- 2019年04月26日 14:53
日本にいても、中国人の競争社会から完全には抜け出せないママたち - 中島恵 (ジャーナリスト)

平日の早朝。東京都内の小さな公園で井戸端会議をするママ友だち――。よく見かける日常の一コマだが、言葉遣いや身振り手振りの様子が日本人のそれとはちょっと違うような……。何気なく近づいてみると、中国語で会話をしていることに気がつく。どうやら中国人のママたちが、子どもを送り出したあと、おしゃべりしているようだ。
「〇×駅の近くに有名な△△(進学塾)があるわよ。あそこは先生も有名人ばかりで、あそこから〇〇小学校に進学する子どもが多いみたい」
「公立小学校の先生のレベルはどうなのかしら? やっぱり、私立がいいかな?」
「うちは夏休みに中国に帰るので、その間に子どものために中国語のレッスンをさせるつもり。親(祖父母)としゃべっているだけでは中国語は上達しないので。でも、その間、日本の学習塾は休ませなければいけないから、勉強についていけるかどうかすごく心配。ちょっと焦るわ」
まだ就学前の子どもを持つ母親たちのようで、おしゃべりは10分ほど続いた。日本人のママたちなら、さらに30分くらい延々と会話が続きそうだが、中国人のママたちは、これから仕事に出かけるようで、そそくさと解散していった。
中国人ママたちの来日理由
現在、日本に住む中国人は約74万人(2018年6月時点、法務省の統計)。永住者や帰化した人などを含める100万人以上もいて、全在日外国人のうちトップだ。今では「街のどこにでもいる生活者のひとり」である中国人の姿を見かける機会が増えたのではないだろうか。
その中には、日本企業の会社員や中華料理店の店員だけでなく、私が公園で見かけたような中国人ママたちの姿も含まれる。私は2018年末に『日本の中国人社会』という本を出版し、その中で、日本に住む彼らが何を考え、どのように暮らし、日本社会とどう向き合っているのかについて記したが、その一環として、中国人ママたちの声も取材した。
彼女たちに来日した理由を聞いてみると、大きく分けて2通りあることがわかる。ひとつは中国人の夫の日本転勤に伴って来日したケース。2つ目は自分自身が留学のために来日したケースだ。2つ目は、その後日本人や中国人の男性と出会い、日本で結婚している。
ひとつ目の場合、多くは日本語があまり堪能ではない。予期せず来日し、日本語学校などで学ぶか、独学で学んだ人が多く、日本社会に対しての理解度は比較的低い傾向がある。2つ目は、自身の希望で来日したため、来日前に日本語を学習しており、日本社会へ理解も比較的あると考えていい。
もちろん一概にはいえないが、ひとつ目と2つ目は、一見すると、同じように日本に住んでいる中国人女性に見えるものの、実は、それぞれが属しているグループ(コミュニティ)はかなり異なることが多い。
しかし、いずれの理由で来日したとしても、子育ては母国・中国ではなく日本で行っているという点は共通する。“異国”である日本でどのようにして子育てをしていったらいいのか、日本人以上に悩みや不安を抱えている彼らにとって、有益な情報を得ることは、生活していく上で非常に重要なポイントだ。
外国にいても盛んな中国人同士のコミュニケーション、
主な話題は子どもの教育問題
私が取材したところ、彼らが最も重視し、頼りにしているのは中国のSNSだった。日本ではフェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのSNSを使う人が増えているが、中国では政府の規制があって、基本的にこれらのツールは利用できない。そこで中国版LINEといわれるウィーチャットを使う。フェイスブックとLINEを足したようなもので、一度登録して友だちと繋がっていれば、簡単にメッセージの送信やグループを作って、チャットを行うことが可能という便利なものだ。
