声優の数はこの15年で約3倍に増えた。芸歴30年の現役声優である岩田光央氏は「専門学校を卒業し、養成所で学んでデビューするという筋道が中途半端に描かれたことで、“自称声優”が大量に生まれた。食えていない声優はどれだけ多くいるのか」と危機感を表す――。
※本稿は、岩田光央『声優道』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■成功する声優/しない声優の差が広がっている
現在、声優の役割の拡大やそれに伴う人気増を背景に、肩書きとして「声優」を語る人が急増しています。
テレビアニメや据え置きのテレビゲーム以外に、特に近年では急速なスマートフォンの普及と、それに伴う音声の吹き込まれたゲームの登場で、一昔前とは比較にならないほど声優の需要は増えています。
そうして裾野が広がった分、デビューをしやすくなりましたし、その受け皿としての専門学校も次々に開校しました。また「紅白歌合戦」への声優出演などを通じて、社会的認知度が格段に上がったこともあり、「声優を目指す」ことも公言しやすくなったのではないでしょうか。
一方で失礼ながら“安直”に志願する人も、同時に増えたように感じています。さらに厳しく言えば、成功する声優とうまくいかない声優、その差も以前とは比べ物にならないくらいまで広がったように感じているのです。
声優を目指す若い方の多くは、高校や大学を出た後、専門学校に入って声優について学び、それから事務所直結の養成所でさらに学び、査定に合格してデビュー、という道を描いているようです。しかし、そうした筋道がやや中途半端に描かれたために、「自称声優」が大量に生まれ、彼らがますます増加していくであろう状況の中、混迷を極めているように感じられます。
■「志望者数が30万人」と言われるワケ
そもそも今現在、声優としてきちんと生計を立てられている人はいったいどれくらいいるのでしょうか。
雑誌『声優グランプリ』付録『声優名鑑』によれば、2001年に掲載された声優の数は370名以上。それが15年には1192人になっていました。
おそらくそこに掲載されている声優はトップ・オブ・トップスの存在で、業界ではよく知られた、多くのファンを抱える方ばかりだと思います。ただ、その存在だけを考えても、数は15年で3倍程度まで膨らんでいることが分かります。さらにWebサイト「声優データベース」の登録者数は約4000名、総数としては約1万人とも言われています。
現実として、今では声優を抱えるほとんどの大手事務所は養成所を作り、数百人単位の生徒を抱えています。そうした結果、「志望者数が30万人にまで膨れ上がった」とも言われるのでしょう。
■「どれだけ多くの声優が食えていないか」
確かに僕が声優の仕事を始めた30年前に比べれば、仕事の幅も機会も広がっています。とはいえ、それでも必要とされる声優の数は、全体として、たった300人程度とも考えられているようです。
なお現在、声優業界でもっとも大きな事務所に所属する声優の数がおおよそ300人とされています。もしその全員が「食えている」とすれば、一つの事務所だけで業界全ての仕事を回せる、ということになります。これはつまり、「どれだけ多くの声優が食えていないか」という実情を表しているとも言えそうです。
若い方が今「声優になりたい」と考えた際、最初に思い浮かぶのはおそらく専門学校への進学ではないでしょうか。
確かに声優が人気の職業となった現在、声優科を持つ専門学校がたくさん開校しました。
本を執筆していた16年当時にインターネットで調べたところ、大手の全日制のみで30以上の学校があることを確認できました。夜間や土日のみ、さらには中学生の進学先としての高等部も登場し、それぞれのニーズに合った学び方が選べるようになっているようです。実際に、現在活躍している声優の8割は専門学校出身者と言われています。
しかし声優の現実を見れば、あくまで属性としては「個人事業主」であって、決してその立場は一般的な会社員でも、公務員でもありません。定型の仕事が存在するわけではなく、不安定なままで、求められる仕事や立場は人によって本当にさまざま。学校で学んだからといって、決して全員が声優になれるわけではないのです。
■現役声優が講師とは限らない
しかも、もしあなたが声優を志し、声優科のある専門学校に進学しても、必ずしも現役声優が講師として授業をしてくれるとは限りません。
もちろん、声優が講師を務めていることも多いですが、中には「技術を教える」ための知識や教育を受けた方たちで、誤解を恐れずに書けば、この混沌とした声優業界と、本当の意味で覚悟を持って向き合ったことのない講師がいることも事実です。それがどういう事態につながるかは、私の著書『声優道』を読んでいただければ、よくお分かりでしょう。
その場合、講師は現役の声優ではなく、あくまで「学校の先生」ですから、生徒たちはそれぞれの学校が作成したマニュアルに沿った授業を受けることになります。学校のカラーが色濃く表れた節回しを学び、まるで楽譜をたどるような声を習得しかねない。