能力、判断能力は落ちていきます。昨日までできたことが今日にはできなかったということはよく聞くことです。急速に衰えることもあるわけです。
それが高齢になる前の人たちとの大きな違いです。高齢になる前は一定の技術水準を維持するかアップしていく、これに対して高齢者は落ちていく一方です。
だから一定の年齢に達したら、免許の更新が厳しくなって当たり前。しかし、今の現行制度はほとんど落ちることのない甘い甘い制度です。
技能水準の維持を要求していないからです。ただでさえ免許取得のための技術水準は低いのですから、技能試験にパスしないのであれば、免許は取り上げなければならないのです。その高齢者にとってはお金が掛かりますが、危険物取り扱いのための免許ですから、仕方ありません。
「88歳高齢者によって引き起こされた児童の死という現実をいつまで放置するのか 高齢者に妙に「遠慮」する日本社会」
年代別の事故件数(警察庁ホームページより)

それが死亡事故になるとこのように変化します。高齢者による事故が圧倒的に多くなります。

「日本社会は高齢者に甘い? 高齢者の運転による悲劇をいつまで繰り返す 車優先社会を転換せよ」
そうなると地方で買物の足がない高齢者はどうするんだという批判が必ずと言ってよいほど出て来るのですが、運転免許が危険物取り扱いという発想を失念した議論には全く価値はありません。
地方だったら運転技能がなくても運転していいんですか。
地方の高齢者の足がなくなるから、都市部での技能ない高齢者に運転免許の保有を認めろというのですか。
本末転倒です。
暫定的に地域限定免許もあり得るのかもしれないけれど、都市部では保有を認める余地などあろうはずもありません。
はっきりいって、87歳という高齢で残りの人生が長くない人に、まだ何十年も人生が待っている若い命が失われるという構図、おかしくないですか。
明日は我が身であることを忘れないで欲しい。