公園で見かけたママたちも、おそらくグループチャットでも繋がっているが、ときには顔を合わせてリアルな会話もする。しかし、それぞれ会社に勤めたり、家事もあるので、SNSでコミュニケーションするという、SNSとリアルの2本立てで連絡を取り合っている。
そうした点は日本人のママたちも同じだろうが、私も仲間に入れてもらっている彼らのSNSのグループチャットの使い方を見ていると、その情報量の多さ、投稿頻度の多さに驚かされる。
日本人もSNS好きな人は、まるでSNS中毒のような日々を送っているが、中国人のSNS中毒はその比ではない。とくに、日本人社会との接点があまりない、駐在員妻として来日した中国人ママの場合、日本語があまり堪能ではないこともあって、中国に住む友人とのSNSで1日を過ごす。あるいは、日本に住む在日中国人ママ友との情報交換に、大半の時間を費やすといっても過言ではない。
つまり、日本という外国で暮らしていても、中国人同士のコミュニケーションによって、日常に必要なほとんどの情報を得ていると考えていい。
そこで最もよく話されている内容は、何といっても子どもの教育問題だ。幼稚園に子どもが通っていたら、どの小学校に進学させるかが、第一の悩み事になる。また、どの進学塾や習い事に通わせるかも大事だ。日本では、当然ながら、子どもの教育の大半は日本語中心になる。公立であれ私立であれ、日本語での教育がベースとなるが、彼らの場合、それに加えて中国語での教育も悩みのタネだ。
横浜などにある中華学校に通わせるという方法もあるが、東京都心からだと距離が遠いことや、その後の子どもの進学コースを考えると悩んでしまうようだ。日本で暮らしているのに、中国語がベースでいいのか、という問題も起こってくる。何しろ、彼らは「日本に住む中国人」なので、日本語と中国語という2つの言語のはざまに立ち、さらに、どのような学校に通わせるのか、という問題に直面している。
いつも競争に巻き込まれてしまう
その上、彼らを悩ませているのが、中国に住むママ友や学生時代の友だちとの“はり合い”だ。知り合いのある中国人女性は、こう打ち明ける。
「東京では、教育熱心な家庭と、のんびりしている家庭があり、皆が皆、熱心ではないように見えるので、自分なりにやっていけばいいのかなとも思えるのですが、中国に住んでいるママ友や、学生時代の友だちのSNSを見ていると、とにかく教育熱心なので、焦る気持ちがものすごく強くなってしまい、自滅しそうになるんです」
中国では、幼稚園だけでなく、小学校でも子どもの送迎を親(または祖父母)が担当するのは当たり前。学校の帰りにそのまま、塾や習い事がある場所に送り届け、週末も親は送迎に奔走する。もし子どもが2人いれば、習い事の送迎のためにクルマを2台持ち、夫は長男を、自分は長女を送るという人もいるほどだ。

「1週間のうち6日間も英語や算数、絵画、書道、バイオリンを習わせていて、その上、自分も子どもの宿題につき合って、夜遅くまで机に向かっている人が多いんです。そんな必死な姿を見ていると、このまま日本に住んでいていいのか、日本の教育だけで、将来、中国の友だちの子どもと対等に戦っていけるのか、と考え込んでしまうんです」
子どもの個性や特徴はそれぞれであり、その子どもにあった生き方があると思うが、中国に住む友だちの子どもと自分の子どもを学力の面で比較してしまう、というのは何ともやりきれない状況であり、子どももかわいそうに思えてくる。だが、せっかく多様な文化を学べる海外に住んでいながら、常に母国だけを見て生活していると、そういう気持ちになってしまうことも理解できるし、それは日本人の海外駐在員にも、大なり小なり起こり得る「共通の問題」ではないかと思う。
よく知られているように、中国は厳しい競争社会だ。進学、就職、すべてにおいて競争を生き抜き、上に立ったものが「勝ち組」になれる。自分自身はもちろんのこと、子どもの教育についても、他人とのはり合いや競争は日常茶飯事だ。
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