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駅の伝言板、切符を切る駅員さん……平成の間に鉄道から消えたもの――新・令和の時代 - オギリマ サホ

平成が終わり、令和の時代が始まる――。文春オンラインが報じた「平成」の記事をご紹介します。(初公開 2018年12月18日)

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 私は通勤のため毎朝電車を利用している。満員の車内をふと見渡してみると、あちらもスマホ、こちらもスマホ、気が付けば自分の肩が誰かのスマホ置きになっている。かくいう私もメールやSNSチェックに車内の時間を利用する。

 そこでふと思う。いつからこの光景になったのだろう? 思い返してみても「いつの間にか」という印象しかない。しかし平成の初め頃の電車内は、新聞か文庫本を読んでいる人が多かったような気がする。どちらがいいとか悪いとかではない。時代の変化だ。

 となると、逆に平成の間にいつの間にか電車や駅から消えていった風景があるはずだ。「便利になった」と言えばそれまでだが、この平成30年間に我々は何を失ってしまったのか。東京の鉄道から消えたものを思い出してみたい。

「駅の伝言板」はありがたい存在だった

 まず駅の改札口を見渡してみる。平成の初めはポケベルが浸透し始めた頃とはいえ、まだ多くの駅には「伝言板」が設置されていた。移動中の相手との連絡手段が無かった時代には「うまく待ち合わせできるかどうか」は一大事で、万が一相手と出会えなかった時には「先に行く」等のメッセージを残せる伝言板はありがたい存在だった。

©オギリマサホ

 ところが携帯電話の普及により伝言板の必要性は格段に減少する。平成8(1996)年には既に、本来の使われ方がなされず落書きが増加したことにより、鉄道各社が伝言板撤去を進めていることが伝えられた(注1)。

 平成22(2010)年にもなるとJR東日本の東京本社管轄のうち、伝言板が残るのは阿佐ヶ谷駅と北柏駅の2駅のみというピート小林氏の調査があるが(注2)、2018年12月現在現地で確認してみたところ、両駅とも既に撤去されていた。

 改札口を通る。平成初めの東京近辺の駅には駅員さんがチャンチキチャンチキと一定のリズムを刻んで「入鋏」を行う改札が多く残されていた。私は中学時代「駅員さんの鋏さばきがかっこいい、将来は改札の駅員さんになりたい」と言い続けていたところ、ある日学校の先生から鉄道学校の入学案内をそっと渡されたこともある。結局鉄道学校には入らず改札の駅員さんにもなれなかったが、S先生お元気だろうか。

「灰皿」も消え、「白線」も消えた

 自動改札機は関西では早くに導入されていたが、首都圏では多くの鉄道が相互に乗り入れていることや国鉄の赤字、合理化への抵抗などにより導入が遅れたという(注3)。一方で民営化後のJR東日本は駅の近代化を進め、平成2(1990)年には山手線で自動改札機の本格導入がおこなわれた。その後の平成3(1991)年の磁気式プリペイドカード「イオカード」、平成13(2001)年のICカード「Suica」導入により、我々の平成年間における改札口での行動は「切符を駅員さんに渡す(あるいは定期券を見せる)→カードを自動改札機に通す→カードを読み取り部にタッチする」と目まぐるしく変化した。これからの新時代、我々は新たな身体能力を身につけることも覚悟しなければならない。

 続いて駅のホームで列車を待つ。平成の初めにはホーム上に「灰皿」があり、たまに無理矢理ねじ込まれた紙屑に火が移ってモクモク白煙が上がっていた。ところが受動喫煙防止の取り組みが周知されるようになり、平成15(2003)年には健康増進法が施行されたこともあって、関東の大手私鉄9社は2000年代前半には駅の全面禁煙を実施した。JR東日本でも平成21(2009)年から首都圏の一定エリア駅構内での全面禁煙を実施、ホーム上の喫煙所も撤去されたのである。

 列車到着のアナウンスが流れる。「黄色い点字ブロックの内側までお下がり下さい」。あれ、これも平成初めには「白線の内側」だったような…。平成12(2000)年に施行された「交通バリアフリー法」に基づき、1日5000人以上の乗降客がある駅は平成22(2010)年までに視覚障害者誘導用ブロックを設置する基本方針が示されたことで、東京近辺の多くの駅ホームに点字ブロック設置が進められた。白線の内側に下がって立っていれば、点字ブロックを塞いでしまうことになる。いつしかホームから白線は消え、点字ブロックがホームの安全ラインの役割を果たすことになったのだ。

もはや“旧友”のような「扇風機」

 電車内に乗り込む。平成の初め頃にはほぼ冷房車が普及していたとはいえ、天井を見上げれば「扇風機」が据え付けられていた。冷房があるのに扇風機も必要なのか?と思っていたが、杉山淳一氏のコラムによれば、非冷房車両に冷房を搭載する時に分散式の装置が付けられ、扇風機と併用されたという(注4)。一方で集中式の冷房装置とライン状のエアダクトを備えた新型車両の導入により、扇風機搭載の車両は徐々に姿を消していき、現在東京近辺では東急8500系などを残すのみである。こうした扇風機搭載の車両は日本各地に中古車両として転用され運行を続けているものもあり、旅先で出会うと旧友にバッタリ会ったような懐かしさを覚える。

 そして車内の優先席。これも平成の初めには「シルバーシート」で、文字通りシルバーグレーの布地で覆われた座席であった。高齢者向けの座席だから「シルバー」だと思っていたが、実は優先席を設ける際に東海道新幹線向けの余ったシルバー色布地が用いられたことから「シルバーシート」と名付けられたという(注5)。その後JR東日本では、平成9(1997)年に妊娠中の女性などにも対象を広げる目的で「優先席」と名称を変更し、座席の色もシルバーとは限らなくなった。

まだ残っている意外なものとは

 来年には新元号となり、平成に導入された新しいシステムもまた過去の遺物となるのだろうか……と思ってしまうが、一方で昭和から平成の波を越えて、まだまだ残り続けるのではないかと思われる機械を駅にて発見した。東京メトロの駅改札横に多く設置されている、日付と曜日が示される「カレンダー器」である。特に撤去する理由も見当たらず、ということで生き延びたのか。銀座線渋谷駅の改札近くにあるカレンダー器に貼られている固定資産管理票には、取得年月日が「1987/3/30」と記されていた。昭和62年である。昭和の終わりから平成を越え、曜日部分が故障してもなお手動で毎日動かされているカレンダー器。これが新しい時代にどこまで残るのか、今後も見守っていきたい。

(注1)読売新聞「次々姿消す 駅の伝言板」1996年12月5日
(注2)日刊スポーツコム「ピート小林と歩く こころの日本遺産」2010年9月12日
(注3)椎橋章夫『ICカードと自動改札』成山堂書店
(注4)マイナビニュース「鉄道トリビア(362)電車の天井にあった丸い扇風機が消えた理由」2016年7月9日
(注5)読売新聞「シルバーシート40年」2013年9月16日

(オギリマ サホ)

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