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- 2019年04月24日 19:04
「45歳以上はリストラしたい」+「高技能の若者が欲しい」=「子どもが増えない」
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先月、富士通グループが45歳以上の社員をリストラするという話を見かけた。
大企業の45歳以上の社員といえば、それなりの人生プランにもとづいて暮らし、年齢的にも住宅ローンや子どもの学資がきつい頃だろう。古い人生プランだと言われてしまえばそれまでだが、「一家の大黒柱」として期待されている人も多かろうし、大企業だからとあてにしていた部分もあろうし、大企業だからつぶしがきかない人もいそうではある。
とはいえ、富士通が特別に邪悪なリストラをやったのかといったら、そういうわけでもない。いまどき、40~50代のリストラなんて珍しくもなんともないし、割り増し給付金が付いているだけマシといえばマシだ。
「50歳過ぎた社員は新しい価値を生まない」というこの記事も、各企業のリストラを報じたもののひとつだ。優秀なベテランは手許に残したいが、そうでない40~50代の社員はリストラしたい ── 企業の新陳代謝のためにも、若い世代を養うためにも、リストラが必要なのは理解はできる。
優秀な人材を自認する人は、しばしば「リストラを怖れなくても良い優秀な人材になれ」と言う。だが、すべての社会人が優秀な人材になれるとは到底思えない。控えめに言っても、社会人の半数以上がリストラを怖れなくて構わないほど優秀になるなんてことはあり得ないのではないか。
結婚して家庭を持ち、いちばん稼いでこなければならない時期にリストラの対象になるかもしれないのは大変なリスクだ。いまどきの社会人は、そういうリスクを念頭に置きながら人生設計しなければならないらしい。
その一方で、高い技能を持った若者が求められているという。
人手不足のこのご時世、高い技能の若者は引く手あまたなのは理解できるが、そのような若者をつくるにはそれ相応の時間とカネがかかる。若者という「資源」は子どもという「原材料」を加工(養育)しなければできあがらず、21世紀現在、その困難な加工プロセスは親に任されている。
いまどきの企業が欲しくて仕方がない若者という「資源」は、いまどきの企業がリストラしたくて仕方がない40~50代の社員の家庭で、子どもという「原材料」からつくりあげられている。
②子どもをいまどきの若者に育てるには時間とカネがかかる
この二つを、現代社会の大前提として真正面から受け取ると、「よほど優秀な人材になれる見込みがない限り、子育てなんて始めるものじゃない」という結論に辿り着く。
世の中には、リストラがぜんぜん怖くない社会があると聞いたことがある。たとえば私が風のうわさで聞いたアメリカ合衆国は、リストラは日常茶飯事だが再就職も日常茶飯事なので問題ないのだという。もし、この伝聞のとおりだとしたら、アメリカ合衆国という国はとんでもない国だ。子どもを大学にやるための費用は日本以上に高額そうではあるけれども。
とはいえ、それはよその国の、それも噂話でしかなく、現在の日本社会で40~50代にリストラされるのはやはり大きなリスクになる。子どもを、いまどきの優秀な若者へと育て上げるためには、そのリスクを冒すか、そのリスクをはねのけられるほどの強さが必要になる。
40~50代のリストラを怖がらなくて済むためにはどうすれば良いか?
リストラされても怖くないほど優秀か、リストラされる心配が無いほど優秀であればとりあえず大丈夫だ(ろう)。しかし、そこまで自分に自信が持てる人間は多くあるまい。ならば、とびぬけて優秀というわけではない大多数は、子育てを回避するのがリスクマネジメントとして妥当であり、控えめに言っても、子育てをためらうのは致し方のないところだろう。
大企業の45歳以上の社員といえば、それなりの人生プランにもとづいて暮らし、年齢的にも住宅ローンや子どもの学資がきつい頃だろう。古い人生プランだと言われてしまえばそれまでだが、「一家の大黒柱」として期待されている人も多かろうし、大企業だからとあてにしていた部分もあろうし、大企業だからつぶしがきかない人もいそうではある。
とはいえ、富士通が特別に邪悪なリストラをやったのかといったら、そういうわけでもない。いまどき、40~50代のリストラなんて珍しくもなんともないし、割り増し給付金が付いているだけマシといえばマシだ。
「50歳過ぎた社員は新しい価値を生まない」というこの記事も、各企業のリストラを報じたもののひとつだ。優秀なベテランは手許に残したいが、そうでない40~50代の社員はリストラしたい ── 企業の新陳代謝のためにも、若い世代を養うためにも、リストラが必要なのは理解はできる。
だが、それは企業の都合であって働く側の都合ではない。「安定した雇用を求めて」わざわざ大企業に就職したと感じている側にはたまったものではないだろう。45歳って、23歳で入社して、安い初任給から22年こつこつ年功序列すごろくしてきて、ようやくそこそこの中間ポストで給与も上がってきて、住宅ローン組んでて、子供も中学〜高校生で……って頃じゃないの?
うーろんた (@oolong_ta) 2019年3月22日
その人生を期待してみんな富士通に入ったのに、これやっちゃったらもう誰も残らなくない?
優秀な人材を自認する人は、しばしば「リストラを怖れなくても良い優秀な人材になれ」と言う。だが、すべての社会人が優秀な人材になれるとは到底思えない。控えめに言っても、社会人の半数以上がリストラを怖れなくて構わないほど優秀になるなんてことはあり得ないのではないか。
結婚して家庭を持ち、いちばん稼いでこなければならない時期にリストラの対象になるかもしれないのは大変なリスクだ。いまどきの社会人は、そういうリスクを念頭に置きながら人生設計しなければならないらしい。
その一方で、高い技能を持った若者が求められているという。
人手不足のこのご時世、高い技能の若者は引く手あまたなのは理解できるが、そのような若者をつくるにはそれ相応の時間とカネがかかる。若者という「資源」は子どもという「原材料」を加工(養育)しなければできあがらず、21世紀現在、その困難な加工プロセスは親に任されている。
いまどきの企業が欲しくて仕方がない若者という「資源」は、いまどきの企業がリストラしたくて仕方がない40~50代の社員の家庭で、子どもという「原材料」からつくりあげられている。
「優秀でなければ子どもをつくるな」という圧力がかかっているに等しい
①企業は優秀でない40~50代をリストラしたがっている②子どもをいまどきの若者に育てるには時間とカネがかかる
この二つを、現代社会の大前提として真正面から受け取ると、「よほど優秀な人材になれる見込みがない限り、子育てなんて始めるものじゃない」という結論に辿り着く。
世の中には、リストラがぜんぜん怖くない社会があると聞いたことがある。たとえば私が風のうわさで聞いたアメリカ合衆国は、リストラは日常茶飯事だが再就職も日常茶飯事なので問題ないのだという。もし、この伝聞のとおりだとしたら、アメリカ合衆国という国はとんでもない国だ。子どもを大学にやるための費用は日本以上に高額そうではあるけれども。
とはいえ、それはよその国の、それも噂話でしかなく、現在の日本社会で40~50代にリストラされるのはやはり大きなリスクになる。子どもを、いまどきの優秀な若者へと育て上げるためには、そのリスクを冒すか、そのリスクをはねのけられるほどの強さが必要になる。
40~50代のリストラを怖がらなくて済むためにはどうすれば良いか?
リストラされても怖くないほど優秀か、リストラされる心配が無いほど優秀であればとりあえず大丈夫だ(ろう)。しかし、そこまで自分に自信が持てる人間は多くあるまい。ならば、とびぬけて優秀というわけではない大多数は、子育てを回避するのがリスクマネジメントとして妥当であり、控えめに言っても、子育てをためらうのは致し方のないところだろう。
リスク回避のイデオロギーに従って考えるなら、子どもなんて産まないほうがいいし、育てないほうがいいし、自分自身も生まれてこなければいいし、人類社会じたいが終わってしまえば一番「安心」できる。リスク回避の考え方は手段として優れているが目的やイデオロギーとしては詰んでいる。
— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) March 28, 2019
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る